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恋い焦がれのリリック【ジーク×ニア】

  

 ――――アタシは知っていた。
 これがアンタにとって、一番幸せな時間だってこと。
 ――――アタシはわかっていた。
 これがアタシにとって、一番幸せなのに苦しい時間だってこと。
 ねえ、どうすればいい?
 ちゃんとわかってた筈なのに、それでも良いって確かに思った筈なのに。
 幸せなアンタ達を見るのは、やっぱり幸せで、やっぱり酷く苦しいんだ。
 
 人々が巨神獣に住まう世界は終わりを告げた。生まれた新しい世界は自分達が求めた本当の楽園だった。一つになった新しい大地。陸続きになった国々は一層交易が盛んになり、各々の技術が渡り合い、お互いに発展し、様々な場所で新たな集落も生まれた。
 世界はとても豊かになった。
 
 
「お嬢様、やはり今からでもイヤサキ村へ戻った方がよろしいのではないでしょうか」
 
 心配そうな相棒の声が背後から聞こえる。旅立ってから幾日も過ぎ、かなりの距離を歩んできたというのに、慎重かつ慎重な彼らしい。
 
「いいんだよ。アタシはアンタと二人で旅するほうが性に合ってんだ」
 
 肩につかない位置で切り揃えられた髪を揺らし、頭の上の耳をちょこんと震わせたニアは、彼女の相棒――ビャッコを振り返り、不機嫌を絵に描いたような顔でぶっきらぼうにそう返す。
 再び前を向いて歩き始めたニアに、ビャッコは諦めたようにその大きなかぶりを振り、彼女の足跡をなぞるように踏み出した。
 楽園へ――。
 その全ての旅を終えた後、トラとハナはグーラの街へ、メレフとカグツチはスペルビアへと戻り、ジークとサイカは新たな世界を放浪する旅を始めた。
 一つの大地になってから、かつて巨神獣に築かれていた街は多くが元の街の面影を残して、大地の上に再形成された。勿論、再形成の必要がない場所も無くはない。国々も世界が落ち着くまでは便宜上、これまでの名と組織で構成されている。しかし、『世界再生』が大地規模で起こったことから、いずれは白紙に戻し、再編されることが国際会議で決定済みである。
 ニアはビャッコを連れて、自分のドライバーであるレックス、そして彼が同調する天の聖杯・ホムラとヒカリと一緒に、新たなイヤサキ村で暮らすことを選んだ。彼の傍が自分の居場所だ。そう思っていたから。
 
 (……何でガマンできるって思ってたんだろ、アタシ)
 
 歩を進める度、青々とした雑草が微かな音を立てて折れる。
 毎日、想いを押し隠そうとして、微笑ましい三人のやり取りに胸が痛んで。自分を前へと向かせてくれた彼を、彼の笑顔を見ていられればそれでいいって、思っていたのに。
 ……ダメだ。嫌なことばかり考える。
 
「ですが、大丈夫でしょうか……。今頃、レックス様もコルレル様も心配なさっているのでは」
「だから、大丈夫だって! ちゃんと手紙も置いてきたしさ」
 
 本当は少しくらい自分を心配してほしい。……なんて気持ちもないことはない。だけど、こうするのが一番良かったのだ。いつかレックスがニアの想いを本当に理解する時が来たら、どっちにしろ出ていくのは自分に決まっているのだから。
 さっきまで青く澄み渡っていた空はいつのまにか橙色を混ぜ始めている。
 
「今日も野宿かなー」
 
 沈みゆく太陽を仰ぎ見てニアはぽつりと呟いた。次の街までどれくらいあるか、そもそも見当もついていない。食料はまだ十分あるものの、風呂やベッドが恋しくなってくる。
 ……と。
 
「っ、お嬢様! お気をつけ下さい!」
「……うん!」
 
 ビャッコが毛を逆立てて起き上がり、辺りを警戒し始めた。ニアもツインリングを取り出して漂う殺気に身構える。背後は丘の側面がむき出しとなった岩肌だ。周囲は草原が広がっていて、草の丈も長い。何かが潜んでいてもおかしくはない。けれど、気配は草むらの中ではなさそうだ。
 
「まさか、上!?」
 
 岩肌から視線を上げると、そこには無数の目がこちらを見下ろしていた。
 
「あれはネレイド・ジャガール!?」
「ネレイド……って、あのめちゃくちゃ強いヤツ!? うっそ、何でそんなヤツらがこんなトコにいんのさ!」
 
 以前はテンペランティアを根城にしていた筈のモンスターだ。ジャガールは涎をダラダラと垂らしながらその鋭い歯を食いしばり、眼下で構える獲物を睨みつけている。高さはあるが、今にも飛び降りてきそうなほど前足に力が入っているのが見て取れた。
 
「どうしよう、ビャッコ。一匹や二匹ならなんとかなりそうだけど、あんなにいちゃ結構キツくない?」
「逃げるにしてもその隙に飛び掛かられる可能性が高いですね。何とか勝機を見出さなくては……」
 
 ドクドクと高鳴る心臓の音。静かにけれどしっかりと届く低い唸り声。ニアはこの後起きるだろう激戦に奥歯を噛み締めた。
 その時だった。
 
「――超音速ゥ、雷神皇帝、剣!!」
 
 丘の上で一閃が煌めいた後、大きな爆発が起こった。その拍子に岩肌が崩れ、凄まじい土ぼこりが辺りを包む。

「げほっ、一体っ、どうなってんだよ」

 次第に視界が晴れていくのが待ちきれず、顔をしかめて辺りを見渡した。それまでジャガールがいたはずの丘の上。円状に岩肌が削れている。そこに居たのは重量級の大剣を軽々と担ぐ黒いマントの男と大きなメガネを掛けた女性――。

「ニアッ!? ニアやないか! こんなところで何しとんねん」
「しばらくぶりやね、元気そうで何よりやわ」

 その居で立ちと声に覚えがない筈がない。世界樹に広がる楽園を目指し、共に旅をした仲間、ジーク・B・極・玄武……もとい、ジーフリト・ブリューネ・ルクスリアとそのブレイド・サイカだった。

「……っ、何してるってこっちのセリフだっつーの」

 気管支に入りかけたホコリを咳でどうにか吐き出して、構えをとこうと身を起こす。

「でも正直、たすか……」
「お嬢様まだです!」

 ニアの言葉を遮って、ビャッコがグルル……と小さく威嚇の声を上げる。慌てて身構えると、丘から落ちてきたジャガール達が一層怒りに満ちた面持ちでニア達を取り囲もうとしていた。

「うっそ! ピンピンしてんじゃんか! ていうか、さっきより状況やばくなってない!?」
「どうやら先ほどの攻撃は彼らの足場を崩しただけのようですね……」
「ああもう! 亀ちゃんがムチャクチャ運が悪いってこと、すっかり忘れてたよ!!」

 悪態をついてもしょうがない。そもそも元から強敵なのだ。例えあの一撃が命中していたとしても、全滅には至らなかっただろう。
 
「待ってな、ワイらもそっちに行ったる!」
「頼む! アタシらだけじゃヤバイって思ってたんだ」
 
 ジークはサイカをひょいと抱えて岩肌を滑り降りると、ジャガールの背後を取った。ニアたちにジリジリと攻め寄る彼らが大きな雄叫びを上げる。
 
「ほな、久々の共闘と行こうや!」
「りょーかい!」
 
 ジャガールが飛びかかると同時に、二人もお互いのブレイドと共に斬りかかった。

 星が無数に煌めく空に火の粉がパチパチと吸い込まれていく。無事ジャガールの群れを一掃できたニアとビャッコ、そしてジークとサイカは共に野営をすることにした。木々はあるが、周囲が見渡せる開けた場所。夜を明かすには申し分ない領域だ。

「せやけど驚いたわ~。王子が薙ぎ払ったジャガール達の獲物が、ニアとビャッコやったなんて」

 皆で焚き火を囲んで食事を終えた後、サイカがアルマミルクティーを飲みながら口を開いた。ニアがイヤサキ村で仕入れてきたものだ。

「あの時はホント死ぬかと思ってたから助かったよ~。でもまさか更にやばくなるとは思わなかったけど……」
「カンニンな。王子はほら、アレやから」
「アレ、だからね……」

 『アレ』とは『どうしようもないほどの運の悪さ』を指しているのだろう。ニアとサイカの視線に、同じくミルクティーに口をつけていたジークが不機嫌そうな表情を浮かべた。

「それにしても、ネレイド・ジャガールがあの場所に生息しているとは驚きました。テンペランティア方面から流れてきたのでしょうか」
「……陸続きになったことで生息域を広うなったり、移動したりすることはあるやろな。ドデカい環境の変化でヒトに限らず、あらゆる生きモンや植物が新しい居場所を見つけようとしとるっちゅうことやろ」

 尻尾を左右に揺らしながらビャッコが問うと、ジークはズズッとミルクティーを啜ってそう答えた。

「『新しい居場所』か……」

 ニアは抱えていた膝に顔を埋めた。
 自分がイヤサキ村を出たのもそうだ。新しい居場所を探すため。思えば、今からずっと昔、シンに迎えられる前から居場所を探していた。イーラもレックスの隣も、きっと自分の居場所なのだと思った。いや、レックスの傍にいるのは確かに心地良い居場所だった。それなのに、自分はまた逃げ出した。最後に直接声を掛けることもなく。

「それより、自分らはボンやホムラ達と一緒やと思っとったが、何やまた喧嘩でもしたんか」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
 
 ジークに頭の中を覗かれたような気になって、ニアはビクリと肩を震わせた。それでも理由なんて言えるわけがなかった。
 
「また旅したくなっただけ! それだけだよ」
「ふうん……」
 
 我ながら下手くそな誤魔化しだ。けれど、意外にもジークはそれ以上尋ねることはない。怪訝そうに彼を見やると、ジークは黙って立ち上がり、ニアの頭を片手でわしわしとやや乱暴に撫でた。
 
「ちょ、ちょっと王子!?」
「な、ななっ、何すんのさ!」
 
 サイカが諌めたがジークは止めず、ようやくその手を振り払ってグシャグシャになった頭を整えるニアに、ジークは腰を当ててニィと口角を上げる。
 
「そろそろお子様は寝る時間やで。しっかり休んで体力回復せえ」
「ぐぬぬ、子ども扱いすんなよな!」
 
 ニアはジークにぷりぷり怒りながらビャッコの元へ寄り、そのフカフカの毛並みに身を委ねた。
 
「ビャッコも寝とき。見張りはワイがしといたる」
「ですが、それではジーク様が……」
 
 恐縮するビャッコにサイカが笑顔で首を振る。
 
「ええねん、ええねん。王子は昼間にぎょうさん寝とっただけやから」
「はーっはっはっ。夜更かしは大人の特権やからな」
 
 そう言ってジークは傍にあった木を背にもたれかかった。
 二人の様子に渋々納得してビャッコが瞳を閉じる。
 昼間の疲れが出ているのか、実は体が鉛のように重かった。ビャッコの程よく長い白い毛束を人差し指でクルクル弄ぶうち、眠気が襲ってくる。
 
 (なんか……久しぶりだな、この感じ……)
 
 自分を作ることなく言い合いをして、信頼できる仲間にその身を預けて。うとうとと考えるうち、ニアは意識を手放していた。
 夜が開けるまで、赤々と燃える焚き火が眠る二人を照らし続けていた。
 

 翌日も、前日と変わらぬ晴天だった。気を張らずに眠れたのは出立して以来で、まだ早朝にも関わらず頭がスッキリしている。
 
「ん~~っ、は~~」
 
 ニアはつま先立ちをして、両手を空へと伸ばし大きく伸びをした。深呼吸すれば新鮮な空気が肺へと入り込んでくる。
 
「ニア、朝ご飯の用意できたで~!」
「うん! ありがと!」
 
 サイカの声に振り返る。火の消えた焚き火の跡の周りを朝ご飯を心待ちにしてそわそわしているビャッコと、大あくびをするジークが囲んでいた。彼らの前にはホカホカと湯気を立てたルーシチが小皿に入って置かれている。
 
「わあ、ルーシチ! 久しぶりだなあ」
 
 ビャッコの隣に胡座をかいて座ると、サイカが自分の前にもルーシチを配ってくれた。
 
「ワイは英雄アデル焼きのが好きやけどな」
 
 匙でスープをすくって口に運ぶと、独特の風味が広がった。ニアも野菜料理よりは魚料理が好きだけれど、朝はこれくらいが胃に優しくてちょうどいい。
 
「ふわああ、野菜もしみしみ~」
 
 幸せそうに舌鼓を打つニアをジークもサイカも微笑ましそう眺める。
 
「ところで、ニア。自分ら、これからどうするつもりなんや?」
「んん?」
 
 人参を頬張りながら、ニアは顔を上げた。ちょうど向かい合う格好で、彼の少し眠そうな顔がよく見える。
 
「んー、実はあんまりしっかり考えてないんだ。ひとまず街を目指してはいるけど……」
「ふーん。相変わらずいい加減なやっちゃな」
「亀ちゃんには言われたくない」
 
 ツーンと顔をそむけてみせる。ビャッコはなんとも言えない表情でニアを見上げている。
 勢いのまま飛び出してきたのは本当だ。レックス達の傍から離れたい。それが理由の旅だから、目的地なんてない。どこか遠くへ、ビャッコと静かに暮らせる場所へ行ければそれで良かった。
 
「ものは相談なんやけどな」
 
 そう言うと、ジークはサイカと目配せして頷いた。カシャンと音がして、ニアはもう一度彼へと視線を戻す。音の正体は、ジークがその場に置いた空になった器とわかった。
 
「ニア、ワイらと一緒にいかへんか」
「へっ?」
 
 突然の言葉に、ニアは一瞬頭が真っ白になる。誘ってくれている。ジークが自分を。
 
「このご時世や。昨日みたいに突然強い輩が襲ってくることもある。ニアやビャッコが居れば、戦力も心強いし、何より回復アーツが頼もしい……いや、ちゃうな」
 
 ジークはバツが悪そうに頭を掻くと、その大きな手を正面のニアへと差し出した。
 
「理屈はなんぼでも並べられる。けど、単純にワイはまたニアやビャッコと旅がしたい。一緒に来てくれへんか」
 
 ジークはその右目でニアを真っ直ぐ見つめている。ビャッコは一言「ジーク様……」と呟いて、やはりまた心配そうにニアの顔色を伺っている。
 ジークのその姿が、自分に初めて手を差し伸べてくれたシンの姿に重なった。周囲が敵に見えて逃げ惑ったあの頃とは違う。今の自分は、レックスやホムラ達から、信頼してくれている、ジークも信頼する仲間から逃げてきたのだ。そんな自分勝手な理由を思えば断るべきだ。断らなきゃいけない。
 
「亀、ちゃん……」
 
 なのに、どうしてだろう。胸の奥から熱いものが込み上げて、声の代わりに涙になって溢れ出した。器を地面へと離し、なにか言わなきゃと口を開いたが、嗚咽しか出なかった。
 
「お嬢様」
 
 ビャッコが慰めるように身を擦り寄せる。
 自分達を誘う声が、その目が、癪に障るほど優しくて、温かで。
 
「……一緒にっ、行って、もいい……?」
 
 ようやく口に出せたときもまだ視界はグシャグシャで、すぐ目の前のジークですら歪んで見えた。
 
「……アホ、誘ったんはこっちや」
 
 ポンと頭に置かれたその手も、やっぱり温かかった。
 

  

 
 彼女をいつから、等という事はとうに忘れた。
 
 
 よく笑ってよく怒って、人懐っこいのにどこか周りの顔色を伺って。
 飾らない性格の癖に、何かに怯えている。
 そんな姿を見ているうちに、何とかしてやりたいと考えるようになった。
 然して気づけば彼女に想いを寄せていた。
 誰かを愛するなんて、考えた事も無かった自分が、まだあどけない少女に。
 一人の少年に恋心を抱く少女に。
 口に出す事すら、出来ない感情を抱え込んでいた――――。
 

 ニアとビャッコを旅の仲間として迎え入れてから、もうどれ位経っただろう。サイカとの旅も随分してきたが、やはり回復支援できる仲間が居るのは心強い。背中を任せて安心して剣が振るえる。幾つもの厳しい戦いを潜り抜けてきた信頼できる相手だという事も大きい筈だ。
 
「えぇ風呂やったで、ビャッコ」
 
 ジークは部屋に入るなり、同室の相手に声を掛けた。その彼は薄い縦縞の入ったお気に入りのナイトキャップを被り、部屋の隅で尻尾をゆっくり揺らしながら寛いでいる。
 
「それは何よりでしたね。私も機会があればこの宿の名物温泉に浸かってみたいものです……」
 
 アルストだった頃、寿命を迎える寸前と言われていたスペルビア帝国は、世界が新しくなったことで最も恩恵を受けた国の一つと言っても過言ではない。長年悩まされていた地熱の上昇は収まり、今は比較的生活しやすい程度に収まっている。
 寿命の危機を回避し、かつこれ迄発展してきた技術を無駄にする事もない、調度いい塩梅に落ち着いたと言えるだろう。
 ジーク達は、そんなスペルビアの帝都、アルバ・マーゲンで宿をとった。部屋割りは当然ながら、ジーク・ビャッコ、ニア・サイカの組み合わせだ。
 もう幾日も野宿だったから、個室もベッドも何だか新鮮に感じる。宿貸付の浴巾で髪を拭きながら、ジークはどっかりとベッドに腰掛けた。屋上の露天風呂からここに来るまでの短い距離で体が冷めるはずがなく、ジークは暑さに上着を脱いで、備え付けのテーブルに放り投げた。
 
「メレフ達には会えへんやろうなあ」
「国の再編にお忙しいでしょうからねえ。……おっと失礼しました」
 
 ビャッコの言葉に、ジークはぷっと噴き出した。
 
「別に構へんで。ワイの自覚が無さすぎるっちゅうのは本当やからな」
 
 メレフ――メレフ・ラハットは、かつて共に旅した仲間の一人だった。『炎の輝公子』と呼ばれる、スペルビアの特別執権官の彼女は、今大きく変わろうとしている最中のスペルビアにとって重要な立場にある。恐らく目の回るような忙しさに見舞われているだろう。一国の王子でありながら、諸国漫遊の気ままな旅を続ける自分とはまるで正反対だ。……とは言っても、それは表向きは、の話だが。
 
「……ジーク様はルクスリアには戻られないのですか?」
「絶対に戻らへんってワケやない。まあ、その時が来たらやな」
「はあ」
 
 要領を得ない、というようにビャッコが首を傾げる。ジークはそんな彼を横目にその身をベッドに投げ出した。大柄な彼の体に、木製のそれはギシギシと音を立てた。
 
「自分らは戻らへんのかいな、ボンのところに」
 
 ジークの問いにビャッコは視線を落とす。しばしの沈黙の後、静かに口を開いた。
 
「……何となく察しておられるのでしょう?」
「まあ、ホンマに何となくな。ニアがボンやホムラ達と暮らすンはそら酷やろ」
 
 ニアはボン――レックスの事が好きだ。彼女が自身の本当の姿、ブレイドである事を明かした時に告白したレックスへの想いをジークは承知している。
 
「好いた相手が、別の誰かを好きっちゅうのは堪えるからな」
 
 どんなに想いを馳せたとて、何処までも一方通行。それでもいつか振り向いてくれる時が来るのではないか等と都合の良い考えを延々と持ち続ける。別の誰かを愛するその相手を見ながら。
 
「ジーク様達と合流させて頂いて本当に感謝しています。もし、あのままお嬢様と私だけで旅を続けていたら、何が起きてもおかしくはありませんでしたから」
「縁起でもない事言うなや」
 
 ただ、彼女を放っておけなかっただけ――そう続けようとした口をジークは噤んだ。
 ニアがレックスに恋心を抱いているのと同じく、ジークもまたニアに想いを寄せていた。
 閉鎖的な祖国に嫌気が差してサイカと共に飛び出してから、もう随分経つ。胸の傷は最大級に無茶をした挙げ句、サイカにまで命を削らせるという、悔やんでも悔やみ切れない事をした結果だが、これに至らない無茶も幾つも重ねるうち、気がつけば成人と呼ばれる歳も超えていた。
 ルクスリアの外も、世界の真実も知らないまま呑気に王子様をしていたら、成人の歳には堅苦しい儀式をして、来る日も来る日も嫁は、女は、世継ぎはなんて年老いた家臣を中心に耳が痛くなるまで聞かされ続けた筈だ。
 国の裏の顔はひた隠しにされていたとは言え、国民には知られないようにして、顔すら見たこともないアーケディアの息がかかった女性や他国の要人の娘と政略的に婚儀をさせられる可能性も決して無かったとは言えない。女性に興味が無かったわけではないが、恋だ愛だなどという甘ったるい感情とは一生縁はないと思っていた。
 それなのにまさか、自分より十近くも若い少女を意識するようになるなんて考えてもみなかった。彼女の歳を見た目で判断するならレックスと同じ年頃の十五、六。もし五年も早く出会っていたなら二十歳と十歳で、それこそ大人と子供だ。
 生意気な少女だと、それこそ始めは感じていた筈が、目が離せなくなった。純粋で優しくて真っ直ぐで、それなのに何かに怯えている、ジークの知らない何かと彼女は戦っている。彼女が抱える胸の内に寄り添える人間に選ばれない事もわかっていた。それでも良かった。
 皆と解散したあの日、レックス達と行くというニアを止める権利など自分には無かった。彼女の選んだ道を自分が曲げるなんて可笑しな話だ。自分と彼女には信頼できる仲間以上の絆は在りはしない。
 だから。ジャガールの群れを吹っ飛ばしたその先に、ビャッコとニアを見つけて驚き、同時に安堵した。レックスだけじゃない、ホムラもヒカリも大切に想うニアが自分を圧し殺して笑う日々から抜け出してきた事に、正直な話、自分はホッとしたのだった。
 窓の向こうにチラつく灯りが、一つ二つと消え始める。今日という日の夜が深まり、また一日が終わろうとしているのだ。
 
「おやすみなさいませ、ジーク様」
「……ああ、おやすみ」
 
 大きな体を小さく丸めてビャッコが目を閉じる。突然黙った自分に頭の良い彼は何を思っただろう。
 自分の前髪をくしゃくしゃと手で弄んで、ジークもまた、眠りについた。
 

 次の日、メレフ達との面会が叶わなかったジーク一行は帝都を後にして、新たな街を目指して旅を進めた……筈だった。
 
「もーっ! 出口はどこだよ、出口はー!」
 
 ニアの甲高い声がワンワンと辺りにこだまする。
 
「じゃかあしい! 反響で耳が痛なるわ!」
「王子の声がいっちばん煩いで」
「……はあ、本当どうやったら出口に辿り着くのでしょう」
 
 迷い込んだのは、熱源排出管にも似た巨大な鉄状の物質で出来た配管の中だ。スペルビアにはこうした場所が幾つも存在しており、多くは通り抜けが可能で、その向こうにはまた道が続いている事もある。
 今回もその類と踏んで歩き続けてみたのだが、一向に出口が見つからない。しかも、右に曲がって左に曲がってグルグルと動き回ったものだから、引き返すことも叶わなくなってしまった。
 
「やっぱ、メレフやカグツチなしにスペルビアは歩くもんじゃないね……」
「せやね。土地勘ーならぬ『配管勘』に頼りたいところやわ……」
 
 唯でさえ他所よりも暑い気候のスペルビアだが、配管の中は一層蒸し暑さを感じる。全員の肌には汗が滑り、ビャッコの自慢の毛はしんなりとしている。無駄に体力を奪われて、命の危険すらありそうだ。
 
「あ、また道が分かれてるよ。……って、うわ!」
「っ!? ニア!」
 
 ズッと足が滑って体勢が崩れたニアをジークは抱きかかえた。足元が薄暗くて気が付かなかったが、分かれ道の一方は下に向かって空間が伸びている。
 
「お嬢様、ご無事ですか!?」
 
 ビャッコがジークとニアの元へ血相を変えて走り寄る。
 
「ふ~、ビックリした……亀ちゃん、ありがと」
「……足元気ィつけや。こっちの寿命が縮まんで」
 
 軽い彼女の体をその場に下ろす。頭についた耳が力なく下を向いていた。
 
「まるで質の悪い落とし穴やね~」
 
 サイカはしゃがんで空間の底を覗き込んだ。暗い闇が広がって全く何も見えはしない。
 
「他にもこうした場所があるかもしれませんね。慎重に行きましょう」
 
 ビャッコが少し警戒して二つの道の先を見据える。
 
「せやな」
 
 そう言って、ジークは顔を上げて頭上を見渡した。進んできた方向、先ほどの分かれ道の向かいにあたる手の届かない配管の上部にも巨大な管の道が見える。その先もただただ黒が存在するばかりだ。
 ピクッと震えたのはビャッコの耳だ。彼の四本の足に力が入る。
 
「――上からなにか来ますッ!!」
 
 彼がそう言うのと同時にブォンと大きな羽音がして、先ほどジークが睨んだ頭上の配管から巨大な蟲が飛び出した。
 
「でっっか! 何こいつ!! 気持ちわる~」
 
 ツインリンクを構えながら、ニアが素っ頓狂な声を上げた。
 全体像はスキートを何倍にも大きくした感じだが、頭部だけが膨張し、小刻みに揺れている。
 ジークも背中の大剣を抜いて振り下ろす。
 
「見たことないやっちゃな。突然変異でも起こしよったんか」
「考察は後やで! はよ、何とかせんと」
 
 ブレイド達がドライバーに力を送り、ジークとニアは蟲へと飛び込んだ。敵の僅かな動きに不穏を感じ、ジークは蟲の正面に陣取ったニアへと叫んだ。
 
「っ、アカン!! ニア、戻れ!」
「なっ!?」
 
 二人の刃が届くより早く、ジークの声がニアに届くよりも早く、巨大蟲は蛇腹状の腹を膨らめるとニアに向けて謎の液体を吐き出した。
 
 (……ッ、間に合わへん!)
 
 ジークは身を反転させると、ニアを抱き締めるようにして巨大蟲に背を向けた。熱を持ったベトベトした液体が髪に首筋に背中に降り注ぐ。
 
「亀ちゃん!」
「王子ッ!」
 
 ニアとサイカの悲鳴にも似た声が辺りに響く。直後に背中に大きな衝撃を感じた。
 
「ぐぅっ……!」
「痛っ――!!」
 
 巨大蟲がその腹でニアを庇うジークの背を払ったのだ。二人が吹き飛ばされたその先、それは――。
 
「うわあああああああ――――!!」
 
 配管の床に空いた大きな穴だった。
 
「お嬢様ぁぁ――――!!」
「王子――――!!」
 
 三名の悲鳴虚しく、ニアとジークは底の見えない暗穴へと飲み込まれていった。

 
 
 ……胸の奥が燃えるように熱い。それなのに肌は濡れている。身体もそこら中が痛みに軋んでいる。
 ジークはぼうっとする頭を左右に振った。瞼を二、三度瞬く。白く濁った視界は、それでようやく色帯びた。
 
「っ……! 亀ちゃん!」
「ニ……ア……?」
 
 存在を確かめようと挙げた左手を彼女の小さな手が掴んだ。ホッとして笑みの浮かんだニアの顔が瞳に飛び込んでくる。その手も、彼女も水に濡れていた。
 
「良かった。あんな高いトコから落ちたから、もうダメかと思ったよ……」
 
 宝物を抱き締めるかのようにニアが自分の手を抱え込んでいる。
 
「……ここは」
 
 聞くとニアは頭を振った。まず元々何処に居たのかわからなかったのだ。突然落ちて辿り着いたこの場所もわかる筈がない。天井を見上げると、ところどころに崩れかけた網状の足場が見える。恐らく何度かあれらに接触した結果、勢いを和らげて落下することが出来たのだろう。
 ジークが横になっている場所は水路のようだった。足首が浸かる程度の水かさしかないが、古びた配管に囲まれた場所とは思えないほど、綺麗に透き通っている。
 水流の元を目で辿った先は取水口があるだけで、体が通れるほどの隙間はない。一方、水が流れていく方向はこれまでのように配管の道が続いている。
 身を起こしてみたが、痛みがあるものの打ち身程度の軽症だった。とてつもない程の運の悪さを発揮したのに、いつもこうして生き延びているのは日頃の行いが良いからか、……等と冗談を言っている場合ではないことはわかっている。
 
「っ――――!!」
 
 ドクンと心臓が一際大きく跳ねたかと思うと、再び胸が熱くなる。瞳孔が激しく収縮し、また何も考えられなくなっていく。利き手で覆った。……何が起きている。自分の身体は一体。
 
 (あの……ワケわからん液体か……)
 
 心配そうに何度も自分を呼ぶニアの声がする。ジークが理性を保てたのはそれまでだった。
 
「んッ!? んん――――ッ!?」
 
 顔を覆っていた手でニアの後頭部を掴んで自分に引き寄せた。強引に口づけた唇。硬直して横一文字になったそれを、舌で無理矢理押し開いた。
 
「ふぁめ、ちゃッ……ンンッ!?」
 
 ニアの全てを食い尽くすかのようにじっくりと舌で味わった。ぎこちない舌を吸い上げて、欲望のままに絡めて。
 欲しい、只々欲しい。目の前に居る彼女を。無茶苦茶にして、頬を高揚させて、自分のものにしたい。
 抵抗する彼女の手首を右手で掴んで、口づけたまま身を起こす。そしてそのまま、今度は彼女を水路へと押し倒した。
 パシャンッ、と水音を立ててニアが倒れた。薄い色素の短い髪が、結び付けられた髪紐が、水の流れにゆらゆら揺れる。そんな情景すら、今のジークの目には届かなかった。
 
「ンはっ!」
 
 顔を無理矢理背けたニアが、何度も息をして呼吸を整えた。
 
「ハァ……ハァ、どうしたんだよ、亀ちゃん!? なんかおかしいよ!」
「…………ッ」
「ふッ!?」
 
 下唇に吸い付いて、音を立てて離す。動揺か羞恥か、ほんのりとピンクに染まる彼女の頬を手のひらで円を描くように滑らせる。ピクピクと向きを変えながら、ニアの耳が何度もお辞儀した。
 
「亀、ちゃん……ッ!」
 
 彼女の頭を抱え上げると、水音が辺りに響いて消えた。服や髪から滴る水を気にすること無く、彼女の首筋に舌を這わせた。ビクッと身体を震わせるニア。その様子に自分の身体はゾクゾクとするほど興奮している。
 両肩に手を添えて力を入れると、まるで果実の皮を剥くように簡単に彼女の衣服がはだけた。
 
「ま、待て待て待て!! ホントにこれ以上はダメだって!! 正気に戻れよ、亀野郎!」
 
 何て言っているかなんて、全くわからない。理解する必要もない。只、自分の腕の中にいる愛しい人を愛するだけだ。
 ニアがどんどんとジークの肩口を叩いた。物ともせずにジークは彼女を求める。
 
「――――っ!」
 
 首もとへ、鎖骨へ、白い彼女の肌にポツポツと華が咲く。綺麗だ。自分がつけた印だ。その中央にある光を放つコアクリスタルを指で形をなぞるように触れて、軽く爪を立ててコリコリと弄ぶ。
 
「っ、バッカ、バカバカ!」
 
 ニアはジークを殴るのを止めて小さく震えた。浅く吐き出される呼吸も、その肌もジークと変わらないほど熱を帯びている。
 
「ッ、なあ、目ぇ覚ませよ! お願い、亀ちゃん……お願い……ッ!」
 
 両頬に手が伸ばされてバンバンと叩かれた。鈍い痛みにクラクラする。熱に侵された頭がグラリと揺れる。
 
「…………ッ、ニ、ア……」
「亀ちゃん!?」
 
 すぐに切れてしまいそうな理性の糸を手繰り寄せる。自分は今、一体何をしていた。顔を近づけて自分の名を呼ぶニアを見て言葉を失った。
 
「………………ッ!」
 
 また意識を飛ばしそうな程にか細いその糸の上、身体の奥底から幾らでも湧いてくる熱と対照的に背筋が寒くなる。ニアを抱えたまま身を起こすと、彼女の細い両肩を掴んで、ジークは無理矢理自分の身体から引き剥がした。
 
「……ニア、ワイから離れろ……ッ」
「亀、ちゃん……?」
「……ハッ、さっき被ってもうた液体……ッ、なんや催淫効果……みたいなモンがあるみたいや」
「サイイン……」
 
 ニアはジークの言葉を反芻した。恐らくだが、意味をわかっていない。
 
「はよ行け。これ以上……けったくそ悪い思いは……ッ、したないやろ」
「早く行け……って、亀ちゃんはどうすんだよ!? このまま置いてくなんて出来るわけ無いだろ!」
 
--サンプルここまで--

【三部作】恋い焦がれのリリック R-18/ゼノブレイド2 ジーク・B・極・玄武✕ニア 一部サンプル ※18禁要素のない部分
WEBでは読みづらいため、会話文の前後に空行を挿入しています。
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