home > text > > 真偽【蛭魔妖一×姉崎まもり】

真偽【蛭魔妖一×姉崎まもり】

chapter1. まもりの見た、信じられない光景

先生から頼まれて、生徒指導室にある書類を持ちにいこうとしたまもりはその部 屋の中から聞こえる音と声に驚いた。

「ぁん…ふぁ…っ…んん…」

くちゅくちゅという微かな水音と女の喘ぎ声。

「どういうことなの…? 」

そもそもこの部屋は、生徒指導室とは名ばかりで、泥門の恐怖と呼ば れる蛭魔妖一の怪しげな道具がところせましと置かれている。
けれども重要 な資料もあるにはあり、どうしてもそれが必要だった先生は、ヒル魔が一目置い ている(と思われる)姉崎まもりに頼んだのである。
この学校の生徒なら決 してここには近づかない。
…近づくはずもない。

誰なのかしら。

妥当に考えて男の方は、この部屋の所有者となってしまっているヒル魔。
けれど、彼 がそんなことするわけないと、まもりの脳は抗議する。

女の子には興味 なさそうだし。

そう考えたところで、過去の記憶が思い起こされる。

…ヒル魔が何度も自分に口付けた、記憶。

いつも強引に攻められ、酔わ される。
そんな行為を繰り返すヒル魔の真意は未だに分からない。

他の人にも同 じようなこと、やってるかも…。

こう思い始めると複雑な感情が生まれ てきた。
誰なのか確かめてみたい。
だが、本当にヒル魔だっ たらどうすればいいのか。

「やぁ…んぅ…ひぁ…」
「…どうしたんスか、セ ンセ。いつもより激しいじゃないデスカ」

まもりは全身が凍ってしまっ たような気がした。
今の声は、どう考えても…

ヒル魔くん…?

意を決して扉をほんの少し開けてみる。
すると見慣れた金髪が見えた。
手が震える。

「んぁ…っ、ヒル魔くん…っ」

まもりは息をのん だ。
ヒル魔が相手にしていた女性、それは美人で有名な音楽教師だったのだ 。
まもりはそっと扉を閉めると、走り出した。
苦しくて苦しくて、泣き たくて。
いろんなことがショックで。
たどり着いた部室。
内側から 鍵をかける。
あふれ出す涙。

「…ヒル魔…くん …」

今更気づいた、自分の気持ち。

私はヒル魔くんが好き だったんだ。

chapter2. 嘘の終わり

「…本当に最後なの?」
「最後、と言ったはずだが」

部屋の前でま もりが去った後、ヒル魔は制服を直しながら、女教師に言った。

「どう して急に?今までそんな雰囲気なかったじゃない」
「………」
ヒル魔は 黙って窓を開ける。
涼しい風が流れ込む。

「目が離せねぇ女が出来 たから」
「……誰のこと?」

ヒル魔は彼女のほうに向きなおった。

「さあな」

ヒル魔 は立ち上がり、部屋を出た。

…どうすりゃいいんだ…糞マネ

廊 下にはまだ、まもりの甘いシャンプーの香りが残っていた。

chapter3. まもりの選んだ答え

…授業…どうしよ…それに…書類も…

部室へ入った後、まもりは意識の どこかでそんなことを思う。
だがその意識の大半が先ほどの生徒指導室での 出来事で占められていたので、もうどうでも良くなってもいた。
涙は止まる ことを知らず、次から次へと溢れ出してくる。

覗かなきゃよかった。

まもりは何度も何度もそう思った。
そっと唇に触れる。
あの人が口付け てくれる唇。

…もうキスできないね…

してもらえばしてもらう ほど傷つくのはきっと、自分。
彼にとって、自分がどんな存在なのかわから なくなるから。

「私…バカみたい…」

ずっとずっと気づかなか った。
あの人への想い。
キスしてもらうたび、何だか嬉しい気持ちだっ たのに。

「おいっ、糞マネッ!」
「!」

もたれ掛かってい た扉に大きな衝撃。
聞こえるのはヒル魔の声。

「ここ、とっとと開 けやがれ!」
「いやっ」

まもりは頑なに拒否する 。
会いたくなかった。
今はまだ顔を合わせられない。
カチャリと鍵 が差し込まれる音がして、勢い良く扉が開く。
身体を支えるものが急になく なり、まもりは背中から倒れた。
…はずだった。
ヒル魔がまもりを抱き かかえ、地面との直撃を防いだのだ。

「…っ、離して…」

まも りは身体をよじらせる。
だが、ヒル魔はまもりを抱きしめ離そうとしない。
ヒル魔は片手でまもりを抱きながら、扉を閉めた。

「見たろ」

ヒル魔は確信尽くした口調で聞いた。
まもりの肩がビクッと震える。

「……見てないっ」
「嘘。見た」

止まりかけた涙がまた流れ出す。

「…ヒル魔くんは…私のこと…遊んでたの?」
「そう…思うのか…?」
カタカタと震える身体をさらにきつく抱きしめる。

「…そうなんでしょ ?だって…先生と…」
「終わった。アノヒトとは」

ヒル魔の言葉に まもりは彼を見た。

「…どうして …?」

目を丸くして、まもりはヒル魔に向き直る。
ヒル魔は再び抱 きしめた。

「…俺はてめえを遊びだと思ったことなんざねぇよ」
「 ヒル魔く…」

どうしよう…。
また涙が溢れてくる。

「お前 のために他の女を一掃した。分かるか?まもり」

暖かい涙。
さっき までのとは違う。

だけど…。

「…ヒル魔くんは…女の人と別れ る度にあんなことするの?」

まもりの青い瞳が再び悲しみに揺れる。
ヒ ル魔は心臓を掴まれるような気がした。
ヒル魔の腕が緩む。

「…ご めんね、ヒル魔くん。私はヒル魔くんの気持ち、答えられないよ」

これ でいい。
これが一番最良の…

まもりは部室から逃げるように去った 。

方法、なんだから。

chapter4. 絡まった糸

部室を出たあと、まもりは嫌々ながらも生徒指導室に向かう。

授業はも う仕方ないとしてもとりあえず、書類は取りに行かなくちゃ。

ふと頭に 広がるあの光景。
まもりはぶんぶんと頭を振った。

もう居ないよね 、きっと。

少し躊躇して扉を開ける。
心地よい風が吹いてきた。

「姉崎さん?」

まもりはドキッとしてその声のした方を見た。
奇形 な道具が立ち並ぶ。
その前に、あの女教師がこちらを見ていた。

「 どうしたの?まだ授業中じゃない。しかも…こんなところに」

甘い香水 のにおいが鼻をくすぐる。
まもりの心臓は破裂しそうなほど脈打っていた。

「…えっと…ちょっと具合悪くてもう帰るんですけど、先生に書類を取りに行く よう頼まれてたのを思い出したんです」

このままじゃどっちにしろ部活 にはでれないし。
帰るのが妥当だ、と瞬間的にそう考えた。
と、いうこ とにした。
言い訳を作らなくてはいけないような気分だ。

「そう。でも…ここに来るのは恐くなかったの?」

彼女が言うのは、お そらく別の意味。
けれど、まもりは確かにここに来るのに恐怖を感じていた 。
この人がまだ残っていないかと。

「いいえ。恐くありませんでし た」

彼女の意味で、まもりは答えた。

「私はアメフト部のマネ ージャーなので、ヒル魔くんとは親しいですから」

親しい、というのは 間違っているかもしれない。
けれど、他に該当するような言葉はまもりには 見つからないし、まもりに彼が攻撃することは早々ないのだから。

「親 しい?彼と?」

目を丸くして、女教師が驚いた。

「…もしかし て…あなたが…」

来るまでに感じていた恐怖とは違うそれがまもりに走 った。
女教師の口調が変わる。

「あなたが私から妖一を奪ったの? !」

ドンッと壁にまもりは叩きつけられた。

「痛…っ」
「 私は妖一を愛していたの。あなたにわかる?!」

背中がじんじんと痛い 。
『妖一』という言葉はまもりの心にズンと沈む。

わからない。

愛ってなんなのか。

人を好きになるってどういうことなのか。

さっき感じた『ヒル魔を好き』という感情は本当にそういうことなのか。

ヒル魔はどうして自分を好きなのか。

ヒル魔は本当に自分を必要として いるのか。

ヒル魔の感じていることすら間違いじゃないのか。

それとも自分の単なる自惚れだったのか。

わからない。

わ からない。

わからない。

「…わか…りません…。私は…誰 かを愛した経験はないから…。ヒル魔くんは…アメフト部の信頼できるキャプテ ンです…。それ以上でも…それ以下でもありません」

女教師は俯いた。

「…ごめんなさい…。こんなこと言うべきじゃなかったわね…。今までのこと、 全部忘れてくれないかしら」

「はい…」

まもりは彼女が部屋か ら出ていくのを目で追い、しばらくして書類を見つけだすとその場を後にした。

chapter5. ヒル魔とムサシの会話

「今日は姉崎さんは居ないのか」

部活終了後、しばらくしてやってきた ムサシは部室内を見渡した。

「うるせえ、糞ジジィ。そいつの話題を出 すな」

最悪に機嫌の悪いヒル魔に少々呆気にとられるムサシ。

「…えらく機嫌悪ィな。いつもの比じゃねえ」
「今日部活を堂々と休みやが ったあの糞マネのせいでな!」

ヒル魔は開いた窓の向こうに機関銃を乱 射した。

「まさかフラれた訳でもないだろうに」
「そのま・さ・か なんだよっ!いいか?今度んなこと喋ってみろ!蜂の巣にしてやるからな!」

ヒル魔は再び乱射する。
ムサシはため息をついた。

「蜂の巣にな る前に一ついいか?」
「一つなら許してやる」
「…姉崎さんはお前に惚 れてると思ったんだが…違ったのか?」
「あぁ、俺もそう思った。いや、む しろ今もそうだ。…さぁ、もう言うことはねえな」
「待て、待て。もう一つ 」
「なんだ」

ヒル魔はイライラしながら銃口をムサシに当てる。

「その自信はなんだ」
「何で今も好きだと言えるのか、か?」
「あぁ」

ヒル魔はムサシから銃口をそらした。

「…俺があいつの中で常識でない ことをしたから、だ」
「……いつもじゃないのか?」

ジャキンッと ヒル魔はあらゆる銃を取り出す。

「…わかったからそれをしまえ。も う聞かねえ」

ムサシはなんとかヒル魔をなだめ、銃を納めさせる。

「…なぁ、ムサシ」
「ん?」

やっと落ち着いた様子のムサシにヒル 魔は言った。

「目が離せねえ女に自分が他人とヤッてるところを見られ たらどうする」
「……それは最愛の女に…ってことでいいのか?」
「… …うるせぇ」

ムサシはひとつ、ため息をついた。

「姉崎さんが お前をフッた理由はそれか」
「…あぁ。今回ばかりはどう考えてもあいつに ゃ非はねぇ」

ヒル魔は、今まで噛んでいたガムをゴミ箱に吐き捨てた。
いつもなら、まもりに紙に包んで捨ててなどと言われるわけだが、 もうそんなことすら起きないかもしれない。

「昔っからの女癖は治らね えか」
「誰が女癖だ」

ヒル魔はそう答えたが、自分の女癖の悪さは 十分わかっていた。
いつのころからだったか。
必要以上に孤独を感じ、 ぬくもりを求めるように女を抱いたのは。

「姉崎さんが来てからはどう だ」
「あいにくあいつの世話が忙しくてな、他の女に目がいくはずもねえ」
「………ぞっこんだな」

誰が癒してくれたわけでもない。
自らが望 んだわけでもない。
どうしようもない人間の本能に踊らされ。
押さえつ けられた自分の意志は、本能をはねのけようともがいている。
無理はするな と、自分を包み込んだのが『姉崎まもり』。

手放せねえ。
離れられ る訳がねえ。
遠ざかるな。
ここから離れるな。
俺の側にいろ。

「バーカ。そんなんじゃねぇよ」

ちっとやそっとじゃ治まらねぇ、独占欲 。

chapter6. 苦しさと、悔しさと、困惑のなかで

頭が重い。

瞼も重い。

吐き気すらする。

これなら 、一発二発撃たれた方がマシね。

自室のベッドの上で、まもりはぼ んやりとそう思った。
今日の出来事はあまりにも負担が大きい。
精神的 に相当参ってしまった。
先ほど来た、セナからのメールを読み返す。

『まもり姉ちゃん、どうしたの?大丈夫?』

ごめんね、セナ。
メー ルを打つ元気もないの。

心の中で幼なじみに誤り、携帯を閉じた。
辺 りはすっかり暗くなり、空には星が輝いている。
いつもならこの時間はまだ 部室に居て、マネージャーの雑務をしたり、ヒル魔とたわいもない喧嘩をしたり 、時々やってくるムサシとヒル魔との会話を横で眺めていたりしているはずだ。

そんなこと、もう出来ないかもね。

ヒル魔は普段通りに振る舞うだろう 。
それはまもりを気にかけてなどではなく、自然に。
だが、まもりはそ んな器用なことは出来ない。
感情が行動を左右する。

『私は 妖一を愛していたの!あなたにわかる?!』

【愛する】ってどういうこ と?

あれから頭にずっと回っていた疑問を、またよぎらせてみる。

人を好きになるってどういうことかしら。

人を愛したこと、改めて考え てみてもピンとくることがない
大切な人、と聞かれれば、両親やセナの名前 を出すだろう。
それとは少し違う気がする。
中学生の時、友達との話題 で一番盛り上がったのはやっぱり恋の話で、まもり自身もよく聞かれたことを覚 えている。

『ねぇ、まも!まもにも居るでしょ、好きな人』
『好き な人?』
『そう、好きな人』

あのときも、いろいろ考えて結局思い つかなかった。
誰もが良い友達だったから。
生徒指導室での出来事の直 後、自分はヒル魔のことが好きなんだと感じた。

どうしてそうなんだと 思ったんだろう。

疑問しか浮かんでこない。
まもりは両手で自分の 顔を覆った。

『お前のために他の女を一掃した。わかるか、まもり』

「わからないよ…ヒル魔くん…」

彼はどれほどの女と関係を重ねてきた のだろう。
そこに愛はあったのか。
…いや、まもりの中で愛というもの 自体ぼんやりとしているというのにそれは愚問だった。

私と出会ってからも…してたのよね。

あの教師と の関係をみれば明らかだ。

嫌だ。

苦しい。

……どうして。

あれだけ近くにヒル魔が居たのに。
あれだけ一緒にいたのに。
自分の知らないヒル魔を、彼は他の女性に見せていた。
それがとてつもなく悔しかった。

…明日、朝練はどうしよう…。

ヒル 魔に会うのが気まずい。
けれど、洗濯物が溜まってるだろうし、これ以上み んなに迷惑をかけるわけにもいかない。

いつもより相当早く行けばヒル魔くんにも 会わないよね。

誰よりも早くやってくる彼より1時間でも早くければ 必要以上に顔を会わせなくて済むかもしれない。
だるい体でそう考え、まも りはそのまま眠りについた。

chapter7. 早朝、部室裏。

朝六時の泥門高校は、夏だというのに少し肌寒かった。
部室に向かうと、案 の定鍵がかかっていて、まもりはそっと胸をなで下ろす。
部室の鍵を開ける と、まず床にに置かれたドックフードを器に入れ、外のケルベロスに持っていっ た。
鼻提灯を作っていた彼も、目の前に食べ物が置かれれば直ちに目を覚ま し、おいしそうにがっついた。
まもりはそれを微笑ましく見、溜まっている 洗濯物について思い出した。

「……あれ?」

洗濯機を 開けると、脱水した状態でユニフォームが入れられていた。

誰かやって くれたのかしら?

不思議に思いながら洗濯物をかごに入れ、部室の外へ と持っていく。
朝食を食べ終えたケルベロスは再び眠りに落ちていた。
日当たりのいい、部室の裏側に無理言って作ってもらった物干し台へ、ユニフォ ームを干していく。
次のに手を伸ばしかけたまもりは、一瞬体がこわばる。

「…ヒル魔くん…」

背番号1のユニフォーム。

あまり考えない ようにしていたのに。

どんな顔して会えばいいんだろう。
普段どんな風に接していたっけ。
まもりは唇を噛み、ヒル魔のユニフォームをハンガーに掛けた。

「あれ 、やっぱり姉崎さんじゃあないッスか」

その声に振り向くと、にやにや とした顔で三宅が立っていた。

「三宅…くん…?どうしたの、朝練?」
「んー、気まぐれにこの時間に来ただけなんスけど。さっき姉崎さんがこっち行 くの見たから」

そう言って三宅はきょろきょろと周りを見渡した。

「…ラッキー。ガードが居ねぇ」
「え?」
「いやいや、こっちの話です 」

まもりはこの場を逃げ出したかった。
面接をしたあの時から少し 不快に感じたあの男だったから。

「今日はヒル魔さん、居ないんスね」
「えっ…あ…まだ…早いから…」

まもりは三宅の口から出た言葉に動揺 した。
それを見た三宅は更に顔をにやつかせる。

「そう言えば知っ てます?ヒル魔さんが女をとっかえひっかえにしてるってうわさ」
「…… え……」

胸がズキンと痛む。
何でそんなこと知ってるの。
何で そんなこと言うの。

「やっぱり知ってるんだ。俺、あれにはびっくりし たんスよね。姉崎さんはどう思いました?」
「……そんなこと…知らないわ よ……」

膝がガクガク震える。
鮮明に思い出されるアノ記憶。

イヤっ!出てこないで!

大好きなあの手で、自分じゃない人に触れて。
大好きなあのキスを自分じゃない人を酔わせる。
嫌…
私を見て。
私を。
私だけを。

「大丈夫、姉崎さん。顔色悪いけど」

三宅がまもり の肩に手を伸ばす。

「や…っ」

青い瞳に溜まった涙。
三宅 はごくりと唾を飲む。

「姉崎さん、ヒル魔先輩が好きなんでしょ?でも 、止めたほうがいいと思うけどな。どうせすぐ、別の女のとこ行くんだし」

好き…?
私がヒル魔くんのこと…好き?

「それより俺のがいいですよ 。本気で愛せる自信がある」

まもり はキッと三宅を見た。

「…『人を愛す』ってどういうことなの?」
「……教えてあげましょうか。今、ここで」

三宅は今までで一番、怪し げな笑みを浮かべた。

chapter8. 早朝、部室裏、女の声。

不快だ。
とてつもなく。
こんなにイヤな朝は久しぶりだ。
アメフト を始めてからこんな朝は来なかった。
授業かったりーだの、雨降ってんじゃ ねえかふざけんな、なんつーのはよくある話だが。
それとは違う。
反吐 がでる。

ヒル魔は飽きるほど見た道を歩き、飽きるほど見た校門をくぐ る。

…あー…ユニフォーム、洗濯機に入れっぱなしだったか。

面倒くせーと思いつつ、ガムを膨らませる。

今日、あの女来るのか?

来ねえのに一票。
だが、案外来るかもしんねえ。
そういう奴だし。

考えながら部室の鍵を開けようとする。

「あ?」

掛けられてい るはずのダイヤル式の鍵がない。
扉は難なく開いた。

鍵…閉め忘れ たっけか?

とりあえず、洗濯機へ向かい、ふたを開ける。
が。

…空…

だんだん不審に思いながら、辺りを見渡す。
すると、ロッカ ールームの長いすのしたに、ロケットベア のキーホルダーのついた見慣れた鞄を見つける。

「来てんのか」

大方、俺に顔を会わせる前に来たんだろう、とヒル魔は確信した。

ふと 、何かが聞こえた気がした。

壁の向こう。

女の声。部室の裏側。

女 の声。

物干し台のある。

女の声。

聞きなれた、

女の声。

大 切な、

女の声。

喘ぐような女の…まもりの声。

「糞ッ」

目を離すとすぐにこうだ。
ヒル魔は機関銃を肩に掛け、部室を飛びだそうと する。
すると、今来たばかりのセナとモン太に出くわした。

「ど、 どうしたんですか、ヒル魔さん」

険しい表情のヒル魔にひどくおびえて いる。
ヒル魔はガシガシと頭を掻き、携帯を四本取り出す。

「糞3 兄弟と糞ハゲに今日の朝練はグラウンド直に行けと伝えとけ。全員制服でラダー だ!糞デブと糞デブJr.は…もう来てんな…」
「えっあ…まも…」
「わか ったんならごちゃごちゃ言わずに行け! ここは立ち入り禁止だかんな!」

目を覚ましたケルベロスの鎖を切ると 、二人は彼に追われ一目散にグラウンドに走って行く。

「…手間かけさ せんな…っ」

ヒル魔は部室の裏側へ回った。

chapter9. 姫君は悪魔が

「………っ!」

強引に口付けられた唇。
入り込む舌。
ぞわりと する嫌な、感触。
まもりの両手は三宅の右手によって掴み上げられ、抵抗し てもびくともしない。

「んっ…!」

左手が、まもりのブラウス のボタンをはずしていく。
すぐに無骨な手がまもりの胸を揉み始める。

部室の入り口のほうで、誰かの怒ったような声が聞こえた。
それが誰のもの か、まもりに考える余裕などあるはずもなかった。

「声…出すと誰か来 ますよ。嫌ですよね、こんなとこ見られるの」
「なっ…」

これが、愛するってことなの?
ヒル魔くんのときと同じなの ?
ヒル魔くんは先生を、たくさんの女の人を愛してたの?

まもりの 頬に涙が流れた。

「んっ…やぁ…あ…」

激しい手の動き。
何か声を出そうとしても、すべて今まで出したこともない、か細い声に変 わってしまうのだ。

嫌だ…怖いよ…っ!

自分が自分でなくなる かのようだった。
ヒル魔の顔が何度もよぎる。

………ヒル魔くん。
……ヒル魔くん。
ヒル魔くん。
ヒル魔…

「ヒル魔くんっっ!」

まもりの悲痛な声が、響いた。

「……三宅っつったっけか」

三 宅の動きがびくりと止まる。
彼の背後に立つ、ヒル魔。
愛用の機関銃が太陽の光に反射する。

「ひっ、ヒル魔さ…」
「その女に何し てやがる」

三宅がまもりの手を離した。

「えと…その…愛について…少しお 勉強を…」
「愛だぁ?!」
「ひぃっ」
ヒル魔は三宅の足下に弾を乱 射する。

「そいつには俺が直々に教えてやるから必要ねえ」
「え… 」

まもりはヒル魔を凝視した。
だが、ヒル魔は三宅を見据えたまま だった。

「…死にてぇか、死にたくねぇか。どっちだ」
「し、死に たくない…です」

ヒル魔はまるで悪魔のごとく笑った。

「当分奴隷だ。相当こき使ってや る」
「…はい」

三宅は脂汗をかきながら後ずさりし、やがて走って 逃げて行った。
まもりは力が抜け、座り込んだ。

「あ、ありがと… ヒル魔く…」
「まもり。てめえには言いたいことが山ほどある」

ヒ ル魔から感じるのは…怒り。
まもりは怒られることを予想してうつむいた。

chapter10. 好き、とは。

ヒル魔がまもりの頭に手をのせ、ぽんぽんと叩き、彼女の視線に合わせるように 膝をついた。

「…これだけは先に言っとかねえと負に落ちねえからな」

そう言ってヒル魔はまもりの頭を自分の胸に押しつける。

「…今まで悪 かった」

まもりは、きっとあのことなんだろうと思った。
先生との 、他の女の人との関係。

「もうしねーから。絶対に」
「……うん」

ヒル魔の白いワイシャツにまもりの涙が染みていく。

辛い思いをさせてばっ かだ。
この女には。

「そ・れ・で・だ」

ヒル魔はまもりを 自分からひきはがすと、今までとは打って変わったかのように怒り出す。

「なんであんなことになってんだ、こんの糞バカ女!もしものことがあったらど うするつもりだった?!あぁ?!」

あまりの変貌ぶりにきょとんとして しまったまもりだったが、やがて負けじと言い返した。

「フ…ファ…… の後にバカまでつけないでよ、もう!…そりゃ…たぶん私のせいなんだろうけど …でも、あ んなことになるとは思わなかったんだから…!」

先ほどの恐怖を思い だし、まもりはヒル魔の胸に再び顔を埋める。
ヒル魔はため息をつき、まも りを抱きしめた。

「…何がどうなってあんなことになった」

ヒ ル魔の問いにまもりは少し躊躇する。

「…その…私が…人を愛すってど ういうことか聞き…ました」
「あぁ?!」

ピキッとヒル魔の顔がひ きつる。

「て・め・え・は!男誘ってどうする?!一発イレられてたら どうするつもりだった!?」
「なっ…げ、下品なこと言わないでよ!それに 私は誘ってません!」
「目に涙溜めて、愛ってなんですかなんて言ってみろ !どうぞ、ヤッて下さいって言ってるようなもんなんだぞ。分かったか、この糞 インラン女っ!」
「私は淫乱じゃありません!……ヒル魔くんと一緒にしな いでよ……」
「………」

寂しげな顔をするまもりをヒル魔は少し見つめ、静かに 抱きしめた。

「…先生とは…いつから?」
「…去年の六月」
「 結構、長い、ね」

まもりはぽつり、ぽつりとヒル魔に質問を始めた。

「私と会ってから も…ずっと…あんなことしてたんだよね」
「……あぁ」
「…そっか」

もう一度、ヒル魔の胸に顔を埋めて、そうすれば近くに彼が居ると実感して。

「てめえがいつも変なことするから」
「…っ!どういう…」
「てめえか ら目が離せなくなっちまったんだよ。分かるか?まじめな風紀委員」

ま もりは目を丸くする。
青い瞳が空の青も吸い込んでしまいそうなほど大きく なって。

「つまみぐい大好き」
「なっ!関係ないでしょ、もうっ」

まもりはヒル魔に更にしがみつく。

「……信じていいのね?」
「あ ?てめえは昨日の俺の大告白も信じてなかったのかよ」
「…信じるどころか 、よけいに困惑したわよ…」

ため息をつき、目を閉じる。
安心する ヒル魔のにおい。

「愛なんてな、いくらでも教えてやる。要はてめえが 俺をどう思ってるかだ」

私が…ヒル魔くんを……

「ヒル魔くんの声、好きなの」

「あ?声?」

「手も好きなの」

「へぇ」

「キスも好き」

「ん」

「ヒル魔くんと居るとね、落ち着く の」

「ほう」

「ヒル魔くんと先生の見たとき、悲しかった」

「ん」

「どうしようもなく悲しかった」

「あぁ」

「私がこんなに近くに居たの に」

「……ん」

「私が知らないヒル魔くんを先生は知ってる」

まもりはこみあげる涙を必死で堪えた。
声が震える。

「悔しかった …。私…悔しかったの」

抱きしめる腕に力を込めれば、まもりは嗚咽を あげる。
それでもなんとかしゃべろうとする。

「私…さっき…ずっ とヒル魔くんを呼んでた。三宅くんに何かされそうで…怖くて。頭の中でヒル魔 くんを呼んで…いつのまにか声に出してた」

まもりはごしごしと目をこ する。

「私、わかったよ。ヒル魔くんと居ると安心する、だけどドキド キする。ヒル魔くんがほかの人と一緒に居れば悔しかったり 、悲しかったりする。全部ひっくるめて…貴方が好きっていうのね」

ヒ ル魔は一瞬面食らったような顔をした。
そして、少し考えるとまもりの顔を みる。

「お前さ、何悩んでたんだ?」
「え?…だから、好きってど ういうことなの…か…」

ヒル魔は大きく深呼吸した。

「どこま でガキなんだ、てめえは!愛がどうのの前にそっちを把握しとけ!」
「だっ 、だってしょうがないでしょ?わかんないもんはわかんなかったんだもんっ…… ん…っ」

ヒル魔がまもりの口を塞ぐ。
それはいつもよりも長く、甘 い。

唇を離せば、大好きな貴方。

「ま、ヨクデキマシタ」
「…ありがとう」

予鈴がなる。
けれど、それは二人の耳には入らない。

真実の愛で… 私を満たして。

ね。ヒル魔くん。

next
back

return to page top