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恋愛お題5【蛭魔妖一×姉崎まもり】

1.予想しなかった鼓動

「なに、してるの?」

まもりはパソコンを立ち上げ始めたヒル魔に声をかけた。
横目で見られ、まもりは肩をびくりと震わせる。
むしろその『びくり』は隣にいたセナの方が大きかったかもしれない。

やっぱり声をかけるなんて止せば良かった。

そう、まもりは思った。
必要以上にこの人と関わるなんて、全然良いことじゃない。

だけど、好奇心が勝ってしまっていたのだ。
学校に自分のパソコンを持ってくる人なんて、珍しいから。
もしかしたら、パソコン部の誰かから奪い取ったのかもしれない。
もしくは、貢がせた…とか?
そんな考えは、彼の華麗なキーボード裁きで払拭されたけれど。

「データ、記録してんだよ。王城とか、恋ヶ浜とか」

まもりはキョトンとした顔で彼を見た。
意外にまともなことしてんじゃない。

「……見ても、いい?」
「お好きにドーゾ」

ドーゾ、と言ってくれたところで、彼はパソコン画面をこちらに向けてくれる気はないらしい。
キーボードを未だ叩いているところを中断させるのもなんなので、まもりはヒル魔の後ろに回った。

「すご…」

細部まで徹底的に検証されたデータ。
流れるように打たれていく文字。

こんなの、ヒル魔くんじゃないみたい。

まもりの知るヒル魔と言えば、卑怯で残忍で悪魔。
けれど、この場にいるのは。

「見えるのか、んなとこから」

少し振り返ってヒル魔が言った。

「え、あ。うん」

思わず、声が裏返った。
それはまもりの視線の先が、いつのまにかデータからヒル魔の方へと移っていたから。
彼が、振り返る以前に。

「秋大会が来たら、てめぇにこれをやらせるかもしれなぇからよく見とけ。糞チビじゃとうてい無理だろうからな」

いそいそと着替えていたセナは、声にならない声を上げていた。
声にならない声だったから、まもりには聞こえなかったのだが。

ヒル魔が少し椅子をずらした。
ここに来いと、言っているのだろう。
椅子をもう一つ持ってきてそこにまもりは座った。
細く、長い彼の指先をじっと見つめる。
とくとくと聞こえる、自分の鼓動。
少し、速くなった。

ううん、ひどく激しい。

やだ、なにこれ。

まだ芽生えない、微かな微かな胸の疼き。

2.常に貴方を考える

「あぁもうなんなんだ、クソ!」

さすがに俺も叫ぶぞ、畜生。
周りの連中がどんな目で見ようと、知ったことか。
ゴミ箱蹴飛ばしたら、へこんだそれが少しの間空を飛び、中身が床に散らばった。

数日前のほんの些細な出来事が、なぜだか頭の中をぐるぐる回る。
同じことばっか頭で反芻してんだぞ。
それも無意識にだ。
んなことが四六時中続いてみろ。
気が狂いそうだ。

「どうしたの、ヒル魔。……なんか変なものでも食べた?」

てめえは食い物基準にしか物事考えらんねぇのかよ、糞デブ。
心配そうにのぞき込むこの男にもイライラしながら左手で頭を掻きむしった。
んなことじゃねえ、もっと。
もっと胸クソ悪イ。
椅子の背もたれに座り、俺は気を紛らせるためにガムを噛む。
まだだ。
まだアレは俺の中から消えてなくならねぇ。

「ちょっと!」

部室のドアが開くなり、耳に触る高い声が響いた。

こいつだ。
こいつのせいで俺はおかしくなりかけてる。

「何で、片づけた先から散らかしてくのよ貴方は! 汚したら自分で何とかしなさい!」

片手でモップ持ち、つかつかと俺の前まで来たこの女。
俺の苛つく原因は、てめえなんだよ。
元凶が現れることねぇだろうが。
糞マネの後ろでは、糞デブと今し方やって来たらしい糞チビがブルブルと体を震わせている。
あぁ、もうふざけんじゃねえ。
俺だってな、どうにかしてえんだ。
この女見ると、無性に腹が立つ。
しかもな、この女に対してじゃない『何か』に、だ。

「ねぇ、聞いてるの?!」
「んなギャーギャー言わなくてもここに耳はついてんだろうが」

クソ、調子狂う。
なんで俺が自分で蹴り上げたゴミ箱を元に戻してんだ、格好悪ィ。
ちらりと糞マネを見れば、至極嬉しそうな笑みを浮かべている。
不覚にも、…………。

「………」

不覚にも……?
あー、ついに俺はどうかし始めたらしい。
この女を直に見てから、アレがまた俺の底からこみ上げる。

あぁ、なんでだ。

てめえがあの日、俺のパソコンのを覗きこんだあの日。

てめえが俺をあんなに見てなけりゃ。

こんなに俺が、てめえを思い出すことなんざねえんだよ。

3.余計な憶測と苦しさ

「あ、ヒル魔くん」

廊下の端っこから、向こう端にいる彼を見つけた。
だってあの金髪、目立つんだもの。
ちゃんと教室(の階、だけど)には来てるのね。
エライ、エライ。

一緒に居た友達に向き直ると、『ヒル魔』という名前だけで硬直しちゃったみたい。
この学校に通っている人間なら、当然のことなんだけど。
私にはそれが『当然』ではなくなりつつあった。
相変わらず喧嘩はするけど、少しずつ仲間としてうち解けてきたような、そんな気がする。

「ね、ねぇ。ヒル魔、誰かと話してない?」

えっ、と私は彼のいた方向へ振り返った。
また誰かを怖がらせてるのかしら。

そう思ったんだけど、そうじゃなかった。
遠目でもわかるほど和やかな感じ。

相手は、女の子だった。

「うわー、まさか彼女? 物好きも居たもんねー」

信じられなさそうに、友達は言った。

「まさか」

そう言って、私は笑った。
そんなことあるわけない。
あの蛭魔妖一に彼女が居る、なんて。

「まー、あれよね。性格抜きにすれば、端正な顔してるもの」

ビクッと、私の体が反応した。
まるで図星をつかれたときのような感覚だった。
この前の部室でのできごとが、頭の中をよぎる。

あのとき。
何故か私は、彼に見入ってしまったのよ。
見せて貰ったデータをよそに、私は蛭魔妖一をじっと見つめてしまった。
意表をつかれたせいもあったかもしれない。
でも、あのときから……。

そこで私の思考はストップした。
あのときから……。
あのときからなんだっていうの?
そこからどうしても、答えが見いだせない。

「やっぱり、彼女なんじゃないの? 悪魔にも人の心はあったってわけね」

友達の声で我に返り、私はもう一度視線を彼らに合わせた。

目に入ってくる、彼の、蛭魔妖一の笑顔。

「どうしたの、まも?」

ひどく強烈に、私の中でなにかが突き刺さった。
なんだか訳がわからないまま、どん底に落ちた気分だ。
いえ、落ちたんだわ。
間違いなく。

ヒル魔くんがあんなに楽しそうに誰かに笑いかけてるところ、見たことない。
いつだってえらそうで、セナをいじめて、人を馬鹿にして、怒って、騒いで、銃ぶっ放して。
なのに、なんで。
あの子にはあんなに優しい目をするの?
どうして私にはそんな目で見てくれないの?

あぁ、そうか。
特別、なんだ。

私とは違う。
特別。

「ん。ごめんね、なんでもない。いこ?」

精一杯の作り笑顔。
そして、足早に階段を下りる。

どうしてこんなにつらいのか、苦しいのか。
原因がよくわからない。
理由は彼が、私の知らない誰かと微笑ましい光景を作り上げているそこにあって。

あぁ、なんで。
涙がこみ上げてくるんだろう。

4.抱きしめたい

「誰が誰を好きだって?」

糞デブの訳わからねぇ質問に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「だから、ヒル魔がクラスの……」
「んなわけあるか、バカ」
「でも、噂になってるよ。今日だって、仲良さそうだったじゃない」

てめえなぁ、俺が二言三言女に話しすりゃそれでもう好意抱いてることになんのか。
どんな理屈だ。
もしそうなら、糞マネにはどんだけ……あー、こいつについて考えんのはいい加減やめろ、俺。
なんで、いつだって脳の片隅に居座ってやがる。

「違うの~? なーんだ、もしかしたらお祝いかと思ってたのに」
「……何で祝うんだ。大量の喰いモン喰いてぇだけだろてめえは」

俺は部室のドアのノブを持った。
ひねれば開く扉。
そして。

「……糞デブ。このまま練習行ってこい」
「え、どうして?」

どうして、だと?
そんなもん、俺が一番聞きてえよ。

俺は、一度部室のドアを閉めた。

「糞チビ連れてさっさと校庭行け! 着替えなんてそこらへんで着替えりゃ済むだろ?!」
「わ、わかった~っ!」

そう言って、糞デブはドタドタと走っていく。

……何がしてえんだ、俺は。
深呼吸して、もう一度ドアノブをひねる。
聞こえる、女の嗚咽。

「……甘いモンでも喰い過ぎたか、糞マネ」

机に伏せって肩を震わせていたその女は、恐る恐る顔を上げる。
……ひでぇ顔。
けれど間違いねえ、姉崎まもりだ。
泣きじゃくって、涙が頬を濡らしている。
あんな気の強え女が、何故。

「来ない……で……」

俺を見てさらに苦しそうな顔をする。
どうしてか俺も苦しくなった。

「来んなっつったって、てめえがそんな状態じゃ気になるだろ」
「ヒル魔くんの顔……見たくない」

心臓が、潰された。
そんな感じだ。
影でコソコソ言われるなんざ慣れてる。
正面から言われたって別にどうってことねえ。……はずだった。
なんでこいつの口から出た言葉に、衝撃を受けてるんだ?

こんなことで。
たったこんなことで。
この俺が。

「……どういうわけだ」
「……わかんない。でも、嫌なの」
「言ってる意味がわかんねえ」

「もう……私の中に、入ってこないで……」

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、糞マネが言った。

んな顔、俺にみせんじゃねえ。
イライラすんだよ、胸糞悪ィ!
あー、クソ!

こんなにムカムカすんのに、俺はこいつを抱きしめたくなった。

否。

感情より、体が先に動いてた。

5.どうしても好きな人

「どうしてくれる」

俺は、こいつの腕を無理矢理引っ張り、強引に胸へと引き寄せた。

「今頃嫌だとか、見たくないとか言われても遅過ぎんだよ」

俺の頭ん中、これだけ支配しておいて。
てめえのせいで試合中、頭回らなくなったらどうしてくれる。

「てめえが……っ」
「誰にでもこういうことするの?」

俺の言うことを遮って、糞マネが信じられねえほど弱々しく言った。

「は? 何言ってんだ」
「今日、廊下で……女の子と楽しそうに話してた」
「でも、噂になってるよ。今日、仲良さそうだったじゃない」

糞デブの言葉と、こいつの言葉が、重なった。
なんなんだ、全く。
どいつもこいつも。
そんなに俺をそいつとくっつけてえか。

プツッと、何かが繋がった。

「てめえが俺を殺そうとしてんだぞ」

糞マネはぽかんとした顔をした。
解れ、バカ。
これが答えだ。

「してないっ」

少し考えた後、糞マネはこう返した。

「してる」
「してません!」
「してんだよ。心臓にナイフぶったてて」
「してないってば」

ああ、どんな殺し文句だ。
文字通りじゃねえか。
まあ、実際そうだから仕方がねえ。

「だから、俺もお前を殺す」
「!? なっ、何言って……」

腕をつかんだら、抵抗した。
当然だ。
尋常じゃねえ顔してんだろうな、俺。

だが、全部

罠だ。

恐怖で、目を瞑った姉崎。
倒れた椅子。
音を立てて、場所を移動する机。

残念だったな。
俺がお前を殺す道具は、てめえが突き立てたナイフでも、そこに転がる機関銃でもねえ。

俺は気づいたんだよ。
アレの正体に。

とっくにアレに俺は押し潰された。
アレを経由して、てめえは俺を殺したんだ。

だから。
だから、お前も。

「好きだ、姉崎」

「え……」

壁に、こいつを押しつけて。
距離を狭めて。
唇を重ねて。

お前も、アレに

押し潰されちまえ。

アレの正体は、

『        』

「………ねぇ、ヒル魔くん」
「……ああ?」
「結構、シャイね」
「………この糞マネ」

笑ったその顔に、アレがまた迫り来る。
あぁ、まだ俺は生きてる、らしい。

いつのまにか繋いだその手から、こいつの心臓の音が伝わってくる。
手のひらで伝わるほどの鼓動。
こいつも、生きてる、ようだ。

「でも、『殺す』なんて物騒」
「俺が俺でなくなったんだ。てめえのせいでな。他にどんな表現方法がある?」

アレは、てめえに対してだけわき上がる。
てめえのことばっか考えて考えて、俺を埋め尽くすんだ。

あの日。
どこにときめくなんて要素があったか知らねえが、

確かに俺は、お前を。

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