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決壊【蛭魔妖一×姉崎まもり】

壊れないように。
壊さないように。
心地よくて心苦しい時間をお互いに……少なくとも自分は望んでいた筈、だった 。

ガチャリ、とドアノブを回す。
キィと蝶番が鳴き、足を一歩進めた。
手首に引っかけたコンビニのビニール袋が、壁と身体に挟まれてガサリと音をた てる。

「おかえり、お醤油あった?」

少し前には聞こえる筈もなかった、その鼻に掛かったようなけれど無性に心地よ い声が、ヒル魔を出迎えた。
制服の上に身につけられたロケットベアのピンクのエプロンは一瞬、ここが部室 ではないかと錯覚させる。
いやここは間違いなく自分の、ヒル魔の家だ。

「……こんなもんなくてもいいだろーに」
「ダメよ。お醤油があるとないとでは、全然違うもの」

ムッとしたその女の顔。
ヒル魔は合いそうになった視線を、フイと横に反らした。
恥ずかしいとか、そんな気持ちは全くない。
誰もが恐れる蛭魔妖一だ。
そんな言葉は矛盾極まりない。
ありがとう、と笑みを浮かべてその女――姉崎まもりはキッチンへと戻る。
ヒル魔はそれをチラリと見、自分の家に上がった。
まもりが、こうしてヒル魔の家に頻繁に来るようになったのはいつからだったか 。
試合の打ち合わせやビデオの編集にまもりが手伝いに来るようになり、夕飯も自 然と作るようになり。
いつのまにか、学校帰りに彼女がやってくるのが日常となっていた。

――――この女、何を考えていやがる。

重量をほとんどしめていた醤油の瓶が減り、軽くなったビニール袋からヒル魔は ガムを取り出した。
リビングのソファーに座ると、テーブルの上に置いておいたノートパソコンを起 動する。
その場所には足を組んで投げ出し、口にガムを放り込む。
薄く青い光がヒル魔の顔に反射した。

――――一人暮らしの男の家に無防備に上がり込むなんざどうかしてっぞ。

自分にも非はあった。
けれど、それをヒル魔は認めたくはなかった。
まもりを呼んだのは自分だ。
試合について練るには彼女の力は既に不可欠だ。
ガシガシと頭を掻いた。
なぜだか息苦しくてたまらなかった。
いや、原因はわかっているのだ。
それも認めたくないだけで。

「ちっ、めんどくせえ」

そう、ヒル魔は呟いた。
鼻腔を旨そうな香りがくすぐる。
自分以外の人間が家の中に居る、そんなこと煩わしいだけだと思っていた。
どうして彼女を、自分の家に来ることを許したのか。
張りたくなる意地を頭の隅に置いて考えてみる。
どう思案したって結局同じ答えに行き着くのだから、それは無駄だ。
わかってはいるが考えてしまうのは、……そういうことなのだろう。
だから認めたくはないのだ。
変な意地を、張ってしまうのだ。
それにこのままが一番楽、かもしれない。

「ヒル魔くん! 足! おろしてください!」

トレーに二人分の食事を乗せて、いつのまにかまもりが後ろに立っていた。
後ろに反り返って彼女を見上げると、眉間に皺を寄せていた。
もう一度視線をパソコンに戻すと、ヒョイと足をテーブルから下ろす。
食べるところに足を乗せるなんて! と言いながらテーブルを拭くまもりの横顔 を眺める。
柔らかくなったガムを膨らます。
ある程度大きくなった風船はパチンッとなって消えた。

「おい」

声を掛けるとまだ少し怒っている顔をしてまもりがヒル魔を見た。
その青い瞳を眺める。

「何を、考えていやがる」
「え……?」

思わず声に出た。
すぐに撤回することだって出来た。
けれど見えない霧を、この自分にすら見えない靄を、晴らしてみたいと思った。
ほんの一瞬で考えが変わる。
時は動いている。
このままの状態で言い訳がない。
ぬるま湯に浸かっているなんて、脳味噌が腐りそうだ。

「一人暮らしの男の家に上がり込むなんて、警戒心はねえのか糞マネ」

そんな状態が何日も続いたというのに、我ながら本人に問うのが遅いとは思う。
試合について話し合う場所には機器や資料も揃って適正だが、男と女としてはあ まり好ましい状況ではない。
不思議だ。
姉崎まもりに対してだけ、そう感じる。
まもりは傍らに置いた皿の乗ったトレーを見つめた。
ゆるゆると立ち上る湯気に包まれた料理は、暖かく二人を待っている。
うつ向いたまま、まもりはそっと唇を動かした。

「……ヒル魔くん、だから」

ヒル魔は瞬きもせずまもりを注視した。
彼女の耳にかけられた髪の束が重力に負けて頬に落ち、静かに揺れる。
そしてまもりはヒル魔を見上げた。

「ヒル魔くんだから、よ」

――――やっぱりだ、何も考えちゃいねえ。

ヒル魔はひとつ、長いため息を吐くと綺麗になったばかりのテーブルに愛用のパ ソコンを置く。
手を伸ばし彼女の腕を掴む。
力任せに引っ張り、引き寄 せた。
沈黙していた自分の中の“第三者”が現れる。
カシャンと食器が揺れる音がする。
小さな悲鳴が聞こえた。
まもりの顎に手を添える。
無理矢理上げる。
その驚いて見開かれた青い瞳に吸い込まれるように顔を寄せる。
瞼を、閉じる。

「………信用しすぎるんじゃねえ」

ヒル魔の唇はまもりの一歩手前で止まった。
今は近い位置にある彼女の目を視線で撫でる。
そこには恐怖の影が揺れている。

「俺を糞チビ達と一緒にするな。テメーは隙だらけなんだよ、ふぁっ、……っ? !」

ガチッと歯がぶつかる音がした。
強引なその口づけは、ヒル魔の思考を一時中断させた。
力任せに押し付けられただけにも見える。
不器用に重ねられた唇は、柔らかかった。

ゆっくりと顔が離れた。
口づけの間中息を止めていたらしいまもりは、静かに何度も呼吸した。
ヒル魔が口を開く。

「………何のマネだ」
「信用、してるわ」

そのまもりの表情は怒っているとも哀しんでいるとも取れた。
パソコンのスクリーンセーバーの明かりが二人を赤に青にと光らせる。

「私の大切な人だもの」

まもりはまっすぐヒル魔を見た。
ヒル魔は彼女の腕を掴んでいた手を離し、まもりの頬へとそれを移動させる。
親指でそこをなぞった。

「上等だ。糞マネ」

ヒル魔はニイッと口の端を上げる。
そして、もう一度キスをした。
固くなに閉じられたまもりの唇を舌でこじあけ、ゆるゆると絡めるように動かす 。

「んっ……、ふっ…んんっ」

唇の隅で息をするたび、まもりの苦しそうな声が漏れた。
ヒル魔の胸に置かれた彼女の手のひらから熱い体温が伝わってくる。
薄く目を開けば、彼女の長い睫毛が揺れている。
もっと眺めて居たいと、純粋に思った。

「姉崎」

息が入り混じった声で彼女の名前を呼ぶ。
開かれたその瞳はとろんと熱をおびていた。
ヒル魔は視線をそこに残し、彼女のエプロンを器用に外す。
まもりが呆気に取られている間にその手は制服のリボンすらも外そうとしている 。

「ちょ、ちょっ、ヒル魔くん、何をっ……あっ、んん……っ」

ヒル魔の舌がまもりの首筋を舐める。
普段の彼女からは想像もつかないほど艶めいた声が、その端正な顔から漏れた。

「姉崎」

また呼んだ。
熱に侵された瞳でまもりがヒル魔を見る。
堪らなかった。
頭の中でずっと認めたくなかったもの、それは姉崎まもりへの想いだ。
自覚した瞬間に留まることなく溢れだす、自制のきかない代物だ。

「……もう、止まりゃしねえんだよ」

声を押し殺すように呟いて彼女のワイシャツのボタンを外す。
現れた双丘はとても豊かで、見るだけでも柔らかさが伝わってくる。
必死で隠そうとするまもりの手をどけ、手のひらで包めば彼女はその愛らしい声 で鳴いた。

本当に、止まらない。
止まれるはずがない。
一度決壊してしまえば、もうあとは流れ続けるだけだ。

「あっ、んん…っ、あ、あっ」

ヒル魔の律動に合わせるかのように、まもりがあえいだ。
向かい合わせになった顔はお互いの表情がよく見えた。
ゆっくりとヒル魔がまもりの唇に自分のそれをあわせれば、まもりもたどたどし くそれを受け入れた。
ふんわりとまもりの体を包むソファーのクッションを少し握りしめる。

「姉…崎……ッ」

苦し気にヒル魔が彼女の名をつむぐ。
まもりの声も、もう限界を表すようにか細くなっている。
肥大した自身が何度も彼女の中を行き来する。

「ッ……、ふっ……はぁ、あ、あああっ」

一際大きな声でまもりが鳴いた。
一気に彼女の奥が収縮し、ヒル魔を追い詰める。
眉間へと寄せられた皺の間を一筋の汗が流れた。

「……ッ、くっ……」

欠片しか残らなかった理性を必死で掴んで、ヒル魔は自身をまもりから引き抜き 、彼女の腹部へと白濁の液を放った。

肩で大きく息をする。
汗にまみれた前髪を掻きあげ、彼女の顔を見ると、熱い呼吸を繰り返し、まどろ んだ瞳で自分を見つめていた。
まもりの頬を手のひらでなぞる。
ひんやりとしたその手が気持ち良いようで、まもりは静かに瞼を閉じた。 そして指がそっと彼女の唇に触れる。
ピクリ、と彼女が震えた。
ゆっくりと瞼を持ち上げ、不思議そうにこちらを見ている。
ヒル魔はニヤリと笑みをこぼした。

「キ・スも、初めてなんだなマジメなフーキ委員サン」
「!? なっ!」

うってかわってカラかいモードになったヒル魔の言葉に、まもりは顔を赤くさせ た。
ケケケケと意地の悪い笑いがこだまする。
気だるさとまどろみの中の何ともいえない雰囲気が、一瞬でいつもの二人へと戻 った。

「わ、悪かったわねっ、初めてでっ」

真っ赤になって視線をそらすと、目に入る先ほど作った料理。
明らかに冷めている。
あまりこぼれていないのが幸いだ。

「ヒル魔くん、ごはん冷めちゃ…、っ」

ヒル魔はまもりの言葉を遮り、唇を重ねた。
舌先で彼女の下唇をなぞれば、頬が再び赤くなっていくのがわかった。

「テメーは好きなだけここに居りゃいい」

唇を離してヒル魔が言う。
離れたけれど、まだ繋がっているようなそんな錯覚に陥る。

「……警戒心がないって言ったくせに」

赤いまま頬を膨らませるまもりに、ヒル魔は再び声を上げて笑った。

「状況が変わったんだよ」

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