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一歩進んだそのあとで【ライカル】

 巨神界と機神界が一つになってから、世界は大きく変わった。コロニーは敵に怯えることのない豊かで開かれた街へと姿を変え、様々な種族が共存し合って暮らしている。
 コロニー9の防衛隊もコロニー6の防衛本部と連携しながら、世界中の都市の発展や警備を行うように組織の目的が様変わりした。隊の名称も過去の名残でしかなく、新しい呼び名をつけようとする動きもあるようだ。
 ラインは世界が変化を起こしてからも、防衛隊に居続けることに決めた。かつては物理的な強さに憧れていたこともあったが、今防衛隊に居る理由は誰かの助けに支えになりたいと思ってのことだった。
 そしてつい一週間ほど前、これまでの機神界でいう「マシーナの隠れ里」に位置する村へラインが派遣されることに決まった。
 村には既に数名の先行隊が現地入りしている。ラインは予備人員として呼ばれ、他の地域との人員調整の結果一人での派遣となる、はずだった――。
 
「んーっ! なんとか晴れたなあ、空!」
 
 前日までの雨続きが嘘のような快晴にラインは気持ち良く伸びをした。
 朝のコロニー9正面口は、草木が雨露に濡れてきらめき、雨上がりの澄んだ空気に満ちている。
 
「ホント。夜中は修理しながらずっと天気が気になってたよ。……ハイこれ。前より威力は変わってないけど少し軽くしておいた」
 
 背後から声を掛けたのは、ラインの幼馴染で親友のシュルクだ。彼が差し出した両手にはラインが愛用する武器・バンカーが握られている。
 
「サンキュー、シュルク! ……っと、マジだ! すっげえ軽い!」
 
 大きく二度バンカーを振って、ラインは感触を確かめる。装飾についた細かな傷も綺麗に補修してあり、シュルクの几帳面な性格が見て取れる。一方、持ち主のラインはそんな傷の存在などまるで気にしていなかったが。
 
「昨日、急に補修してくれーなんて言うから大変だったよ。辞令なんてもっと前に出てただろ?」
「わりい、わりい。なんつーかこう、踏ん切りつかなくてギリギリまで受けるか迷ってたっつー……か」
 
 ラインの言葉が終わるより先、後頭部に鈍い衝撃を受けた。
 
「めっずらしいわね、即決・即断が取り柄のラインがそこまで悩むなんて」
「つ~~! 何すんだよ、フィオルン!」
「うん、ラインが後ろを取られるのも珍しい」
「おい!? シュルクも同調するなよな!」
 
 ラインを後ろから小突いた(威力としてはド突いた並だったが)のはもう一人の幼馴染、フィオルンだった。
 以前よりも短くなったその髪はまだ見慣れない。
 けれど、ハツラツとしたフィオルンにはよく似合っている。
 
「おはよう、フィオルン。今日は体の調子はどう?」
「もう。心配しすぎだよ、シュルク。大丈夫、今日も変わりないよ」
 
 世界が一つになる前の一時、フィオルンは機械の体を得て共に闘った。あの世界にとって大きな戦いを終えた後、フィオルンの体はどういうわけか再びホムスへと戻っていたのだ。何か特別な力が働いたとは言え、今のフィオルンは健康そのもので、定期的に検査を受けては異常なしという結果を得ているのだが、シュルクはそれでも心配で仕方がないらしい。
 
「ほんっと熱いよな~お二人さん! 当てられちまうぜ」
 
 わざとらしく手を払う仕草をすると、フィオルンは真っ赤になって抗議し、シュルクも同じく赤面させてそっぽを向いた。二人がいつからかいい仲に発展していたのにはラインは気づいていた。しかし、どうやら二人としては周囲に隠しているつもりのようで、そんな幼馴染たちのやり取りにラインは内心微笑ましさを感じているのだった。
 
「……ちょっと待って、ライン。私、今ピンと来たんだけど、もしかしてギリギリまで迷ってた理由って、カルナなんじゃない?」
「は、はあ なっ、なんでそうなるんだよ!?」
 
 急な振りに思わず声が上擦った。それでフィオルンは疑念を確信に変えたようだった。
 
「……ねえ、ライン。まさかと思うけど、今回のこと、カルナにちゃんと話してないんじゃ……」
 
 シュルクの言葉がぐさりとラインの心に刺さる。
 図星だ。
 ラインはほんの少し前、カルナに想いを伝えたばかりだった。現在はそれぞれの故郷に住みながら、週に一度はお互いの家に行き来をしている。
 そんな中、今回の派遣の話が上からやってきたのだ。受ければ数週間、長くて数ヶ月はこの地域を離れることになる。誰かの支えになりたいという自分の思いと、少しでも長くカルナと共に居たいという想いがぶつかった。どうすべきか迷い悩む日々のなかで、彼女に伝えることさえも後送りにしてしまっていたのだった。カルナの寂しそうな顔を見たくなくて。
 
「……正解」
 
 ようやく絞り出されたラインの言葉に、フィオルンもシュルクもため息をつく。
 
「ホントにもう。愛想つかされても知らないからね!」
「まあ、カルナも防衛隊員だから話せばわかってもらえるとは思うけど……」
 
 腰に手を添えて叱りつけるフィオルンに、フォローを入れてくれるシュルク。この役割も昔から変わらない。
 
「とにかく! 途中でコロニー6に補給に寄るでしょ? 絶対カルナに話してから行く事!」
 
 そう言ってフィオルンは足元に置いてあったラインの食料と備品を詰めた小袋を彼の胸へと放り投げる。項垂れていたラインだが、バンカーを持たない方の手でそれをしっかり受け止めた。
 
「フィオルンの言うとおりだよ。黙って行かれる方がカルナにとって辛いと思う」
 
 わかりきった正論だ。けれどラインはそれができずにいた。一番先に伝えなければいけない相手だというのに。
 
「……わかった、ちゃんとカルナに話すよ」
「うん! それで良し!」
 
 フィオルンがラインの広い背をポンッと押した。
 シュルクも頷いて拳をあげた。ラインもそれに呼応するように軽く拳を重ねる。
 
「じゃあ、ライン。道中気をつけて」
「男らしく行きなさいよ! 男らしく!」
 
 幼馴染の二人が、それぞれらしい言葉で送り出してくれる。
 
「ありがとな!」
 
 彼らの後押しを受けて、ようやくラインはコロニー9の先へと歩を進めた。
 旧マシーナの隠れ里に向かうには、いくら街道の整備が進められたとはいえ、原生生物も生息していることもあり、歩いて数十日はかかる。
 機神界人(マシーナ)の技術介入でジャンクスのような飛翔機械も一気に広まったが、民間人の移動手段としての利用が主な目的で、緊急事態でなければ防衛隊での使用許可はなかなか下りない。そのため、今回のラインの派遣も徒歩で向かわなければならないのだ。
 現地にただ駆けつけるにも長い旅だ。足腰にも、道々での戦闘にも自信はあったが、カルナのことを思うと気は晴れなかった。
 
 
「そう。じゃあ、私オダマさんに話をつけてくるからそこで待ってて」
「あ? どういうことだよ?」
 
 かつては巨人脚と呼ばれていたガウル平原を抜け、コロニー6に立ち寄ったラインはすぐさまカルナの家へと向かい、話すに話せなかったこれまでの経緯を説明した。
 ……しばらく会えなくなる、そう告げようとした矢先、それまでテーブルに向かっていたカルナがそう言って立ち上がったのだ。
 
「どういうことって、ついていくからに決まってるじゃない。防衛隊の隊員が指揮官の命令もナシに好き勝手動けないから、私も派遣してもらうように許可を取ってくるってわけ。それとも貴方、私をここに残らせてヤキモキする日々を過ごせってことかしら?」
「別にそんなつもりじゃ……」
「じゃあ決まりね」
 
 ラインが言い終わるより先に言葉を被せると、カルナはそのまま家の入り口へと歩き始めた。
 
「い、良いのかよ。そんな簡単に」
 
 慌てて腰を上げると、椅子が大きな音を立てる。
 彼女は一度ラインに顔を向けると、すぐに視線を落とした。
 
「私のこと、気遣って悩んでくれたんでしょう? ……それに、貴方が何故今も防衛隊に居るのかもわかっているつもりだから」
「カルナ……」
 
 バタンと扉が締められ、ラインは脱力するようにテーブルに突っ伏して頭を抱える。
 
「あーっ、やっぱ俺って最低の男だよな~~」
 
 突然の話に動じる素振りも見せず、ラインについていくとはっきりと答えたカルナ。自分が想うより、彼女のほうが想ってくれていた。グズグズと時間を浪費していた自分が情けない。
 けれど、嬉しかった。とてつもなく嬉しかった。
 ラインは顔を上げると、今しがた防衛本部へと向かったであろうカルナの後を追うために家を飛び出した。彼女を連れ出す許可を取りに行くのは自分であるべきだと強く感じた。
 
 
「何だか嫁に行くみたいな口振りだな」
 
 二人の報告を受けたオダマはそう言って豪快に笑った。
 
 
 
「……ありがとな、カルナ」
 
 無数の星が瞬く空の下、焚き火の脇で身体を小さくして眠るカルナを見ながら、ラインは呟いた。
 彼女の口元にかかりそうな髪をすくい上げて軽く整える。
 戦力的にはもちろん、ラインが今穏やかな気持ちで居られるのも彼女が自分の任務についてきてくれたからだ。
 返答期限のギリギリまで悩んで出したラインの答えは、彼女を置いて一人遠くの地へ赴くことだった。
 数週間、数ヶ月。どれほど長くなるのかわからない時を離れ離れに過ごす。今から思い返してもあれは、独り善がりの追い詰められた選択だ。それも、カルナに伝えずに出立しようなんて。
 
「ン、ンン……ッ」
 
 眠っているはずのカルナから艶めかしい声が聞こえて、ラインの心臓は思わず跳ね上がった。見れば、どうやら寝返りをうっただけのようだ。
 健康的な褐色の肌は汗ばみ、胸元や露わになっている腹部に砂の粒が張り付いている。寝息で上下するたび、それがポロポロと剥がれて胸の谷間へと転がり込んでいく。
 極端に短いショートパンツから伸びる太ももは細いウェストに対してむちむちとラインを誘っていた。
 
「――ッ、ここまでの流れでどうしてこんなにそそられてんだよ、俺!」
 
 彼女への感謝と申し訳ないという想いは当然ある。だが、ラインは年頃の男でもあるのだ。意識しないようにすればするほど、かえって彼の心の中はむくむくと邪な感情が湧き上がる。
 好都合なことに周囲には誰もおらず二人だけで、火を絶やさなければそうそう原生生物がやってくることもないだろう。
 
「……少しだけなら、大丈夫、だよ……な?」
 
 --サンプルここまで--
 
 WEBでは読みづらいため、会話文の前後に空行を挿入しています。
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