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恋い焦がれのリリック~風花の章~【ジーク×ニア】

 
 
  

 ――ずっと、アタシは探していた。
 アタシの居場所。
 アタシが居てもいい場所。
 何度も見つけて、何度も自分で逃げ出して。
 居心地の良さを、温かさを求めて。
 アタシは今、ずっと探していた場所にいるのだろうか。
 
 
 レックスやホムラ、そしてヒカリの住むイヤサキ村を出てから、もうどれくらい経っただろう。ビャッコと共にアテのない旅を始めて、偶然再会したジークとサイカのところに身を寄せるようになって。
 ついこの間の事のように感じるが、再編成された世界のリベラリタス島嶼群、スペルビア帝国、そしてインヴィディア烈王国を踏破してきたという経過を考えると、もう随分前のことだ。
 
「……心配してるかな。……アイツのことだからしてるに決まってるか」
 
 瞼の裏に浮かんだのは、少年の笑顔だった。ニアは彼に想いを寄せていた。決して成就しない恋心であっても、傍に居られればいい。そう、かつての自分は思っていた。レックスとホムラ、ヒカリの絆以上の関係性を知った上でだ。
 眠れずに身を起こすと、木組みのベッドがギィと音を立てた。
 ニアを抱き込むように眠るビャッコの耳がピクリと揺れる。ニアは何でもない、と声を掛ける代わりに彼の大きな体をゆっくりと撫でた。それに安心したかのように、枕元にある再び穏やかな寝息が聞こえ始める。
 サイドテーブルのランプの灯りが、彼の艷やかな毛並みをほんのりと照らした。
 旅を始めてからしばらく、イヤサキ村での生活を思い返す度、苦しさに胸が傷んだ。レックス達に仲睦まじく過ごして欲しいと願う一方で、彼を恋する心が常に軋んでいた。
 それが今、自分の中で大きな変化が生まれている。
 
「……なんや、寝てへんのかいな」
 
 部屋の入口から声がして、ニアは先ほどのビャッコのように耳をそちらへと動かした。
 
「亀ちゃん」
 
 名前を呼ばれた主は、それまで腕組みをしていた手を顔の横でヒラヒラと揺らして、ゆっくりとこちらに歩み寄る。そして、ニアとビャッコの横たわるベッドの脇にどっかりと腰を下ろした。
 
「ちょっと、重量オーバー」
「かまへん、かまへん」
 
 苦しげな音を上げる寝床の代わりに抗議したが、ジークはその言葉通り全く気にする素振りを見せなかった。
 ここはインヴィディアの、かつて頭部と言われた地域に新しく形成された村の宿だ。
 しばらく野宿で過ごしてきた一行にとっては、久しぶりにあまり警戒する必要のない休息地となる。
 
「どうしたの、何かあった?」
「何もない。ワイも眠れへんかったからニアの可愛らしい寝顔でも拝もう思ってな」
 
 ジークの大きな手がニアの髪を、頬を滑るように撫でた。くすぐったくて小さく顔を揺らす。
 彼が、自分の中で大きな変化をもたらした元凶だ。
 
「……最近の亀ちゃん、なんかキザじゃない?」
「ほんまか? そんなつもりはないんやけど」
 
 照れ隠しに悪態が口をついて出た。ジークと二人で話すと――今はビャッコが横で寝ているけれど――すぐに顔や体がかっかと熱くなって落ち着かない。
 ジークの想いに触れてから、そして彼を意識するようになってから、ニアはイヤサキ村での生活のことを考えても苦しくはなくなった。代わりに今は、面と向かって旅に出ることを告げなかったのを後悔している。信頼の置ける仲間として、友人として、三人とまた会いたいと思い始めたからだ。
 
「あったかいな、ニアは」
 
 頬を抱えるジークの親指がぬくもりを確かめるように左右に動く。たったそれだけのことなのに、全身が呼応するように震えた。
 
「……亀ちゃんが冷たいからだよ」
 
 また、思ってもないことを言ってしまう。ジークの手は冷たくなんかない。自分と変わらないほど熱くて、心地よくて。
 ニアは暫く視線を泳がせてから、もう一度彼を見上げた。
 ぼんやりとした灯りに照らされたジークが、自分をじっと覗き込んでいる。深い緑の彼の瞳が灯りに合わせてゆらゆらと煌めいて綺麗だと思った。
 
 (黙ってればなんだかんだ王子様だよなあ……)
 
 変人度を三割増しほどプラスしている眼帯があってこれなのだから、実際に外してしまったらもう正面から見られないかもしれない。
 
 (……絶対言ってやらないけど)
 
 大人びた細い目にすっと通った鼻筋、そして薄いようで程よい厚みのある唇。ニアはごくりと唾を飲み込んだ。
 
 
 
 ――――……すまんな、ニア。
 ――――は……んんっ……ぅ。
 
 
 
 思い出してしまう。自分は彼と口づけをしたこと。強く、激しく求められたこと。彼と……繋がったこと。
 吐息が自分でも驚くほどに熱を帯びている。きっとジークも気づいているだろう。
 
「……亀ちゃん」
 
 緊張して声が少し震えた。胸の前でぎゅっとこぶしを握る。コアクリスタルが脈を打つように振動する。
 キスをして欲しい。あのときのように自分を求めて欲しい。
 
「…………っ」
 
 ジークの唇が小さく開く。ニアは自分の両耳をピンと立てた。正確に言えば無意識に動いてしまうのだが。待ち焦がれたその瞬間を思い、目をつぶる。体中を走るエーテルの流れが早くなるのをただ感じていた。
 けれど――。
 
「……なんや、自分の顔見たら安心して眠うなってきたわ」
「へ……?」
 
 ジークはニアの頬に触れていた手を彼女の頭に移動させてワシワシと撫でて立ち上がった。
 
「ニアもはよ寝るんやで」
「なんで……ッ」
 
 ニアの問いにジークは答えない。まるで逃げるように部屋を去ろうとしてる。
 
「亀ちゃんッ」
「ほな、また明日な」
 
 部屋にやってきたときのように、またヒラヒラと手を揺らして。呼び止めるニアなど目に入らないかのように。パタンと、扉が閉められた。
 
「……何しに来たんだよ、亀野郎……」
 
 呟いて、そのままベッドに倒れ込んだ。先ほどまでジークに触れられていた頬をビャッコの白い毛がくすぐる。
 思えば、何度目だろう。
 自分達はもう男女の一線を超えて、お互いの気持ちだって確かめ合ったっていうのに。あれからずっと、ジークにはぐらかされてばかりだ。
 
 
 ……また、やらかしてしまうところやったやないか。
 ニアとビャッコの泊まる部屋のドアを締め、ジークはそのままヘナヘナと腰を落とした。
 本当は今もこれから先もずっと秘めていくつもりだったニアへの想い。彼女が受け入れてくれたことで、その感情は日々欲望を滲ませていくばかりだ。
 あの華奢な体を抱きしめて、照れ隠しにしか聞こえない悪口を言う愛らしい口にキスをして。朝が来るまで何度も何度もそういうことがしたい。

 
『なんで……ッ』
 
 
 先ほどの自分を見上げるニアを思い出す。
 きっと彼女は口づけて欲しかった。その表情に、仕草に、空気に気づいていた。けれどできない自分がいた。一度キスをしてしまえば、そこからはもう気持ちを抑えきれないだろう。
 
「我ながらなっさけないやっちゃで」
 
 思いのままに迫って、拒絶されてしまうことを恐れている。それまで一生ひた隠しにしておくつもりだったのに、いざ隣に来てくれたらこれだ。
 清らかだった彼女を、正気を失っていたとはいえ、強引に抱いてしまったこともまだ胸の内で引っ掛かったままだ。
 あのときのようにニアを苦しめたくはない。
 自分には責任があるのだ。大人としての、男としての。
 左胸に埋め込まれたコアクリスタルが軋むように傷み、ジークはそれを制するように掴んだ。
 
「あ、いたいた王子……って、何しとるん?」
 
 聞き慣れた声に顔を上げると怪訝そうな顔をした自分の相棒――サイカが立っていた。
 
「……何でもないわ」
「あー、さてはまたニアとイチャつこー思って、手ェ出せずにモンモンとしとったんちゃう?」
「う、うるさいわ。それより、何や。ワイを探しとったんちゃうんか」
 
 図星だ。ジークは勢いよく立ち上がると慌てて話題を変えた。同時に、サイカの両肩に手を当てると彼女の向きをくるりと変え、少し離れた自室へ向かうように背中を押して促した。
 ニアの部屋に来る前、サイカは自分と同じ部屋で休んでいた筈だった。寝ているのを確認して出てきたのだから間違いない。
 普段だったら、目を覚ましたとしても先ほどのようにジークの行動を察して、わざわざ迎えに来るような野暮な真似はしない。そんな彼女が夜中にこうして自分を探しに来たのだから、何かがあったと考えるのが自然だろう。
 
「実はな、さっきウチらの部屋にルクスリアからの使いが来てな」
「……親父、からか?」
「中は見てへんけど、多分そうやと思う」
 
 サイカはそう言うと足を止めて、ジークに筒状に丸められた文を差し出した。ルクスリアの紋章の入った細い巻き紙で封がされている。
 ジークは受け取るとその巻き紙をくるくると外して文を広げた。そして、目で書面の文字を追うと。
 
「王子?」
 
 サイカが不安そうに自分を呼ぶ。ジークは書面から視線を外すと小さく長く息を吐いた。
 
「……戻るで。ルクスリアに」
 
 広げたままの文をサイカに戻す。彼女もその内容に目を通した。
 
「……久しぶりやね。まあ、前よりは早い里帰りやけど」
「せやな」
 
 そう返して、ジークは歩みを進めた。床に彼の硬い靴が接触するたび、ギシギシと音を鳴らした。そうしてようやく自分達に割り当てられた一室へとたどり着く。
 
「……ちゃんとせなアカンな」
 
 ジークは自分を追うサイカにも聞き取れないような小さな声で呟くと、ドアノブを強く握りしめた――。
 
 
 
 
 世界(アルスト)が再編されてから、巨神獣(アルス)に区切られていた国と国は陸続きとなった。
 国境はどこか、どの道を進めばどの国にたどり着くか。各国の首脳陣や研究者、冒険家達が全容把握に乗り出しているが、まだしばらくはかかるだろう。
 これまで巨神獣を雲海の中に沈めることで鎖国を貫いてきたルクスリアも、全世界を巻き込んだ天の聖杯を絡む出来事をきっかけに再び浮上し、今は以前と比べれば遥かに容易に辿り着くことが可能になった。
 とはいえ、現時点で比較的安全とされるルートはそう多くはない。
 アヴァリティア商会、もしくはスペルビア帝国から出ている定期船で航路から進むか、グーラを経由しての山越えのいずれかだ。
 既に抜けてきたスペルビアの帝都へと引き返すよりは、このままインヴィディアからグーラへ向かったほうが良い。こうして一行は、ルクスリアへ向かうため、まずは経由地となるグーラを目指すことになった。
 
 
 
「良かった。この辺りはあんまり変わってないね」
 
 見晴らしの丘から広がる豊かな大地を見渡し、ニアは何だか嬉しくなって声をあげる。
 ようやく辿り着いたグーラ領は、以前とほとんど変わらない広大な自然と多くの生き物たちに溢れていた。
 夕やけが始まりだした空のもと、青々とした草木が穏やかな風に揺れ、リーフ・カミルやフィールド・アルマといった大型動物達がゆっくりと歩き回る姿がこの場所からでもよく見える。
 
「ホンマやね。なんやかんや言ってグーラが落ち着いててくれへんと、美味いものも食われへんし」
 
 サイカの言葉にニアはうんうんと頷いて、待ち切れないとばかりにビャッコの背中へと飛び乗った。
 
「今日はトリゴの街に行くんだよね?」
「せやで。装備品や食糧を調達したいとこやし、何より宿無しは飽きてきたところやしな」
「これから先、山越えも待っていますしね」
 
 ビャッコの言う通り、多少整備されたといえど山道をひたすら進んでいくのだから、英気を十分に養っておきたい。
 
「トラやハナも元気かな」
 
 この地に住む、仲間の顔を思い浮かべた。二人も変わりないといいけど、と心の中で呟いた。
 ニアにとって、グーラは特別な場所だ。
 ブレイドとして生を受け、姉と慕ったドライバーと家族として幸せな生活を送った場所。
 彼女を失い、彼女の命を得、彼女の代わりとして生きた場所。父が亡くなり、ビャッコと出会った場所。
 そして――。
 辛い思い出も多かった。けれど今は、楽しかった、嬉しかった思い出のほうが多いように思える。
 
「早く行こ! サイカ、亀ちゃん」
 
 ……大丈夫だ。アタシ、ちゃんと笑えてる。
 自分の代わりに歩を進めるビャッコの上で風を感じながら、ニアはほっと胸を撫で下ろした。
 ジークに対して生まれた不安は、最初は小さな物だった筈なのに少しずつ大きくなっている。
 彼は自分を好きだと言ってくれた。それなのに、必要以上に構ってくれないのは自分のせいなのだろうか。
 自分は成人型のブレイドじゃない。本来の自分も、ドライバーとしての自分も今の姿から成長することはない。
 唯でさえ体格の大きいジークと釣り合うような身長にはなれないし、ホムラのように胸が大きいわけでもなく、サイカのようにすらっとした脚を持っているわけでもない。
 
 (本当のアタシだったら、ちょっとは色気あると思わなくもない……けど)
 
 性格もガサツだし、本当に一体ジークは自分のどこを好きになったんだろう?
 考え始めると、どうにも気が滅入ってしまってしかたない。
 
「大丈夫ですか、お嬢様」
 
 自分の様子を察してか、走りながらビャッコが声をかけた。
 
「……大丈夫だよ。ありがとう、ビャッコ」
 
 彼の頭を二、三度撫でて、ニアは前へと向き直った。気がつけば、もうすぐトリゴのアーチが見えてくる頃だ。後ろを振り向けば、ジークとサイカが談笑しながら歩みを進めている。二人は長年連れ添ったドライバーとブレイドだけれど、命を分け合った関係で、傍から見ればすごくお似合いで……。
 
 (アタシも亀ちゃんとああ見えたらいいのに)
 
 どうしてこんなことばかり考えてしまうんだろう。
 ニアは大きく頭を振って、暗い気持ちを振り払おうとした。
 
「お嬢様、そろそろ着きますよ」
 
 ビャッコの声に、ニアはハッとして正面を向き直った。街の象徴であるアーチへ続く道の脇には、空の茜色を映した海が豊富な水を讃えている。かつてここは雲海が広がっていた場所だ。
 周辺はそれほど変わっていないのに、この景色だけは形の違うパズルのピースを合わせたかのような違和感がある。
 この世界で変わらない場所なんてない。それはあの戦いを乗り越えた自分達にとって喜ばしいことなのだろうけれど、寂しさを感じるのもまた事実だ。
 
 (アタシも……この景色と一緒なのかな)
 
 どこかちぐはぐで見慣れない。釣り合いの取れていない関係性。ここの風景はきっと次第に当たり前のものになって、違和感なんて気にならなくなっていく。
 でも自分とジークは、いつまでもちぐはぐで凸凹で、当たり前の二人になんて、お似合いの二人になんてなれないかもしれない。
 
「ようやっと追いついたわ」
 
 眼下の海を眺めるニアとビャッコの背後で、ジークの疲れの滲んだ声がする。
 
「……遅いよ。亀ちゃん、サイカ」
 
 振り返って、にっと笑った。自然な顔が作れただろうか。せめて、夕やけの強い日差しで誤魔化せていたらいいのだけれど。
 
「ニア……ッ」
「ほら、早く! トラ達に会うならあんまり遅くならないうちがいいよ」
 
 何か言おうとするジークを遮って、ニアは街へと続く道を足早に踏み出した。……自分らしくない。
 いつか、本当の自分をさらけ出すことを決めたあの日、レックスが告げた言葉がニアの脳裏をよぎる。
 自由でわがまま。ぶん殴ってでも自分の気持ちを押し通す。
 過去に囚われていた自分を開放してくれたあの言葉。
 今の自分は、『ニアってキャラ』をすっかり忘れてしまっている。ジークとのことを考えるたび、何だかあの頃の自分に戻ったようで。
 
「……苦しいよ」
 
 呟いた言葉は、商店街の賑やかな雑踏の中に吸い込まれていった。
 
 
  
 
 
 
 ――ニアに避けられている。
 そうジークは感じていた。
 基はといえば、始めに避け始めたのは自分だ。自分の思うがままに愛して、彼女をまた傷つけてしまうのではないかと制した結果だ。
 
「王子、早うせなニアとビャッコ、また先行ってまうで」
 
 サイカの声に我に返る。おう、と応えてアーチをくぐった。
 見間違えなんかじゃない。先ほどのニアはどこか様子がおかしかった。夕日に照らされた彼女の笑顔は、まるで無理にそうしたように引き攣って見えた。
 自分が正しいと思うことははっきりといい、自分を貫き通す彼女がするような顔ではなかった。
 
 (そうさせてんのはワイか)
 
 商店街の中心へと進む彼女の背を眺める。肩まで切りそろえられた灰色がかった髪が、グーラ人の特徴を色濃く反映したその耳が揺れている。
 ……成さなければならない。自分の、いや彼女のために。
 
「ニア! ニアだも!?」
 
 どこからか聞き慣れた声がして、ジークは足を止めた。
 サルベージショップからぴょこぴょこと跳ねるようにやってきたゴム毬……ではなく、ノポン族の少年。
 
「ニアだけじゃないですも。ビャッコもサイカも、ジークも一緒ですも!」
 
 彼の後ろから声を上げたのは、ベレー帽をかぶった機械仕掛けの少女。
 
「トラ! ハナ! 久しぶりだな、元気にしてたか?」
 
 ニアの顔に浮かんだのは、今度こそ本当の笑顔のようだ。ノポン族の少年……トラはニアの前で嬉しそうに大きな羽を左右に揺らして、小躍りしている。
 
「ご主人は見ての通り、ハナの手に余るぐらい元気いっぱいですも」
 
 機械仕掛けの少女、ハナはピシッと右手を上げて、ニアの問いに答えた。
 
「ハナも相変わらずのようやな」
 
 ジークはそう言って、懐かしい面々の揃う輪の中に入る。
 
「みんなとまた会えて嬉しいも~! でも一体どうしたも? 何かキンキュージタイかも? トリゴにはしばらく居るのかも?」
「ご主人。そんなに質問ばかりしては皆さん困ってしまいますも」
「ももも~!」
 
 トラとハナらしいやり取りに、一同は揃って笑った。以前共に旅をしていたときも、大所帯にもかかわらず険悪になることが少なかったのは、彼らがムードメーカーとして機能していたからだろう。
 
「トラ、久々の再会や。できれば落ち着いた場所で話せると助かるんやけど、自分の家に邪魔してもかまへんか」
 
 ジークが切り出すと、トラは羽を後方にぴっと伸ばして前のめりになった。
 
「もちろんも! さあさあ、こっちだも!」
 
 無事家主の了解を得、ジーク達は商店街の奥からトラの家へと向かった。
 
 
 
 トラの家へと到着して、ジークとニア達はこれまでのこと掻い摘んで説明した。
 ジークとサイカは新しい世界の様子を知るために旅をしていること、それにニアとビャッコも合流したこと。
 トリゴの街で一息ついた後は、山を越えてルクスリアへ行くこと――。
 ニアがイヤサキ村を出た経緯については、あまり触れないようにしておいた。
 
「なるほども~。トラがトリゴでのんびりしている間にジーク達はみんなのためになることをしていたんだも」
「ご主人は、毎日食っちゃ寝食っちゃ寝でしたも」
「ハナ! 余計なことは言わなくていいも!」
 
 トラは慌ててハナを制したが、彼女はそんなことはお構いなしといった感じで、テーブルを囲むジークとニアの顔を交互に見比べた。
 
「な、なんだよ」
 
 ニアは怪訝そうにハナを見やる。ハナは両手の人差し指を自身の頭に向けて、考える素振りを見せた。
 
「ジークとニアからリア充の空気を感じるですも」
「ぶはっ」
「なななななっ!?」
 
 ハナの予想外の一言に、ジークは思わず噴き出した。ニアも顔を真っ赤に染めている。
 
「なんや。その『リア充の空気』っちゅうんは……」
「えっへん! 暇を持て余したご主人がハナに搭載した新機能ですも! この機能があれば一見そっけない態度の二人の関係も立ち所にわかってしまうですも! 不倫・浮気の解決にも一役買うですも!」
「な、なんとも下世話な機能ですね……」
「悪趣味やわ……」
 
 胸を張って答えるハナに、ビャッコとサイカが身を一歩退いた。当然ながら、ハナではなくトラへ軽蔑の視線が向いている。
 
「う、うるさいも! それよりハナがジークとニアから『リア充の空気』を感じたということは……」
「ど……どういうことや?」
 
 返されるであろうセリフにあまりいい予感はしないが、一応問うてみる。ハナは再び胸を張って応えた。
 
「二人は男女の仲になっているということですも!」
「わーーーーーーーーッ!!」
 
 ハナの言葉をかき消すようにニアが叫んだものの、一歩及ばず皆の耳に入ることになった。さすがのジークもこうもはっきり宣言されてしまうと、顔を上げることができない。
 
「ももーッ!? どーいうことだも!? いつの間にそんなことになっちゃったも!?」
「はあ、私も気がついたらこうなっていたという感じでして」
「ま、王子は割と前からウジウジしとったんやけどな」
「ご主人! 今日は祝杯ですも! 赤飯ですもー!」
 
 盛り上がる面々を前に、ニアもジークもただ赤面することしかできなかった。
 
 
 
 その後は、(主にトラとハナが)大騒ぎだった。カフェ・サヴィーのテラス席を陣取って、ジークとニアにとっては肩身の狭い宴会が催された。
 野営では口にすることのできない酒が飲めるのは悪くないが、自分のことを肴にされるのはあまり良い気はしない。ニアも同じ心境に違いなかった。最も、彼女が飲んでいるのはパリパリパッション・オレだったが。
 そんな居心地の悪い宴も終わり、ビャッコやサイカ、そしてニアも宿へと休みにいった。
 もう何杯飲んだのか、ついにジョッキに残った酒を持て余し、ジークはテーブルを背にして持たれると空を見上げた。
 無数の星が頭上で瞬いている。空気の澄んだグーラでは、見慣れているはずの夜空が一層美しく思えた。
 
「まだ宿に戻らないも?」
 
 声をかけてきたのは残っていたトラだ。
 
「……せやな。ちぃっと飲みすぎたさかい、頭でも冷やそ思ってな」
 
 トラは自分の座っていた椅子をジークの隣へ引っ張ってくると、その上にちょこんと飛び乗った。
 
「ジーク、もしかしてトラに用事があってトリゴに来たんじゃないかも? もちろん、それだけじゃないかもしれないけども……」
 
 なんとなくそう思っただけも、と続けたトラに、ジークは暫し考えて切り出した。
 
「……トラ、ニアやビャッコには内緒で協力して欲しいことがあんねん」
「ももっ?」
 
 大きな目をパチクリさせて、トラはジークに向けて首を傾げた。
 
 
 
 翌日、トリゴの街の空はよく晴れていた。
 
「うんうん。こんなところやろ」
 
 肉屋や魚屋から調達した食材を鞄に詰めながら、サイカが満足そうに頷く。
 
「サイカー、頼まれてた装備品買ってきたよ」
「おおきに」
 
 ビャッコの背から降りて、ニアは抱えていた麻袋をどっかりと地面におろした。壊れかけていたアクセサリーの代替品の他に、厚手の織物でできた上着も購入してある。山越え、そして寒冷地であるルクスリアへ備えてのものだ。
 
「ふわああ……おはようさん」
 
 大きなあくびをして遅れてやってきたのはジークだ。まだ眠そうに眼帯のない方の目を擦っている。
 
「王子、遅いで!」
「ジーク様、おはようございます」
「もう昼近くだよ、亀ちゃん。昨日何時まで飲んでたのさ」
 
 ジークは懐に手を突っ込んで体をボリボリと掻くと、何時やったかなあと気のない返事をする。ニアは「まったく」と言わんばかりに胸の前で腕を組んだ。
 
「必要なモンは大方集めたで。ニアに上着も買うてきてもろたしな」
「おお、そらすまんな。……こんだけあんなら、山の上もルクスリアもなんとかなるやろ」
 
 ジークはしゃがんで、ニアが地面に置いた麻袋の中を確認した。
 標高の高い山は、ルクスリアと負けず劣らず気温が低くなる。ましてやそのルクスリアと地続きになっているのだから、それなりの寒さは覚悟したほうが良いだろう。
 自分やサイカは慣れてはいるが、問題はニアとビャッコだ。特にニアは相当寒さが苦手だった覚えがある。
 もしもの時はワイの上着でも貸したるか。ジークは頭の中で算段して立ち上がった。
 
 (あとはトラやな……)
 
 そうして辺りを見渡すと、程なくして広場の向こうからやってくる彼の姿を見つけた。もちろん、その後ろにはハナの姿もある。
 
「みんな早いも! もしかしてもう行っちゃうのかも?」
 
 てってって、と小走りで近づいてきたトラは、息を上げながら問いかけた。
 
「うん。誰かさんがちゃんと目を覚ましたら出発なんじゃないかな」
 
 ニアの言う『誰かさん』とは、他でもないジークのことだ。ジークはバツの悪さを感じ、頭を掻いた。
 
「ほんなら、昼メシ食うてから出発と行こか。ニア、場所取り頼むで」
「なんでアタシが! ……オーケー、わかったよ」
 
 ニア、そしてその後にビャッコが続いてカフェへと向かう様を見やると、ジークはすぐさまトラに目線を合わせるように腰を落として、耳打ちをする。
 
「……例のアレ、大丈夫やったんか」
「バッチリも! ここに詳しくまとめておいたも」
 
 トラが取り出したのは、四つ折りにされたメモだ。ジークはそれを受け取ると、簡単に目を通して懐へと収めた。
 
「ハナも朝早くからお手伝いましたも」
「すまんかったな。ハナ、トラ」
 
 礼を告げるとトラはお腹にも見える胸を張り、ハナも同じポーズをとった。
 
「大事な仲間のために一肌脱いだだけも。ジーク、ここからは腕の見せ所も! トラは応援してるも!」
「ハナもですも!」
 
 トラの羽が、まるでグッドラックのハンドサインのような形を作る。
 
「おう。二人とも、恩に着るで」
 
 ジークはそう言って、トラに手を差し出す。トラはジャンプしながら自身の耳と体を使ってハイタッチした。
 
「王子ー!」
「トラとハナも早くおいでよー!」
 
 昨日と同じテラス席で女性陣が呼んでいる。
 
「今行くもー!」
 
 小走りに向かうトラとハナを見送って、ジークもまた歩き始めた。
 
 

  
 
 
 
 グーラ領側の山肌には見られなかった雪も、ルクスリア王国との境界に近い山頂を越えると一層深くなった。グーラでは先陣を切って進んでいたニアも、次第に足の進みが遅くなる。
 もはや下りだけ、と考えるといくらか気は楽になるが、山肌に沿った認識するのも難しいほど雪に埋もれた細い道が蛇行を繰り返して続いている様を見れば意識が遠のきそうになる。
 前を進むジークやサイカの足跡に重ねるようにして踏み出してはいるが、分厚い雪の層に合わせて足を持ち上げているおかげで、体力もガンガン落ちていく。
 
「ニア、そんなんやったら、いつまで経ってもルクスリアに着かへんで」
「わかってるよ……」
 
 いつもなら、ジークの煽りに食って掛かるニアも、今回ばかりはそんな気力もない。体力回復も兼ねて、ビャッコの背に乗って楽をしたいところだが、毛先に雪の雫が粒上にこびりついてゴワゴワしたビャッコに頬を擦り付けようなんて気にもなれなかった。
 今のところ天気は良好で、吹雪の気配がないのが唯一の幸いだ。時折吹き荒ぶ風に身を縮める。今の頼りは、トリゴの街で買ったカラ織リーフケープだけだ。
 
「……しゃーないな」
 
 ジークはそう言うと腕に取り付けていた肩当てを右、左とパチンと外しながら、サイカとビャッコの横をすり抜けてニアの前までもと来た道を戻る。
 
「亀ちゃん……?」
 
 ニアは疲れの滲む目でジークを見上げる。するとジークはフードの付いた自身の黒い上着をニアの肩に掛けた。
 
「王子、そらいくらなんでも寒すぎへんか?」
 
 雪が降り積もった雪山にほぼ半裸の男が一人。先ほど外したばかりの肩当てを今度は何も身に纏っていない腕につけ直した。
 
「こうすんねん」
「うわっ!」
 
 ジークが言うやいなや、突然体が宙に浮く。一瞬何が何だかわからなかったが、暫しして自分がジークにおぶわれたのだと気づいた。
 
「どや。多少はマシやろ」
 
 ジークの体温が背中から伝わってくる。肩に掛けられたことで、ニアとジーク(の一部だったが)を覆う形となった上着がその熱をある程度保ってくれている。
 
「だけどこれじゃ、亀ちゃん持たないんじゃ……」
 
 ニアを背負えば、当然彼女の体重がジークの負荷となる。山では上りよりも下りの方が体に負担がかかる。雪で足を取られるなら尚の事だ。そんなことは幼い頃から雪に慣れ親しみ、早くからアルスト中を旅していたジークが一番わかっているだろう。
 
「自分に倒れられたら困んねや。貴重なドライバーとしても……個人的にもな」
 
 寝るのだけは堪忍してくれや、と付け加えて、ジークはニアを背負い直す。その動きで目を覚ましたのか、今はニアに掛けられているジークの上着の中からモソモソとカメキチが顔を出した。
 
「……お前の暖を分けてもらっちゃってごめんな」
 
 ニアがカメキチにそう言うと、彼はまた緩慢な動きで今度はニアの首元の隙間へと滑り込んだ。
 
「ありがとう、亀ちゃん」
 
 ジークは顔を少し振り返るように向けて口角をあげた。心配そうにニアに連れ添っていたビャッコも隣で頭を下げた。
 
「ジーク様、私からもお礼申し上げます」
「ワイが勝手にやっとるだけやから、そない気にせんでええ。それよりビャッコ。ワイの持っとった荷物、代わりに持ってくれへんか」
「承知しました」
 
 ビャッコがジークの腰に巻きつけられた荷物を器用に口で外すと、サイカがそれを受け取って今度は彼の身体に固定する。
 
「サイカは先頭でしっかり足跡つけて進んでくれるか」
「任しとき」
 
 ビャッコに荷物を結びつけながらサイカが応えた。
 ニアはその様子をジークの背で眺めて、頬を彼に擦り寄せた。血の通った熱を持った身体。耳に聞こえるのは心臓の音。コアクリスタルと結びついた、人間の証だ。
 遠い昔、ベッドに横たわる姉にすがって確かめた、ヒトが生きているという証拠。感じるだけで安心する、魂の鳴動。
 
 (……違うんだ、アタシと亀ちゃんは)
 
 半分人間で、半分ブレイド。けれど自分はやっぱりブレイドで、ジークはやっぱり人間なんだ。
 マンイーターとブレイドイーターは近いようでいて、本当は遠いところにあるように思う。人の命を取り込んで、ブレイドの命を分け与えられて。そんな自分達が愛し合った先に、何が生まれるんだろう。
 自身のドライバーである人間と夫婦となって添い遂げるブレイドがいる。……自分はいまだ、ジークのブレイドじゃない。
 ブレイドには生殖機能はない。……人間の細胞を取り込んだマンイーターが子供を生んだ例は聞いたことがない。そもそも、ブレイドイーターとして生きながらえている人間は数えるほどしか居ない。
 
 (頭の悪いアタシにはわかんないけど……)
 
 このまま一緒に居てもいいのだろうか。今みたいに迷惑をかけてしまうだけなんじゃないのか。お互いの気持ちを優先して一体何が残るんだろう。
 心地良いジークの体温。彼に惹かれれば惹かれるほど、自分の存在について考える。
 ――アタシは亀ちゃんの隣に居ていいのかな。
 自分はまた、居場所を見定められないでいる。
 
 
 
 ちょうど山を下りきったあたりから天気は崩れ始め、王都テオスアウレに着く頃には風鳴が強くなっていた。
 巨神獣・ゲンブの甲羅のなかで築かれていたルクスリアの国は現在、このまま住み続けるか、他国と同じように巨神獣の表面を大地として移り住むかで、国の上役だけでなく国民の中でも意見が割れている。
 それは、この国が英雄アデルの末裔が築かれたとされていることや長い鎖国を貫いてきたことで、文化的に価値のある建造物も多く、継承し続けたほうが良いという声も国内外で上がっていることが影響していた。
 ジークは既に、ルクスリアは反アデル派により興されたということを知っているが、英雄アデルを誇りにしている国民を思えば、言い出すことはできないでいる。
 父である王・ゼーリッヒも同じだろうことは想像に難くない。
 
「なんだか、街が前よりも賑やかになったね」
 
 ルクスリアの地へ辿り着いてからはジークの背を降り、自分の足で王都に入ったニアが感嘆の声をあげた。
 
「外の繋がりができたからやね。物価もだいぶ下がったみたいやし、閉まってた店も開くようになってん」
「へー!」
 
 流通の発展は、貧しい国だったルクスリアを内側から変化させてくれた。以前は、分厚い雪雲と同様、暗い顔をした人々ばかりだった王都には今、活気と笑顔が満ち満ちている。
 
「おーい、サイカ。帰ってきた目的を忘れてへんやろな」
「あ、せやったせやった。まずは王様に報告やな」
 
 ニアを抱えて山を降りるのは決して楽ではなかった筈なのに、ジークは王都に着いてからもケロッとしている。そして、休む間もなく王宮へ行くと言っているのだ。
 
「ちょっとは休んだほうがいいんじゃない? その……アタシが言うのもなんだけどさ」
 
 寒さに耐えきれなかったという気後れもあって、ニアは恐る恐る進言したが、ジークは笑って彼女の頭を軽くポンポンと叩いた。
 
「ええねん。多分もう、ワイらが着いたっちゅう報告はオヤジに行っとるやろし……。早う行かんとフォーティスが意外とうるさいねん」
「ちっちゃい頃、しょっちゅう怒られとったから、王子はあのオッチャン苦手やねんで」
 
 サイカがニアにそっと耳打ちをする。今は体のでかいジークの幼い頃など想像できないが、きっとやんちゃ坊主だったんだろうということは何だかわかるような気がした。
 
「そっか。それならまあ、頑張ってよ。じゃあ、アタシとビャッコは宿屋に――」
「ニア」
 
 宿へ向かうとしたニアの手をジークが掴んだ。驚いて振り返る。同時に、自分を止めた彼の手が小さく震えていることに気がついた。
 
「ニアをオヤジに紹介しようと思うとる」
「へ……」
 
 思わず顔を上げる。
 普段のジークとは違う、真剣な顔。深い緑の瞳が自分をまっすぐ見据えている。
 
 
 ――――嫁が出来たっちゅう報告はせんとな。
 
 
 フレースヴェルグの村で、冗談に混じって告げられた彼の言葉が脳裏をよぎる。それが今、現実になろうとしている。
 
 (亀ちゃんは本気でいてくれたんだ……)
 
 それならどうして、自分と一定の距離を置いていたんだろう。いや、違う。ルクスリアへの道中のように、ジークはずっと自分を気にかけてくれていたのかもしれない。
 
「旅の報告が終わったら声を掛ける。せやから王宮の入り口で待っててくれへんか」
 
 ジークの手に力が込められる。肌に触れる空気は変わらず冷たいのに、彼のその手も、自分の頬もスペルビアの熱気の中に居るんじゃないかと錯覚してしまうほどに熱かった。
 声がカラカラに乾いて、そもそもなんて答えれば良いのかわからなくて、ニアは散々挙動不審に視線を動かした後、ようやく頷いた。
 
「ニア」
「わわっ!」
 
 ジークの大きな両腕で抱きしめられた。というより、抱き上げられたと言うほうが正しかった。ジークの頬が自分のそれに触れる。彼の厚い胸板に体が強く押し付けられた。
 
「ちょ、ちょちょ、亀ちゃん!?」
 
 大袈裟な鼻息を立てて、ジークがニアの匂いを嗅いだ。恥ずかしさに名前を呼んで制したが、彼はまるでお構いなしだ。
 思う存分ニアを堪能して、ジークはようやく彼女を開放する。
 王宮の入り口まで皆で揃って向かったが、どうやって歩いたのか、誰がなんて声を掛けてくれたのかわからないほどにニアは緊張していた。
 先に旅の報告を済ませる、と王宮の中へ向かったジークとサイカを見送って、ニアはビャッコに持たれるようにズリズリとへたり込んだ。
 
「お嬢様」
「ご、ごご、ごめん、ちょっと展開が早すぎて頭が追いついていないっていうか……」
 
 本当にそうだろうかと自分に問いかける。いよいよここに来ると知ったとき、ほんの少しでも期待していた。ジークとの距離に悩みながら、心の何処かであの言葉を支えにしている自分もいた。
 
「……アタシ、良いのかな。幸せになっても」
 
 過去に囚われていた自分はもう居ない。それでも、思い出として胸に残っている。姉さんのことも、父さまのことも。『人喰いブレイド(マンイーター)』としてビャッコと一緒に追われる日々を過ごしていたことも。
 
「勿論ですとも。私はいつもお嬢様の幸せを願ってきました。例え、それを手に入れた後もずっと続いて欲しい、そう思います」
「……ありがとう」
 
 ビャッコの鼻に自分の鼻を擦り付ける。つらいとき、悲しいとき、嬉しいとき――。
 ビャッコとこうしていることで気持ちが穏やかになった。父のようで、兄のようで、時々弟のような不思議な存在だ。
 
「亀ちゃんが……ここが、アタシの居場所……なのかな」
 
 先ほどまで、ハラハラと舞い落ちていた雪の粒が風になって頬へと当たる。空は灰色に濁って雲と雲の隙間からわずかながらの光が差しているのみだ。
 
「ニア、ええか」
 
 名前を呼ばれて、ビャッコの毛に沈めていた体を起こす。いつの間にか、ジークがそこに立っていた。
 
「報告、もう終わったんだね」
「ああ。ま、積もる話はまたお偉いさん集めてやるやろし、簡単にな」
 
 差し出された手に自分の手を重ねてニアは立ち上がった。先ほどとは違う、優しく添えられるジークの手。彼の背後にあるのは、石造りの大きな、大きな王宮。
 改めて思う。庶民らしい振る舞いをしながらも、彼は本来、一国の王子様であるということを。
 そのまま手を引かれ、王宮の中を進む。その後ろをビャッコが続いた。
 入り口に、玉座の間の前に配された兵士が敬礼をする。これはジークへ向けたものだろうか、それとも――。
 天井の高いその間の中央には、初めてルクスリア王国に訪れたときと同じようにこの国を統べる王――ゼーリッヒが、宰相であるフォーティスを従えて座していた。ジークの実父とは思えないほどの精悍な顔つき。王宮全体に漂う荘厳な雰囲気も相まって、見た目よりもずっと大きく見える。
 不安そうな顔をしたサイカと両側に並ぶルクスリア兵を横目で見ながら、玉座の前へと進み出た。
 ジークの手が離れると、ニアは以前そうしたように、王の前で膝をつく。
 
「ジークよ、彼女は……」
 
 ゼーリッヒは少し驚いた表情を浮かべてジークを見たが、頭を垂れたニアには声でしか様子を窺い知ることができない。
 
「せや。前にも会うたことあるやろ」
「……そなたはニアだったな。顔をあげよ」
 
 王の言葉に応じて、ニアは顔を上げた。耳が後ろに倒れてしまっていたが、表情だけは努めて強気であろうとした。
 
「まだあどけない少女ではないか。ジーク、お前は……」
 
 ゼーリッヒ王が言い終わるより先に、ジークはニアの横で膝をついた。
 
「ルクスリア王にして我が父ゼーリッヒ。このジーフリト・ブリューネ・ルクスリア、隣に見えるニアを伴侶としたく、王による婚姻の許可を得んためここに参りました」
「殿下……」
 
 フォーティスをはじめ、両脇に控えた兵士らが一斉にどよめいた。横に居た自分すら、意表を突かれて息を呑んだくらいだ。
 
「皆、静まれ。……お前のその物言い、この父は初めて聞いた。本気と取って良いのだな」
「はい。我が本心を申し上げております。ワイ……いや、私はニアを妻に迎えたい」
「ふむ――」
 
 ゼーリッヒは思案するように目を閉じてしばらく沈黙すると、ゆっくりとその瞼を開いた。
 
「しかし、ニア。そなたは齢十五、六のように見えるが……」
「アタシは……」
 
 心の中でさまざまな想いが交錯する。ジークは本気で王に願い出てくれたのだ。自分と結婚したいのだと――。一瞬、戸惑った。けれど、伝えねばならないと思った。ジークの傍にいるためには。ブレイド……マンイーターであることを。
 
「……――《人喰いブレイド》だ!」
「ッ――――!」
 
 その言葉にニアは大きく目を見開いた。後ろのビャッコも威嚇の姿勢を取る。声の主である一人の兵士がニアを恐ろしげに指をさす。近くにいたサイカが慌てて、彼を制するように組み敷いた。
 
「……昔、アーケディア兵から聞いたことがありますな。《人を喰らった》というブレイドを探している、と」
 
 フォーティスはそう言って、ニアを見下ろした。
 どうして今、この場所で。
 あの言葉を聞かなければならないんだろう。
 
「そのブレイドは確か、白虎を連れたグーラ人の少女だったのでは――」
「――フォーティス!」
 
 ゼーリッヒが諌めると、フォーティスは口を噤んで一歩下がった。
 
「……ニア、今の話は真か」
 
 ドクン、とコアクリスタルがまるで心臓のように脈動する。
 ――心臓……姉さんの心臓。アタシが姉さんを……。
 
「オヤジ! ニアは……ッ」
「私は彼女に聞いている」
 
 全身が震えている。
 
「お嬢様ッ」
 
 ビャッコが自分を呼んでいる。隣に居るのに何だか遠くから聞こえているように感じた。
 震えを鎮めようと両手で自分の体を抱えた。それでも何も変わらない。
 
「ニア……」
 
 自分を労るジークの声。
 感じる周囲の猜疑心に満ちた視線。
 ――アタシ……アタシは。
 
「アタシは……『人喰いブレイド』です」
 
 体が熱い。でも、全然心地良くなんてない。ただただ苦しくて、痛いだけの。
 
「……お嬢……様」
 
 ニアの瞳から一筋の涙が溢れた。力の入らない体を奮い立たせるように立ち上がる。
 
「だから……だから。亀ちゃんには……ッ、ジーフリト、様にはもっと良い人が居ると思います。忌み嫌われる事なんてない、清らかで大人で、お姫様にふさわしい人が」
「ニアッ! お前、何言って……ッ」
「――亀ちゃん」
 
 視界は涙で歪んでよく見えなかった。それでも、隣に居る愛しい人をもう一度見たいと思った。できるだけ笑って。あなたは悪くないと、そう伝えたくて。
 
「アタシなんかで……ごめんね」
「――――…………ッ!」
 
 ああ、なんて。…………なんて酷い顔。
 
「お嬢様ッ!」
 
 ビャッコの制止を振り切って、玉座の間から逃げ出した。
 思ったよりも強く押しのけてしまった。大丈夫だっただろうか、なんて憂いている余裕なんて今はない。
 もう、この場所には居られない。居ちゃいけないんだ。
 無我夢中で走って走って、気がつけば王都の外に出ていた。
 体に打ち付ける雪風は強くて、周りは白しかなくて。
 どこへ行けばいいだろうなんて、考えられるほど頭は回っていなかった。
 どんどんと降り積もっていく雪に足が縺れて躓いた。弾みでゴロゴロと、体が斜面を転がり落ちていく。
 ようやく止まって、軋む身体を起こした。止め処なく流れる涙は雪に混じって固くなって顔に貼り付いた。
 ゴシゴシと擦って払い除ける。
 
「うわああああああああーーッ!」
 
 空を仰いで叫んだ。その声は、吹雪にかき消されて虚しく消えていった――。
 
--サンプルここまで--
 
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