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言ノ葉【巽 完二×白鐘直斗】

「つ、らかった、ら、いつ、でも、いえ、よ。お前、は、おれ、の……」
携帯のディスプレイとボタンを目で何度往復させただろう。
使いこなせていないわけでは決してないが、このまどろっこしさはいつまでも慣れない。
いや、慣れようとも思わない。
教室で携帯と睨み合うこと数十分。
時間が経てば経つほど、イライラが増していく完二をクラスメイトたちは遠巻きに眺めている。
当の完二はそんなことを気にも留めていない。
それより、メールを打つのに、いや文面を考えるのに悪戦苦闘だった。
必要なことは電話で話せばいい。文字という感情が伝わりづらい手段よりは、顔は見えなくとも直球でぶつかり合える電話のほうが、完二は好きだった。
だが。
「たい、せつ、な……大切な……って、何を打とうとしてんだ! オレは!!」
クリアボタンを連打する。
こんなものを送りつけてたまるか、と自分自身に心の中で怒鳴りつける。
はあ、とひとつため息。
「……急すぎっだろ」
メールの送り先を眺める。
━━━━『直斗』。
「チッ」
電源ボタンを押し、強引にホーム画面へと戻して、乱暴にズボンのポケットへと突っ込んだ。
あれだけ時間をかけたメールの文面は白紙になっただろうが、あの内容だったら送らない方がマシだと、完二は思ったのだった。
「なーにやってんの、完二」
「うおっ!?」
視界に突然現れた少女。久慈川りせ、だ。
名の知れたアイドルでこんな田舎でも大評判の彼女だが、完二の心許せる友人のひとりだ。
「い、いきなり現れんなよ。びっくりするじゃねーか」
「なによー。完二にとびっきりのプレゼントを持ってきてあげたのにー。そういうこと言うわけ?」
ぷぅっとりせは頬を膨らませる。
……りせが、オレにプレゼントだ?
完二の怪訝な顔をよそに、りせがぱぁっと表情を明るくして目の前に一冊の雑誌を突き出す。
「はいっ! じっくり眺めてちょうだい!」
「はぁ?」
表紙に露出度は少なめだが可愛らしい服装で笑顔を向ける女性。
正真正銘、どこをどう見てもアイドル雑誌だ。
「……おい。なんだこりゃあ」
「だーかーらー。プレゼントだってば! んじゃ、渡したからね!」
「って、おい!」
完二の制止も聞かず、りせは手を振って教室を出て行った。
「……ったく」
さすがに教室の中で見るような代物ではない。
完二は先ほどもらった雑誌を、ほとんど何も入っていない鞄へと押し込んだ。
「……ひとりの時間をこれで楽しめってぇことかよ」
ますます惨めだ。
ウダウダしながら過ごすうちに、高校三年へと上がった。4月ももう半ばを過ぎている。
一年の頃には、今から思い起こしても簡単には信じがたい数々を体験したし、信頼のおける仲間がたくさんできた。
それまで頑に周りから距離を置き続けていた自分にとって、人生最大の転機だったと言える。
そんな仲間たちも、この稲羽に今は数人しかいない。
事件の後、慕っていた鳴上は両親の元へと戻っていったし、陽介も千枝も稲羽から出てそれぞれの夢へと勉強を続けている。
旅館で働く雪子にはちょくちょく顔を合わせるが、以前のように頻繁ではなくなった。
そして、直斗も。
━━━━『転校することになりました』
彼女の言葉が脳内に思い起こされる。
━━━━『突然ですみません』
本当に突然だった。
━━━━『事件を解決してすぐに戻ってきます』
そう言って去っていったのはつい、先日のことだ。
「……帰るか」
立ち上がって、教室を後にする。
階段を下りてふと、職員室前の廊下に目をやった。
…………白鐘直斗はもう、この学校のどこにもいない。

* * *

『……って、わけでぇ、完二にもちゃんと雑誌渡しといたからね!』
「“ってわけで”じゃないですよ、久慈川さん!! なっ、ななっ……なんてことを!」
思わず大声を上げた直斗に、彼女と同じく特別科学調査室にいた黄楊と創世の視線が突き刺さる。
3月の終わり、りせのSOSに応じて半ば強引に撮影された水着姿のグラビア。
あんな撮影を了承した時点で、自分のあられもない姿が全国に出回ってしまうことは仕方がないことだと思ってはいたが。
「即刻、即刻回収して下さい!! 今すぐ!!」
全国規模で流布されるより、知り合いに見せるほうがはるかに恥ずかしい。
しかもよりにもよって巽完二にだ。
『ダーメ。離ればなれで完二だって寂しそうだもん。直斗くんを見て元気出してもらわないと』
「だからって、あの雑誌を渡すことないでしょう! た、たた、巽くんだって迷惑していますよ!」
『完二が? するわけないじゃん! いい? 直斗くん。遠距離恋愛って、結構タイヘンよ』
「……僕と巽くんはそういう関係ではないのですが」
『まったまたー! お互い意識してるの丸わかりだって! とにかく、そういうことだから。じゃね!』
……何がそういうことなんだろう。
一方的に切られた携帯を眺めて、ため息まじりに肩を落とした。
「そうだ、巽くん!」
もう見られたかもしれない。けれど、こちらにも言い分というものがある。それだけは伝えておこう。
アドレス帳から彼の名前を探す。
…………と。
「おい、直斗。タツミって誰だ?」
「なっ!?」
知らぬうちに後ろのソファにいたはずの創世が目の前に立っていた。
「決まってんだろ、あの“ボイン”に一番近い男だろ、な!」
「つ、黄楊さん! そういう言い方は━━とっ、友達です! 友達!」
「せっかくの“ボイン”を持て余してる女だと思ってたが、俺様の知らないところでやることやってたんだなあ、おい」
聞いていない!
「だっ、だから……」
直斗の眼前に創世がズイッと人差し指を立てた。
「おもしれえ。この創世様がタツミってやつに会ってやろうじゃねえか!」
「はっ!?」
いきなり何を言い出してるんだ、この男は。
背の高い創世を見上げる。
「……どうして創世さんが巽くんに会う必要があるんですか?」
「どうしてってそりゃあ見てみた……いや、直斗のホゴシャとしてだなあ」
「僕は創世さんに保護された覚えはない!」
創世が、まさか完二に興味を持つとは。
ただの好奇心と言われればそれまでだが、直斗にとっては意外の一言だった。
「行ってくりゃあいいじゃねえか。気晴らしにはちょうどいいだろう」
「……はい」
“気晴らし”。
黄楊からその言葉を聞いてしまったら頷くしかできない。
ここ数日で本当に……本当にいろいろあったから。
「よし! 決まりだな。ジジイ! ちょっくらいってくるぜ!」
「おう! 行ってこい!」
「えぇ! 今からですか!?」
もう夜中の9時だ。田舎にある稲羽市方面の電車はあるだろうか。
むしろ今から行く意味は? そして完二の都合は?
「安心しろ! 俺様がいっちょかっ飛ばしてやるからよ!」
そう、目を輝かせる創世を止める術を直斗は持っていなかった。
前向きに考えよう。
しばらく顔を見ていない完二にも会えるし、雑誌も回収することができる。
直斗は調査室を勢いよく飛び出した創世を力なく追うのだった。

* * *

「……むにゃ……って、うおおおおお!?」
ポケットの中からの振動に、完二は声を上げた。
どうやらあみぐるみをしながら、うたた寝をしていたらしい。
「あとちょっとだってーのによ」
手の中にあるのは、作りかけのスクナヒコナ。
何を作ろうか迷ううちに、手が勝手に動いていた。
「……っと、これで完成。って、こんなもんどうすんだよ」
自分に呆れながら、机の上にスクナヒコナを座らせて携帯を取り出す。
「“直斗”……!?」
届いたメールは、昼間出しそびれた相手。
急いで開封する。文面はそっけないものだった。
『久慈川さんが渡した雑誌を持って、今、辰姫神社に来れますか?』
勢いよく立ち上がった。
テーブルががたんと音を立てて揺れた。
今? 辰姫神社だと?
しかもあの雑誌を持ってだあ?
いろいろと不可解な内容だ。
「来てんなら……」
せっかくだ。
完成したばかりのスクナヒコナを彼女に渡そう。
携帯とは反対のポケットにあみぐるみを突っ込んだ。
「雑誌……雑誌と」
ベッドの上に放り投げたままの鞄から、アイドル雑誌を取り出した。
「これに何かあんのか?」
ページをめくろうとした。
その刹那。
「うおっ!?」
携帯が再び振動する。今度は電話だ。
相手は……直斗。
思えば、彼女から電話が来たことなど数えることしかない。
完二とて、純粋な高校生男児だ。
好きな子から電話とあれば緊張する。
ゴクリと、生唾を飲み込んだ。
鳴り続けるバイブレーション。
恐る恐る通話ボタンを押す。
「もしも━━━」
『おう! お前がタツミだな!』
直斗ではない。
男の声だ。
もう一度通話画面を見る。
ディスプレイには“直斗”の表示。
「……誰だ、てめえ。なんで直斗の携帯からよこした」
『俺様か? 俺様は黒神創世。直斗のパートナーだ』
「ぱ、パートナー?」
普段の生活では聞き慣れない言葉に首を傾げる。
よくドラマなんかで耳にする言葉だ。
ようは、陽介が鳴上に対してよく言っている相棒って意味で……。
いや、結婚した相手にも使っていたような……。
「っておい! まさかそっちのパートナーじゃねえだろうな!」
『はあ? そっちってどっち━━━━』
『巽くん!』
創世を遮るように、聞き慣れた声がする。
携帯の持ち主、直斗だ。
「直斗! お前、こりゃあどういう……」
『今、僕らは辰姫神社にいる。君にどうしても会いたくて……不躾ですまないけれど』
「べ、別にいいけど……よ」
“君にどうしても会いたくて”
その言葉が、男・巽完二の心を掴む。
『よかった! では、メールでお願いした通りあの雑誌を持ってきて下さい。……もうみましたか?』
「いや、見てねえが……」
『それでいいです! そのまま開くことなく僕のもとまで持ってきて下さい! お願いします』
プツリと、電話が切れた。
直斗の電話を使った、彼女のパートナーだと述べた創世という男。
しばらく会えないと思っていた想い人の急な来訪。
これが意味するものは。
「……その喧嘩、のってやらあ!」
そして完二は、足早に辰姫神社へと向かった。

* * *

直斗が待ち合わせ場所を辰姫神社にしたのには理由がある。
完二の家の隣にあるからだけでなく、人が寄りつかないからだ。
いるだけで目立つ創世を、夜中とはいえ商店街の通りで野に放つことだけはしたくなかった。
「早く来ねえかなあ、タツミのやつ」
直斗が電話を切るなり、創世は待ち遠しそうにそう言った。
「創世さん、どうしてそんなに巽くんに会いたいのですか? 今日の今日、ここへ来るなんて」
「直斗の相手がどんなヤツか見てみたくなっただけだ」
「……だから、巽くんとは……」
言いかけて、人の気配に振り返る。
着流した黒い制服、金色の髪。鋭い眼光。
……巽完二だ。
「タツミ、だな」
「おう。てめえが創世。なんだ、厳つい体してんな」
「……生まれつきでな」
背の高い二人が睨み合う。その場の空気が緊張していくのがわかった。
「た、巽くん。今日はありがとう。会えて嬉しいよ」
「……おう」
どうして初対面でこんな雰囲気になるんだろう。
直斗は、ハラハラしながら二人を見やる。
初めに口を開いたのは創世だった。
「雑誌で見る“ボイン”もいいもんだったろ?」
「「は?」」
直斗と完二が声を発したのは同時だった。
「か、開口一番になんてこと言ってるんですか!」
「落ち着け、直斗。立派なモノを持っているのに隠すことはないだろう」
落ち着くのはお前だ! 直斗は心の中で叫んだ。
「“ボイン”だと? てめえ、何のこと言ってやがる」
「見てねえのか? 見ろ! 今すぐ見ろ」
「わー! 巽くん見ないで下さい!」
完二は創世と直斗の押し問答に困惑しながら、雑誌を開く。
それを奪おうと直斗が雑誌に手を伸ばすが、ガタイのいい創世に阻まれて身動きが取れない。
「……こ、こりゃあ……」
……見られた。巽くんに、僕の恥ずかしい姿を……。直斗はへなへなとその場に座り込んだ。
「……すげえじゃねえか……!」
「おう。見たか。ビッグな“ボイン”をよ」
「……巽くん……鼻血を拭いて下さい……」
自分を目の前にしてなんていう会話しているんだろう。
体中の熱が顔に集まっているのではないかと思うくらい、真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「コレでは無理矢理強調してるがな、実際いい体してると思うぜ? 俺様の見た限り。お前もそう思うだろ?」
「あん?」
「創世さん!!」
なんてことを言い出すんだ、この人は!
そして、彼に同意を求めてどうする!
声を張り上げたかったが、口はパクパクと動くばかりだ。
「……間違ってたら教えてくれねえか」
鼻血を拭って、完二が創世を見据える。
空気がまた張りつめたような気がして、直斗は身を震わせた。
「……おめえ、直斗の体を見たような口ぶりだが実際どうなんだ。こいつが女ってのも知っているみてえだし」
「見たからな。なんなら、こいつの下着もよ」
プツン、と完二の中で何かが切れた。
「わっ!」
瞬間、直斗のもとへ何かが投げ渡される。
完二の持っていた雑誌、それと。
「これは……スクナヒコナ……?」
完二は創世を見据え、口を開いた。
「……直斗のパートナーつったな。そりゃなんだ。お前、こいつのなんだってんだよ」
「それ以外、言うことはできねえな。俺様にとって必要な人間ってのは確かだ」
「……直斗。それは本当か」
完二が初めて直斗を見た。
その目に射抜かれてしまったようなそんな気持ちだ。
「……創世さんは、間違ったことは言っていません」
「“創世さん”、かよ」
完二が笑う。その顔が何故だか寂しげに見えた。
「直斗が選んだんなら仕方ねえ。だが、オレの存在も忘れてもらっちゃ困んだよ」
完二は再び、創世を睨みつけた。
「簡単にコイツのパートナーを名乗って欲しくねえんだよ」
手のひらに自分の拳を打ち付ける。完二はやる気だ。創世と。
彼の目がそう言っている。
テレビの中でよく見た、戦いに向かう目だ。
「だめだ! 巽くん! 君がかなう相手じゃない!」
非戦闘系。そうは言っても特別制圧兵装━━ロボットだ。
いくら体力自慢の完二と言えど、現実の世界にペルソナが発現できなければ勝てるはずがない。
「……やっぱりお前はおもしれえヤツだなあ」
創世は嬉しそうにほくそ笑む。
「いいぜ。その心意気、ぶつけてみろ」
そう言って、創世は構えた。
どうしてこんなことになるんだろう。二人が戦う意味はあるのだろうか?
どちらも自分にとってかけがえのない二人だ。
創世はパートナーとして、完二は……。
「やめて下さい!」
気づけば、直斗は完二にすがりついていた。
抱きしめている、といってもおかしくはない体勢だ。
「こんなの無意味です! 馬鹿ですか、あなたたちは!」
「直……斗……」
「創世さんは大事なパートナーです。仕事以外で無駄な争いはして欲しくありません」
直斗は、きっと完二を睨みつけた。
「巽くんは! 巽くんは、僕にとってとても大切な人です。いつも僕の支えになってくれた友達」
直斗は、あみぐるみを握りしめてちいさく首を振った。
「……いいえ。友達というのも適していないかもしれません。これからもずっとずっと一緒にいたい人」
少し強い風が吹いた。
直斗の長い髪が揺れる。
「だから、その二人が傷つけ合うだなんてこの僕が許しません!」
完二と創世が直斗を見つめる。そして、そのまま視線がかち合い、耐えきれず創世が吹き出した。
「……というわけらしいぜ? タツミ。コイツを怒らせたらめんどくせえぞ」
「…………直斗」
「えっ?」
聞き返すより先に、完二の大きな体が直斗を包み込む。
長い髪が撫でられ、直斗はピクリと体を震わせた。
「……さっきのは本当なんだな? オレは……その、お前の……」
「え……?」
自分の先ほどの言葉を反芻する。5回ほど繰り返したところで、はたと気づく。
(……これって、まるで告白みたいじゃないか……!)
「あ、あの、巽くん! ここ、これは、その……えぇっと!」
完二の腕の力が強くなる。心臓の音が聞こえる距離。
「……初めっからそういうの期待してたんだけどな。俺様としては」
「う、うるさいです! 創世さん! じ、じろじろ見るのはやめて下さい!! 巽くんも離して!」
「……離さねえ、ぜってぇ離さねえ!」
ひと際大きな風が吹き、先ほど直斗からこぼれ落ちた雑誌がパラパラと音を立ててめくれた。
開かれたそのページに、水着姿の直斗が引きつった笑顔を浮かべていた。

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