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曇り空の日の出来事【巽 完二×白鐘直斗】

行きつけの手芸店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ここへ来たのは学校が終わってすぐだったはずなのに、あれもこれもと見ているうち、時間の概念がなくなってしまったようだ。
携帯を取り出して時間を確認する。まず目に入ったのはデカデカと表示された日付だった。
1月19日。今日は自分の誕生日。
かといって、特に大きな予定もない。
時間は18時30分。家に帰るのはだいたい━━━と。
「あん?」
携帯がバイブレーションする。メールが着信した。
宛先は━━
「花村先輩か」
文面には、『誕生日おめでとさん!』『学校では忘れててメンゴな!』と、彼らしい顔文字と絵文字のオンパレードで綴られている。
嬉しさが顔ににじむのを抑えて、『どうもッス』とだけ打って送信した。
誰かに自分の誕生日を祝ってもらえること。それがこんなにむずがゆくて暖かいものだと完二は知らなかった。
母には悪いが家で祝うことは習慣になっていたし、唯一交友していた尚紀とは、途中から互いに照れくささが勝ってどちらともなく行わなくなっていったように思う。
日付が変わった途端にやってきた鳴上からの電話、雪子からのメール。学校では、千枝とりせ、そして何故かやってきていたクマがそれぞれの言葉で祝ってくれた。
さすがに、クマに誕生日を知られていたのは予想外だったが。
「……やっぱアイツは……ねぇよな」
思わずそうつぶやいた。吐いた息が白く濁って消える。
期待すべきことではないと、痛いほどわかっているはずなのに。
「チッ」
自分自身にイラついて、買った商品の入った紙袋を小脇に抱え、足早に通りを抜ける。
知っている。自分だけが意識していることを。
わかっている。彼女が自分を特別視していないことを。
沖奈駅の階段を一足飛びに駆け上がって、わき出した苦い感情をふるい落とした……フリをした。

稲羽の商店街は、沖奈駅前に増して人気が少なく薄暗い。
もう慣れたといえば慣れたが、活気のあった頃を知っているだけに寂しい気持ちになる。
尚紀や姉の早紀に連れられ、いろんな店に忍び込んでは怒られていたことを思い出すと、ここ数年のめまぐるしい変化を改めて実感する。
「あ?」
愛家の前を通り過ぎて、すぐに違和感に気づいた。
自分の家の前に誰かが立っている。
店もしまっているこんな時間に……誰だ?
歩く速度を上げて近づくと、相手の顔がはっきりしてくる。
と、同時に心臓の高鳴りと共に立ち止まった。
「直斗!?」
「……遅かったですね。少し心配していました」
そう言って薄い笑みをたたえた頬は、寒さで赤みを増しているのがすぐにわかった。
「お前、いつからここに!? っつか、冷えきってんじゃねーのか!?」
「気にしないで下さい。すぐに帰りますから」
「そういう問題じゃ……っ」
「誕生日!」
完二の言葉を遮って、直斗が声を上げた。
「おめでとうございます。……それだけ言いたくて」
「な……っ」
直斗の顔が更に赤くなる。しかしそれは、すぐにうつむいたせいで見えなくなった。
完二の胸は鳴り止まないほどの音を打ち鳴らし、一瞬の間、思考を停止させた。
「……それじゃ」
しばしの無言に耐えられなくなったのか、直斗が完二の横をすり抜けた。
このまま帰らせたくない、ただその気持ちだけが頭の中を支配する。
「待てよ!」
「っ!?」
思わず直斗の手を掴む。支えのなくなった紙袋が、アスファルトに落下した。
暗闇に、黄色や水色の華やかな毛糸がちらばる。
「君……! 荷物を……」
驚いた直斗が、完二と地面を交互に見やる。
けれど完二の視線は、ぶれることなく一心に直斗を見つめていた。
「あっ……」
完二はそのまま直斗を自分の胸へと引き寄せた。
勢いで今度は、直斗の帽子が持ち主から離れて舞った。
「たつみ……くん!?」
「……やっぱ冷えてやがる」
包み込んだ体はまるで氷のようで、欲望のままに彼女を抱きしめたことを忘れてしまうほどだった。
「……オレなんかのためにお前がここまでする必要なんてねえんだぞ」
ポツリと呟く。この寒空の下、いったいどれほどここにいたのだろう。
もし自分がもっと遅い時間に戻ってきたとしても、彼女はここにいるつもりだったんだろうか。
「……“なんか”なんて、言わないで欲しいですね」
その張りつめた声に、少し腕の力を緩める。
「自分を大切にして下さい。僕は君だからここで待っていたんです。ほかの誰でもない君だから」
体を強ばらせていたはずの直斗が、完二に寄り添うかのように身を委ねた。
「……ごめんなさい。君の誕生日を僕は今日の今日まで知らなかったんです。放課後にやっとクマくんから聞いて、そのまま学校を飛び出して」
「直斗……」
「まっすぐここに来た。君が来るまで、いつまででもいようと思っていました。今日この日に直接、君に伝えたかったから。電話でも、メールでもなく、君に」
直斗が完二を見上げて自嘲気味に笑った。
「僕は君を前にしたら探偵失格ですね。こんなに興味を抱いた相手の誕生日も知らず、行き先だって冷静に考えればわかりそうなものなのに」
「んなこと……っ」
「巽くん」
内緒話をするときのように、直斗が人差し指をたて完二を制す。
そして、息が混じるほど小さな声でささやいた。
「……でも、君のことでひとつだけ知っていることがあるんです……」
完二の前に掲げられたその手が、頬へとのびる。
背伸びした直斗の顔が驚くほど近くなって。

「…………勇気を出しても……いいですよね?」

ざあっと大きな風が吹いた。
たった一瞬。けれど、長い時間のように感じる。
くちびるに触れたそれは想像以上にやわらかかった。
離れた直斗は、不安そうにこちらを見ている。
ここまでされて黙ってなどいられなかった。
「直斗……!!」
「んっ……!」
強く直斗をを抱きしめ、今度は完二から口づけた。
角度を変えて、何度も何度も。
そうすればそうするほど、愛おしい気持ちが増すばかりで満足できない。
足りない。……足りない。
「た、つみくん……!」
「……あ?」
「ぼっ、僕もその……悪かったですけど、その、往来で……」
直斗が恥ずかしそうにうつむいた。
「!!!! ……………お、おう」
箍か外れかけていた自分に気づき、完二も赤面する。
そういえば、自分の家の真ん前だった。
今頃になって恥ずかしさがこみ上げてきて、直斗を解放した。
彼女も同じ心地のようでパッと身を離す。
「その……荷物拾いますね」
「わ、わりぃ。あ、おい帽子こっちだ」
小石を払って直斗にかぶせる。
ふとくちびるに目がいってしまって、慌てて視線を落とした。
フルスロットルでなり続ける心臓の音は、落ち着きを取り戻す気配がない。

━━━━誕生日。
完二にとって、それまでとは違う更に特別な意味を持つ日になったのは言うまでもない。

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