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君の隣で【桃城 武×橘 杏】

「あ゙~、だりぃ」

夏休みが始まって数日。
いつもなら楽しみな誕生日。
うまい料理食って、ケーキ食って腹一杯になって。
昨日までは楽しみにしてた誕生日。
…杏が祝ってくれるって思ってたから。
昨日、俺たちは喧嘩した。
原因は、杏が俺の誕生日に神尾や伊武たちと遊びに行くって約束をしたから。
伝えてなかった俺も悪いけど、好きな女が他の男たちと遊ぶのは良い気がしない。
ましてや偶然と言えど、自分の誕生日なんかに。
電話越しで俺は怒鳴った。
怒った。

「何で行くんだよ?!」

って。
杏は最初は反抗してたけどだんだん、声が小さくなって泣いていた。
俺はどうしていいかわからなくて慌てて電話を切った。
……最低な行動だった。
男として…人間として最低の行為だった。

「くっそ~…」

部活中、昨日のことがぐるぐると回っていて少しも集中出来ない。
ネットに引っかかったり、アウトになったり、スマッシュのチャンスすら掴めなくて堀尾たちにすごく心配された。
テニスに私情を入れる奴は嫌いなんだが、自分がまさにそうでムカついた。
ばぁさんにどやされ通し、ランニングさせられ通しの部活が終わった。

「桃、どうしたんだよ?元気ねぇじゃん」

ぼうっとしている俺に荒井が話しかけてきた。

「あぁ…まぁな」
「何シケた面してんだよ、桃らしくねぇぞ?」

背中を軽く叩きながら荒井は笑った。
……荒井なら聞いてくれる。
俺は荒井に一部始終を話した。
最初は、

「何だよ、お前!彼女居たのか?!」

などと言っていた荒井も、話の核心に触れるにつれ真剣な顔になっていた。

「ま、お前が悪いな」

予想通りの答えに俺は再びへこむ。

「別れたいって言われても文句は言えねえな」

その通りだから反論も出来ない。
俺は、はぁ…と溜息をついた。
今までがあまりにも仲良しすぎて別れるとか、全く考えたことなかったけれど、それが真に迫ったことだと改めて実感する。

「…よくよく考えてみろ。彼氏の誕生日に他の男と予定作っちまったら、普通はキャンセルするだろ?」
「は?」

俺は荒井の言っている意味がわからなくて首をかしげた。

「だーかーら、この男よりお前を、彼氏を取るのがオンナゴコロってぇもんだろ?」

オンナゴコロ…

「くくくくっ…」

荒井の口から意外な言葉が出てきたので、俺は耐えきれず笑い声を漏らした。

「な?!なんだよっ、笑うなよ!」
「くはは…。わりぃ、わりぃ。なーんか俺、元気出たみてぇだわ。ありがとな!」
「お、おう?」

荒井は不思議な顔をして俺を見た。

―――……

荒井も帰って、海堂を追い出して、誰もいなくなった部室で俺は昨日結局かかってこなかった番号を発信履歴から探す。
それは一番上にある番号で、かける回数もどの番号よりも多い。
何度か躊躇し、それでも意を決してボタンを押した。
コールするたび心臓の音の速さが増す。
6回目のコール、…杏にしては遅すぎるコール…。

「モモ…シロくん?」

声がいつもと違う。
というか…明らかに今の今まで泣いてたって感じだ。

「あー…わりぃ、遊んでる最中だよな?」

こんな泣き声で…遊んでるわけなんてないのに。

俺はそう、言った。

『断ったよ』

杏は震える声で言った。

『遊びに行くの、断った』
「…そうか」

安心感と絶望感。
正反対の感情が混ざり合って、俺はそうとしか言えなかった。
「これから…会えねぇか?」

電話じゃなくて、メールじゃなくて、直に話して謝りたかったから。
杏は小さな声で良いよと言った。

俺のためにたくさんの料理を作ってくれている母さんに電話でちょっと行ってくると言って、早く帰ってきてよねっと言う弟と妹に曖昧な返事をして。
杏の家に向かい、自転車を漕ぎ出す。
心のなかで何度も杏の名前を反芻しながら、涼しい夜を走り抜けていく。
一分一秒でも早く逢いたい自分が居て、一分一秒でも早くは逢いたくない自分が居る。
杏に早く逢いたくて、傷ついた杏の顔を見たくなくて。
自転車のライトから聞こえる音が頭のなかにこだましていた。

杏の家の前に着くと、彼女が泣きはらした顔で立っていた。

「モモシロくん…」

俺の名前を呼ぶ声が重くて苦しかった。
俺は自転車を降り、停めずに夢中で杏を抱きしめた。
自転車が倒れる音が遠くに聞こえる。
涙に震える杏を強く抱きしめながら俺は、

「ごめん…」

と言った。

「…俺、勝手にやきもち焼いてお前を傷つけて…最低だよな」
「そんなこと…ないよ。私が悪いの。ごめんなさい」
「謝んな…」

俺のワガママで傷つけて、泣かせて。
嫌われてもおかしくないのに。

「……お誕生日…おめでと…モモシロくん」
「ありがと……杏」

君の隣で誕生日を迎えたかったんだ。
只、君の隣で…。

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