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恋い焦がれのリリック~薄氷の章~【ジーク×ニア】

 
 
 
 
 ――――ずっともがいていた。
 故郷が生き残る方法は世界に在ると信じていた。
 雁字搦めの日々では得られないものがあると思った。
 知らなければならない理を。
 己の目で見なければならないと。
 世界は変わった。
 護りたいものができた。
 進むべき道は、進みたい道へと形を変えた。
 
 
 
 数時間前の吹雪が嘘だったかのように、王宮テオスカルディアの富饒の間は薄明を迎えていた。
 ジークは腕を組んでテラスに面した柱に背を預けると、灰色に染まった世界が次第に白銀に姿を変える様を眺めた。
 こうして改めて見る故郷はどこまでも美しく荘厳だった。
 お国柄、先刻の吹雪のような雪による害は少なくないが、景観の優れた場所の多いアルストの中でも、やはり生まれた場所というのは特別な存在だ。
 早朝の一層冷たい空気を肌に感じながら、ジークは細く長い白い息を吐く。
 ……と、新雪を踏みしめる音が耳に届いた。
 
「そろそろ来ると思っとったで、オヤジ」
 
 ようやく訪れた待ち人に、ジークは柱を背で押すようにして姿勢を正した。言葉とともに吐き出した息が白く形を表し、そして淡く消える。
 
「……ジークか」
 
 聞き慣れた自分呼ぶ低い声音。雪の積もる回廊からその大きな体躯を表したゼーリッヒはジークの姿に目を細めると、背後の兵に手を挙げて合図を送り、その後ゆっくりと息子の下に近づいた。
 ジークがまだ幼い頃からずっと、明け方にここに訪れて日の出に照らされるテオスアウレの街を眺めるのが父の日課だった。
 
「彼女は大事ないか」
 
 ゼーリッヒが案じたのはニアのことだ。既に状況は配下達から耳にしているだろうに、直接自分に聞こうとするのは実に自分の父親らしい。
 
「少しは黙らんかいっちゅうくらいには元気やで」
「……そうか」
 
 ゼーリッヒは重く頷くとジークから視線を外し、底に見える銀世界を仰ぎ見る。本人はそのつもりはないだろうが、ジークにはその一連の動作がいやに仰々しく感じた。
 雲海に沈んでいたルクスリアからサイカと飛び出して以来、ニアやレックスたちと共にするようになり、故郷に戻る機会が増えてからもほとんど使ってはいなかった自室。
 幼少期の思い出のほうが多いその部屋で今、ニアは眠っている。そんな年頃には想像すらしたことのなかった情事を経て。
 
 (オヤジの前で何を思い出してんねん、ワイは)
 
 先刻まで愛し合っていたことが頭をよぎり、ジークはこめかみを抑えて正気を取り戻そうとした。
 長い時間吹雪の中で冷えきった体を、互いの肌を重ね合わせて温めあった。それだけでは飽き足らず、貪るように求め合った。
 自分に必要な存在だと、何を置いても護りたい存在だと知らしめるかのように。
 
「ルクスリアを出ようと考えているのではないか」
 
 ほんのひと時息が止まった。正に今切り出そうとしたことだった。
 
「なんで……」
 
 ようやくそれが口をついて出た。
 目を丸くするジークをよそに、ゼーリッヒは再び口を開いた。
 
「……我々はそれだけの事をしたのだと思っている」
 
 父が言うのは、王都周辺が吹雪で荒れる少し前――。謁見の間でジークがニアを妻に迎えたいと進言した時のことだ。
 
  
 ……――《人喰いブレイド》だ!
 
 
 そう叫んだのは父ではない、一人の兵だ。
 長い間周囲の国々との交流を拒み続けてきたルクスリアでは今もなお、新しい風を取り入れることは容易ではない。
 グーラ人の見た目をした幼く見える少女のブレイドを一国の王子が娶るなど、特に王家とは斯くあるべしという考えで凝り固まった宮廷の人間達には到底受け入れられないだろうことも予想はしていた。
 
 
 ……昔、アーケディア兵から聞いたことがありますな。《人を喰らった》というブレイドを探している、と。
 
 
 ニアはその言葉に激しく動揺した。
 彼女の過去は知っている。《それ》がどういうことか知らないまま、言われるがままマンイーターとなった。人に望まれてそうしたにも関わらず、同じ人間に迫害を受け、穏やかに生きられる場所をずっと探していた。そんなニアにはどれほど重い言葉だったのか、想像するだに苦しくなる。
 降り積もったまま、まだ誰も踏み入れていないテラスにゼーリッヒが一歩、二歩と進んだ。白い咳払いをする父の背中を見て、こんなに小さかっただろうかと不意に思った。……自分が成長したのだ。父の背を随分と見ぬ間に、いつも見上げていたその金色の瞳も今なら同じ目線で捉えることができる。
 
「オヤジ、ワイは……」
 
 自らの言葉で伝えようとして、ジークは一寸躊躇った。頬を刺すような冷えた空気と思いがけずも目に入った父の後ろ姿に口から何も出てこなかった。
 ゼーリッヒがゆっくりと振り返り、ジークと対峙した。真意を見定めるかのようにまっすぐに自分を見る瞳。母に似た自分は受け継がなかったその山吹色が静かに揺れた。
 
「お前を止める権利など無いのだとわかっている。わかっているが……」
 
 白い息が空気に溶け込んでいく。
 
「今はお前を傍に置きたいと願うのは私が老いたせいだろうか」
 
 
 
 扉を開く音が高く響き、ニアは頭の耳をピクピクと動かして重い瞼を開けた。
 温もりが恋しくて身をよじったが、乱れたシーツが窮屈な音を立てるだけだった。
 
「……かめ……ちゃん……?」
 
 隣に居る筈の人物が居ないことに気づき、灰色がかった髪を揺らしながら緩慢な動きで体を起こす。その白い肌を上掛けがするりと滑り落ちた。
 
「ワイはここやで、極(アルティメット)・永遠の伴侶(エターナルスイートハート)ー!」
「うわああああッ!?」
 
 ワケの分からない呼び名と共に突然背中から抱きすくめられ、ニアは思わず声を上げた。
 
「か、かかかか、亀ちゃん!? ちょちょ、ちょっと何してんのさ! ッ……!」
 
 胸の敏感な部分に指が触れ、意図せず体が反応する。
 
「何って……せやなあ、ワイが何してるか、わかるやろ。言うてみい」
「バッ、バッカバカバカッ! 言えるわけないだろッ」
 
 ジークが、ニアの……自分の胸を弄っているなんて。落ち着いた筈だった体の奥が再び熱を持とうとしている。
 もう昨夜、十分なほど求め合ったのにだ。
 
「ダ、メ、だってばッ!」
「ぐっ……はッ」
 
 思いっきり肘鉄を食らわせると、見事に彼の鳩尾辺りに入ったようでジークはヨロヨロと後退した。
 ニアはその隙に胸を片腕で隠しながら上掛けを拾い、肩から包まるようにその身に巻いてガードを固める。
 
「……クッ……ニア……やるやないか……」
「全く、盛りのついた亀か!」
 
 ジークは腹を抑えながら息を整えると、今度はニアの乗るベッドにどっかり座り、そのまま上半身を倒した。
 こちらを見上げるジークと目が合い、何だかこそばゆくなって目を逸らす。
 伸ばされた彼の手が頬に触れてまた、心臓などないはずの胸が高鳴った。けれど、なぜだか同時に妙な違和感も覚えていた。
 
「亀ちゃん、何かあった? ……って、昨日の今日でアタシが言うのもなんだけどさ」
 
 寝癖のついた髪が、重力に負けてほろほろとこぼれる。
 ほんの少しだけジークの指が動きを止め、また何事もなかったかのように撫でた。
 
「別に何もあらへんがな」
「いやいや、何もなくはないでしょ。亀ちゃんってわかりやすいもん」
「ほう。初めて会うたとき、ワイの秘められた真の正体に気づかへんかったのはどこの誰やったかな」
「うっさい! それとはちょっと違うし」
 
 初めてジークと顔を合わせた時、強烈におかしなやつとしか印象が残らなかったのは確かだ。
 とはいえ二度目だってその印象は変わらなかったし、さらに言えば意図的であるかないかは別にしてどちらも自滅していたのだから、まさかルクスリア王国随一のドライバーだなんて思うわけがない。
 
「そうじゃなくてさ……」
 
 体に固く巻きつけていた上掛けからそっと手を離し、寝転んだままだったジークの額の髪を静かに触る。
 
「そういう意味分かんないテンションの時って、絶対何か隠してるようなさ……そんな気がしただけだよ」
 
 ジークの口がポカンと開いて、すぐに固く閉じられた。少しの間考えたような後、何も言わずに体を起こしてニアに向き合った。
 
「……昨日のこと、嘘やないからな」
「昨日のこと……?」
 
 思い当たる節が多すぎて、ニアは眉間に皺を寄せた。
 たった一日だったのに、自分の人生が大きく揺り動かされた日だった。
 雪山を越えてようやく王都に辿り着き、妻に迎えたいとジークからゼーリッヒ王に進言され。
 そしてその場で、《人喰いブレイド》と指を差されて、怖くなり逃げ出した。
 マンイーターである自分が一国の王子と一緒になるなんて、やはり無理なのだとはっきり告げられたような気がして。
 どこか遠くに行きたくて、一人で街を飛び出した。自分が消えてしまったら、ビャッコだって居なくなってしまうのに最低だ。
 激しい吹雪の中を、サイカも連れずにジークは自分を探してくれた。黙って一緒に王都に連れて行ってくれた。たくさん心配してくれて叱ってくれて、たくさん愛してくれた。
 ドライバーでも、ブレイドでも、マンイーターでもない唯一人の自分を抱きしめてくれた。
 
 
 ――――『王子』が気になるんやったら、いつでも捨てたる。
 
 
 その気持ちが何よりも嬉しくて……。
 
「……ちょっと待って。もしかして、亀ちゃんが言ってるのって『王子をやめる』……とかそういうのじゃないよね!?」
「おう、それや。ワイがこの国の王族でおる限り、ニアが辛い思いをするっちゅう事はどっかのアホンダラのせいでハッキリしたしな。せやから、ニア。ワイと一緒にルクスリアを出……」
「ダメだよ、そんなの絶対ダメだって!!」
 
 ジークの言葉を遮って、ニアは声を張り上げた。制するように勢いよく彼の腕を掴む。
 肩透かしを食らったような顔をするジークを見上げ、口を開いた。
 
「此処は亀ちゃんの帰る場所なんだよ。亀ちゃんの家族がいる、亀ちゃんを心配してくれる人達がいる大事な場所なんだ」
「ニア……」
 
 自分にはそんな場所がない。隣で笑っていた姉も、自分を娘と呼んだ父もあの家にはもう居ない。
 あの家も、とうに無くなってしまった。自分に居場所を与えてくれたジークが、己の場所を手放すなんてそんな事はさせたくはない。しかもそれが、自分を理由にして。
 
「……この国は何にせよ、考え方が古すぎる。世界に目ェ背けて閉じこもっとったような国や。昨日みたいにまたお前さんを傷つける事があるかもしれへん。いや、ワイは絶対にあると思っとる」
 
 ジークは真剣だ。あの言葉もきっと生半可な気持ちで言ったわけじゃない。それでも、この人はルクスリアに必要な人間だとニアは思った。
 そうでなければ一度勘当した息子をゼーリッヒ王は認めたりはしなかっただろう。
 
「……そん時はさ」
 
 ジークの肩に額を擦り付ける。自分と違う、彼らしい匂いが鼻を掠めた。
 
「バクハツして飛び出したアタシを亀ちゃんがまた探してくれるんだろ?」
 
 周りがどんなに自分を嫌悪したって、きっと彼ならずっと一緒に居てくれる。
 今のニアはそんな確信を覚えていた。
 ややあって、頭の上で深い溜め息が聞こえる。そんな反応を貰うとは思ってもみなかったニアは、恐る恐る顔を上げた。
 
「亀ちゃん……?」
 
 ジークは片手で顔を覆うようにして呟いた。
 
「なんで自分、ワイより格好ええこと言ってくれんねん……あとな」
「えっ、なっ、ちょっとッ!」
 
 彼が言い終わらないうちに、視界が弧を描くようにして天井に移る。
 覗き込むジークの顔を見て、ようやく組み敷かれたのだとわかった。コアクリスタルから小ぶりな胸の合間を彼の指がつつっと滑る。
 
「こないに可愛らしいモン見せつけよって。目のやり場にむちゃくちゃ困るわ」
「……ッ!! 亀ちゃんってほんっとにバカッ!」
 
 思いっきり睨み付けたが、ジークはまるで幼い悪戯っ子のような顔を返すだけだった。
 
 
 
「……話はわかった」
 
 静寂に満ちた謁見の間にゼーリッヒの声が響いた。
 彼の正面にはジークとニア、そして少し離れた入り口の近くには不安そうな面持ちのビャッコとサイカが控えている。
 ジークとニアの左右には変わらずルクスリア兵が横にずらりと並んでいたが、私語を唱える余裕がないほどに、いつもよりも緊張した佇まいであるのが見て取れた。
 
「まずはニア。そなたに対し我らは非道な行いをした。謝っところで許されるような事とは思わないが……すまなかった」
「いいよ、王様。……じゃない、謝る必要なんてないです。そりゃあ今だって思うことがないわけじゃないけど……うん、きっと自分の中で収まりがついたと思うから」
 
 ニアの言葉にゼーリッヒ王は目を細め、続いてジークへと視線を移した。
 
「お前もよく踏みとどまってくれた」
「別に、オヤジの為やないけどな」
 
 ジークは少し皮肉を込めて返したが、ゼーリッヒは目を伏せて「それで構わない」と言い、再びまぶたを開いた。
 
「二人の婚姻を私の一存で認めたいところだが、ルクスリア王家には一つ婚礼に先駆けて行わねばならない儀式がある。王族に連なる者は妻・あるいは夫として迎えたい人間と共にこの儀式を行い、両名揃って戻ってくる事で初めて夫婦になることを認められるのだ」
「『無事戻ってくる』……ちゅうことは、なんや、ただ事じゃ無さそうやな」
 
 ジークの言葉にゼーリッヒは頷いた。
 
「ルクスリア上層のルミナリア支柱はわかるな」
「そらまあ、ガキの頃の遊び場やったからな」
「その先の崩城の旧支柱都市からさらに先、孤島の何処かに自生する植物《ヤコウノハナ》を手に入れ戻ること。これが、儀式の全てである。なお――」
 
 ルミナリア支柱に崩城の旧支柱都市。ルクスリアの地名に疎いニアはピンと来ていなかったが、ジークは顎に手を当てて深く考え込んだ。
 
「ブレイドは付き添わず、二人だけで行うものとする」
「む……っ、無茶苦茶や! あんな難所にブレイド無しやなんて!」
 
 思わず声を上げたサイカに、ジークが言うより先にゼーリッヒが彼女の名を呼んで制した。
 
「そんなに危険な場所なんでしょうか?」
「……せやな。お手々繋いでのんびり気分で行けるっちゅう場所やないことは確かや」
 
 ビャッコの問いに、それまで思案していたジークが腕を崩して答える。
 儀式というよりは試練だ。将来、国を背負うであろう人間の強さと覚悟、そして絆の強さを問うものという意味合いが強いようにジークには感じられた。
 
 (英雄の系譜にない王族への試練にしては、ちぃと過酷過ぎへんか。それとも、内心英雄の強さに憧れとったんやろか)
 
 顔も見たことのない父祖に思いを馳せても、答えが返ってくることはない。
 
「行こう、亀ちゃん。行って、ちゃんと無事に戻ってこよう」
「……ああ。望むところや」
 
 ニアの真っ直ぐな目にジークは呼応した。
 どんなに危険が予測されようと行かなければならない。二人の未来をルクスリアで望むのならば必ず。
 
 
 
 
 
「――――驟雨切断(グラビスブローヴィアスラーーッシュ)ッッ!!」
 
 雪に埋もれた遺跡に青い閃光が走る。
 ザーラド・ライアはその体をもがくようにはためかせた後、光の粒となって飛散した。
 ジークは振り下ろしたシミターを片手で担ぎ上げ、安堵したように大きく息を吐く。
 白く濁ったそれは、冷えた空気の中に消えた。
 
「ようやっと《同調》したことが役に立ったなあ、ニア」
 
 ジークの言葉を合図に、ニアは彼に向けていた両手を降ろした。
 同時に二人を繋いでいたエーテルエネルギーも淡く消えていく。
 
「ホント、歴代の王様達は一体どうしてたんだろうね。フツーの人間同士とかだったら、落ち落ち戦闘も出来やしないよ」
 
 そう言うニアの長い髪が、降り続く雪に混じってふわりと揺れた。
 天へと伸びる特徴的な耳と、胸元のコアクリスタルに、白い肌の上に浮かんだ淡い光を帯びるエーテルライン。
 これが本当の自分ではあるのだけれど、普段ドライバーの姿でばかりジークに接しているものだから、何だか返って気恥ずかしかった。
 
「……に、してもさ。な・ん・だ・よ! その……グラなんとかかんとかスラッシュって!」
「ちゃうちゃう、《驟雨切断》(グラビスブローヴィアスラッシュ)や。この雷轟のジーク様にピッタリの荘厳かつ崇高な、まさに究極な技やで」
 
 日頃から『疼く』のだという左眼を眼帯の上から抑えながらそう言うジークに、ニアは頬をぷうと膨らませた。
 
「全く、こっちがめちゃくちゃ恥ずかしいっつーの。サイカってやっぱすごい……っ、はッ、はくしゅッ!」
 
 言い終わらないうちに、体が震えてくしゃみが出た。あまり効果がないことは頭でわかっているはずなのに、思わず外気にむき出しの二の腕を擦る。
 
「こりゃ気ィ付かずにすまんな。ワイの上着でも使うか?」
「ん……大丈夫。いつもの格好に戻ってケープでも着れば多分ね」
 
 やはり長時間ブレイドになるのはキツイ。ニアはそう、鼻を啜りながら思った。
 唯でさえ寒さに強くないのに、我ながら肩やら足やらちょっと出すぎじゃなかろうか。
 
「このまま動き回るのは危険やな。完全に日が沈めば今以上に寒うなるやろし、雪ン中じゃ目ェも効かんようになる」
「そだね……もうヘトヘトだし、早く暖を取りたいよ……」
 
 ジークと同調してからまだ日が浅い。彼の戦闘の癖は熟知していたし、きっとジークも自分のことはちゃんとわかってくれているだろうけれど、ドライバーとブレイドとして共闘するのは今回が初めてだった。
 ビャッコから力を得ながら、背中合わせにフォローしながら戦うのとはまるで違う。
 距離感も間合いも全てが新鮮で、安定してエーテルエネルギーを送れない。
 サイカと比べれば断然やりにくいだろうに文句を言わないのは、ジークが優しいからか。それとも今この場に自分しか居ないからか。
 ……なんて、気を抜けばすぐに弱気な自分が顔を出す。
 
「ふあっ、……はっくしゅッ!」
 
 二回目のくしゃみがニアを襲った。
 感傷に浸っている暇なんて無い。今はとにもかくにも寒すぎる。
 
 
 
 ジークとニアがようやく辿り着いたのは、ルクスリアで《望みの眼界》から始まる大規模な遺跡のある場所だった。
 世界が再形成されたことによる影響なのか、以前レックスやホムラ、トラやメレフ達と一緒に訪れた時とは少しばかり様子が違っている。
 石段や氷の柱が崩れたり、倒れたりと歩きにくくなった場所がある一方で、崩落の結果、新たな道が出来ていたり、一時的に滞在できる空間であったりがいくつか生まれているようだった。
 
「今日のとこはこの辺で野営やな」
「……寒いのはカンベンだけど、仕方ないか」
 
 ジークは一足飛びに階段を駆け上がると、良さそうな場所を見つけたのか、ニアをすぐに呼び寄せた。
 なんとか夜を過ごす場所は確保したものの、問題は暖だ。
 もともと木々があまり育たない地であるルクスリアには、薪に変わるようなものがほとんどない。
 陸続きになったことで経済は活性化しつつあるが、自然環境の変化は未だに見られない。
 それほどこれまでのアルストの中でも特異な存在であったということだろう。
 
「ニア」
「へっ?」
 
 不意に名前を呼ばれて振り向いた瞬間、ジークの大きな体が自分を包んでいた。
 突然のことに理解が及ばず、されるがままに座り込むと今度は二人の体を包むように、毛布が巻き付けられた。
 
「なっ、ななっ、何すんのさ!?」
 
 やっと我に返って声を上げると、思いの外近い場所に彼の顔が合ってドキリとした。
 
「何って、焚き火が出来ひん以上、暖を取るにはこれしか無いやろ」
 
 ジークの体の熱が、ニアの冷え切った肌にじんわりと伝わった。
 なるほど、人肌で温め合おうということか。
 
「ちょっ、ちょっと待ってよ。アタシ、まだいつもの格好に戻ってないんだけど」
 
 肩も脚も覆っているいつものつなぎ服なら、もう少し寒さもマシなはずだ。
 
「わからんヤツやなあ。こういう時は本来裸と裸で抱き合うっちゅうのがベストやねん。ただ、さすがにこの冷気の中で裸っちゅうのもアレやしな。それに近い格好ならソコソコ効果があるんやないかと……」
「んー、裸と裸は時と場合によるモンだったと思うけど……」
 
 まあ一応毛布に包まっているから大丈夫か、とニアは思い直した。
 
 (亀ちゃんの匂いがする……)
 
 思えば、ジークと結婚する為にこうして頑張ってるだなんて、世界樹を目指して旅をしていた頃には、自分はおろか、かつての仲間達だってまるで想像してはいないだろう。
 先程まで待っていた筈の雪はいつの間にか止み、空には美しい星々が瞬いていた。
 
「なあ、ニア。ちぃと聞いてほしいことがあんねんけど」
 
 そう、ジークがポツリとつぶやいた。
 
「ん? ……何だよ」
 
 ほんの少しの沈黙の後、ジークが再び口を開いた。
 
「今回の試練――いや、儀式か。これが正直腑に落ちんのや。一応、歴代のルクスリア王やそれに連なる王族は皆豪傑やったっちゅう話や。せやけど、全員が全員、こないな条件でこなしたとは到底思えへん」
「こんな条件って……ブレイドを連れずにってこと?」
 
 ニアの問いに、ジークは黙って頷いた。
 
「オヤジが昔サルベージャーやったことは知ってるな? まあ、そこそこ戦いの心得もあるやろうけど、ほんでもワイほど剣の腕は磨いてないねん。そんなオヤジが、ワイですらキツいと思う条件で母親とこの道を進んだっちゅうんは、ちぃとばかし信じられへんくてな」
 
 ルクスリアの事情にそれほど詳しくはないニアだったが、ジークほどの考えではないにせよ、いくらかの違和感は覚えていた。
 さっきの戦闘でもジークに向けて言ったように、挑戦者となったジークとニアはどちらも戦いの心得があり、しかも流れ上ではあるが、ドライバーとブレイドとして《同調》している。
 これがもし、これまでのようにドライバーとドライバー同士、もしくはどちらかが全く戦いの心得がない一般人であったなら、単に死にに行くようなものだ。
 
「……ワイの考えすぎかもしれへんけどな」
「うーん、確実な答えは今のところ出せそうにないけど……気にしておいてもいいかもしれないな」
 
 最後に会った時のゼーリッヒ王の様子からは、何か裏があるとかそういう風には感じられなかったようにも思うけれど――。
 
「ま、話は一旦置いといてやな。ニア、寒ないか」
「へ? ああ、まあそりゃ寒いけどこれ以上どうしようもな……ッ」
 
 ふと、ニアはジークを見上げた。その温かさに身をゆだねてあまり気にしていなかったが、彼の顔が思ったよりも近い位置にあった。
 抱きしめる形で密着しているのだから、当然といえば当然なのだが。
 
「……ニア、顔真っ赤やで」
「う、うるさい……」
 
 急に恥ずかしさが込み上げたニアの様子を察したのか、ジークがニアの頬に口づけた。
 寒空の下、いつ敵が出るかもしれない場所に身を寄せ合っているのに、ジークと二人でいることだけが自分の中で妙に意識されて、それしか考えられなくなる。
 
「……ここが、ぬくいベッドの上やったら遠慮なく体の隅から隅まで愛してやりたいとこやけど」
「べっ、ベッドの上ならそもそもこんなに密着なんてしてないし」
 
 再び、頬に口づけられた。
 ああ、さっきまで《ただの亀ちゃん》でしかなかったのに、こうして意識してしまえば自分が心底愛する相手だ。
 つつっ……と、腰の手がさらに下へと滑る。体がびくりと跳ねて胸の下の鈴がチリンと鳴った。
 
「ちょッ、亀ちゃん、今は――ッ、ん……ッ」
 
 唇が親指でなぞられたかと思った瞬間、ジークのそれが押し付けられた。
 ひんやりとした感触に身を震わせたものの、すぐに彼の舌が押し入ってもう何も考えることができなくなる。
 自分の咥内を我が物のように動くジークの舌。
 ただただされるがままに受け止めるのがやっとで、夢中で応えるうちに唇はどちらのものとも言えない露に濡れた。
 
「……自分、めちゃくちゃ温かいやないか」
 
 ほとんど息のような声でジークが言った。薄い弧を描いた彼の唇に、鼓動がまた早くなった。
 
「……亀ちゃんのせいだよ」
「そこはワイのおかげ、でええやんけ」
 
 言い返したかったが、実際にそうなのだから仕方ない。彼に抱かれて、深いキスをされて、肌を刺すような寒さなんて気にならないくらい身も心も熱を帯びている。
 
「……ああ、アカンな。すぐに手ェ出したなる」
「……ッ、ついこの間まで全然何にもしてくれなかったのに」
「溢れたんやな。ニアの前で我慢してたんが全部」
 
 ――本当にこんな場所じゃなかったらよかったのに。
 そう思ってしまう自分は、最早だいぶジークに溺れてしまっているのだろう。
 
「せや、酒をいくつか持って来とったんや。ちっと飲んでみるか、結構温まるモンやで」
 
 ジークが、毛布の隙間から道具袋に手を伸ばしてカチャカチャと中を弄った。
 
「お酒……」
 
 酒は嫌いじゃないが、酔っ払いは嫌いだ。
 だからあまり自ら進んで飲もうともしていなかった。
 これでも見た目以上に長く生きては居るし、飲まなきゃやってられないっていう気持ちもわからなくはない。
 体を温めるため、という理由がありながらも、それでもあまり気乗りはしなかった。
 
「ごめん、あんまり好きじゃないからいいや」
「? さよか。ほんならワイだけ飲むわ」
 
 ジークが酒で喉を潤す音を聞きながら、ニアはそっと膝を抱えた。
 ……姉の命をその身に取り込んでから、もう幾年もの年が過ぎ去ったのに。
 私は姉の代わりにはならないと気づいた父が、浴びるように飲んでいたのが酒だった。
 酒を飲む人間がすべて父のような人間ではない。
 頭ではわかっている。それでも自分には、苦しくてつらい記憶しか残っていないのだった。
 
 
 
 
 
 王都を出たのは何日前だっただろう。
 つい二、三日前だったような気がするし、もうずっと前だった気もする。
 それほどニアは、ジークとの旅を濃密に過ごしていた。
 はじめはぎこちなかったドライバーとブレイドとしての連携もかなり安定してきたように思う。
 今日はルクスリアにしては珍しい、よく晴れた日だ。
 ジークが難所の一つとして捉えていた場所――ルミナリア支柱を抜けた先、かつて崩城の旧支柱都市を結ぶ橋があったというその場所には、どこから崩れてきたのか巨大な柱の成れの果てが鎮座していた。
 おかげで難なくウルカリア正門を抜けられたものの、以前ジークとニアが覚えた違和感はより強いものとなっていた。
 本来であれば、ブレイドの能力を使うか何かして打開するより他ない場所。
 これが儀式というのであれば、互いのブレイドを持てない二人はどうにか頭を捻って進むしかなかった筈なのだ。
 そうでなければ、ブレイドを外す意味がない。
 進むにつれて高鳴る不安に気が付かないふりをして、二人はようやく目的地へとたどり着いた。
 
 
 
「……な、んやねんッ、あのわけのわからん滑り台は!?」
 
 絡まるツタを頼りに岩壁を登り切ったジークは、言わずにはいられないというように声を張り上げた。
 ひと際大きな白息がいくつもジークから吐き出されて消えた。
 
「よ、いしょっと。いやー、ルクスリアって変わったとこばっかだね。なんていうか、秘境感がすごい」
「意味の分からん造語はええねん。ワイはこんなトコ、もう二度と来うへんからな」
 
 自然の産物に悪態をつくジークを適当にあしらって、ニアは周囲を見渡した。
 結局、ジークが事前にアタリをを付けていた難所は肩透かしなほど簡単に進むことができた。
 
「気ィつけや、ニア。この場所はどう考えてもあない容易に来れる場所やない。何かあるで」
「うーん、ここまで来ると意外と最後までスイスイ行けちゃうってことも……って、亀ちゃん! もしかしてあれじゃない!? 《ヤコウノハナ》って」
 
 人工物の上に積もった雪の中でポツンと存在していたのは、果実のような花のようなグロテスクな見た目をした奇妙な植物だった。
 何かの実が割れたような茎、もしくは葉、もしくは果実の中には真っ赤な色をした丸い粒々が無数に点在している。
 
「いや、異様過ぎてかえって説得力あるわ」
「うーん、名前は綺麗なんだけどな……」
 
 ニアはよくよく観察しようと《ヤコウノハナ》へと近づいた。その瞬間、大きな影がジークとニアの頭上をよぎる。
 
「ニア、下がれッ」
「――ッ!」
 
 ジークの声と影の動きに反応して、ニアはその場を飛びのいた。それとほぼ同時に地響きとともに何かが上から着地した。
 
「なんだよ……コイツ……」
 
 雪のミストの中から姿を現したのは、テンペランティアに生息するはずのヘビモスだった。
 ……それも見上げるほどに巨大な姿で。
 
「よりにもよってこんな辺鄙な場所で、対峙するハメになるとはなあ」
 
 ジークは、背負っていたシミターを引き抜いて構えを取った。
 
「ちょっと!? アイツとやり合う気!?」
「あったりまえやがな。儀式の核は恐らくコイツや。それに早うせんと、大事な《証》も踏み潰されてまうで」
「ああもうっ、わかったよ!」
 
 ニアは両手を自身の前に掲げ、ジークの持つ武器のコアへとエーテルエネルギーを送り込む。
 
「さあ、おっぱじめるでぇッ!」
 
 そう言うや否やジークが飛び出してヘビモスに一閃を打ち放つ。
 ヘビモスはそれに大きな咆哮で応えると、地団太を踏んだ。
 
「全然効いてる感じがしないんだけど!」
 
 ジークからシミターを受け取って、ニアがバリアを張って衝撃に耐える。
 
「ただでさえ、気性の荒いテンペランティアの生物や。厄介やな」
 
 流れるように今度はジークが武器を掴み、矢継ぎ早に切りつけた。
 ヘビモスは多少よろめくものの、傷一つ付いている様子はない。
 
「ッ、このままじゃ……ッ!」
 
 体の奥から湧いてくるエーテルエネルギーがビリビリと肌を震わす。
 フルスロットルで力を注ぎこんでも、相手には致命傷どころかかすり傷すら負わせることができない。
 
「ニアッ! 上や!」
 
 エーテルに気を取られているうちに、一瞬反応が遅れた。
 
 (ッ、間に合わない!)
 
 大きな影が頭上を覆う。このまま飛び退いたとしても、あまりにも巨大な体から逃れることができないだろう。
 
「チィ……ッ!」
 
 ジークが着地と同時にニアのほうへと地面を蹴り上げた。勢いのまま彼女を突き飛ばして――
 
「亀ちゃんッ!?」
 
 ヘビモスが落下するとともにジークが雪煙に消える。衝撃で地面が大きな棘のように形を変えて飛び出し、弾みでジークも押し出された。
 
「グッ、うっ――……ッ!」
 
 体が二転、三転ところがって、ニアの前でようやく止まる。
 立ち上がろうと身を起こすが、ひざが震えて滑る。
 口から吐き出された鮮血が、まるでスローモーションのようにニアの目の前を飛散した。
 
「う、そ……」
 
 力なく倒れるジークの体にニアは震える手で触れた。仰向けにして体を支えれば、再び吐血する。
 
「やだよ……、そんな……ッ」
 
--サンプルここまで--
 
【三部作】恋い焦がれのリリック R-18/ゼノブレイド2 ジーク・B・極・玄武✕ニア 一部サンプル ※18禁要素のない部分 WEBでは読みづらいため、会話文の前後に空行を挿入しています。
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