好きな人

「どうしたんだよ、セナ。考え込んじゃってさ」

ハードな部活の後、制 服に着替え、カジノテーブルで何かを思案している様子のセナに、モン太がネク タイを締めながら話しかけた。

「うーん…。結構どうでも良い話なんだ けどね」

シャープペンをくるくる回そうと試みて、結局床に落としてし まったセナは、それを拾おうと体を屈める。

「何、何?何の話っ?」
「うわっ」

それまで洗濯物を集めているまもりを手伝っていた鈴音が、 セナの背中の上に引っ付いた。

「…おい、うるせーのまで来ちゃったじ ゃんか。何考えてたんだよ、教えろよセナ~」
「誰がうるさいのよ!あんた よりよっぽどまし。ね、セナ~」
「頼むから喧嘩は…」

セナは、苦 笑しながら背中から鈴音に退いてもらい、小声で話し始めた。

「あのさ 、ヒル魔さんって好きな人居るのかな~って」

セナの言葉にモン太はぶはっ っと吹き出す。

「何っ?ボーイズラブってヤツ?!セナってばヒル魔さ んのこと好…」
「違う違う違う !そうじゃなくて、普通に考えてよ。ヒル魔さんのような人にも好きな人が居る のかってことだよ」

ドサドサッと大きな音がした。
三人がビクッと して振り返ると、まもりが床に散らばった洗濯物を拾い集めている。

「 だ、大丈夫?!まも姐っ」
「どうしたんスか、まもりさんっ」
驚いて鈴 音とモン太がまもりに近づこうとする。
それをまもりが制した。

「 だっ大丈夫よ。ごめんね」

何故かその顔は真っ赤だったが、三人はそれ を気にすることもなく話を続ける。

「この頃、ヒル魔さんだいぶ柔らか くなったと思わない?」
「何言ってんだよ、ヒル魔先輩は相変わらず怖えじ ゃねえか」

モン太がちらりとヒル魔を見た。
窓の桟に座り、あきれ た顔でまもりを見ていたが、すぐ視線を雑誌のアメフトに移していた。
ひど く眠そうだ。

「…そんなに今まで凄かったの?」
「変わってないと 言えば変わってないんだけど…こう、雰囲気が…」

セナは両手でなんと も言えないジェスチャー をした。
すると、モン太が納得したように言った。

「あっ!それは 分かった!前は、オ゛オ゛オ゛オ゛~って感じだったけど、今はオオオオ~って 感じだな」
「…よくわかんないわよ、その例え」

鈴音は半ば困惑し た顔だったが、セナにはなんとなく理解できた。

そう、そんな感じなん だ。

「で、僕はそれは好きな人ができたからなんじゃないかって思った んだ!」

セナは多少力んで言った。
その直後。
ゴンッという音 がし、 三人は一斉に振り向いた。
まもりが、部室のドアの前で額を押さえて いる。
とても痛そうだ。

「大丈夫?!まもり姉ちゃんっ」
「ま もりさん!?」
「まも姐!」

「だだ、大丈夫っ。ごめんね、話の邪 魔しちゃって」

そう言ってまもりは、ロッカールームへ向かって小走り していった。

「大丈夫かな、まもり姉ちゃん。すごく調子悪そう」
「だな。心配MAXだ…」
「たまたまじゃない?…それより話の続き 、続き!」

鈴音はぺしぺしとセナの頭を叩いた。

「…で、どん な人が好きだと思う?」
「ヒル魔先輩の好きな人だからな~。それ相応の怖 い人とか?」

ヒル魔がいきなりケケケと笑い出した。
三人はギクリとして彼 の様子を伺ったが、ヒル魔は無表情で雑誌を読み進めていた。
ほっと胸をな で下ろす。

「あたしは、結構美人だと思うよ。あーでも、怖い人ってい うのは同感かな」

ヒル魔がにやにやと笑ったが、三人はそれに気づく気 配もない。

「「「ヒル魔さん(先輩)に好きな人か…」」」

三 人は、話の中だけでもヒル魔の人間性が見れた気がして自然と笑顔になった。

「キャッ」
「うおっ」

どんっという音に、三人の安堵は中断される 。
振り向けば、十文字の背中にぶつかったらしいまもり。

「ご、ご めんね、十文字くんっ」
「いや…いいけどよ。あんた今日大丈夫か?」
「大丈夫!本当にごめんなさい」

なんだかまもりがおかしい…と、声に は出 さずとも三人は同じ感情を持った。
3兄弟が部室を出ていったところでヒル 魔が雑誌を置いた。

「おい、てめえらが帰らねえと仕事が出来ねえんだ が」
「えっ、あっごめんなさいっ」

三人はわたわたと帰り支度を始 める。
ヒル魔は雑誌を閉じ、それを鞄に入れると今度は愛用のパソコンを取 り出した。

「まもりさん、一緒に帰りませんか?」

モン太の誘 いにまもりは申し訳なさそうに首を振る。

「まだもう少しやることがあ るから」

まもりは出ていく三人に手を振る。
バタンッと扉が閉めら れた。

「…お前は馬鹿か」

二人きりになって、第一声がそれだ った。

「な、何よう、それ」

まもりはぷうっと頬を膨らます。

「いちいち態度に出すぎなんだよ」
「な、なんのことよ」

ヒル魔が 座った、テーブルの反対側にまもりも座る。
顔は赤い。

「糞ガキ共 の話にあからさまな反応してたじゃねえか。バタバタバタバタしやがって」
「だだだって、しょうがないじゃない…」
「いっそバラすか」
「え っ!」

まもりの顔が更に赤くなる。
湯気が出そうだ。

「お 前がすぐんな風になるから言えねえんじゃねえか」
「うぅ…だって…」

二人が付き合い始めたのはつい最近。
まもりはまだその環境に慣れていなか った。

「俺の好きなヤツは怖ぇヤツ、で一致してたぞ、あの三人」
「えぇっ」

ヒル魔は先ほどのようににやにや笑い、キーボードを叩いた 。
まもりは、私って怖いのかしらと後ろ向きな考えを巡らせていた。

「安心しろ。可愛いから」
「そうかな…え?」

まもりは、普 段のヒル魔から発せられないような言葉をさらりと交わしてしまったことにひど く後悔した。

「ヒル魔くん!今のもう一回言って!」
「ヤダ」
「お願いっ」
「聞き流したお前が悪い」

ヒル魔はケケケと意地悪く 笑った。
そしてパソコンの液晶からまもりへと視線を移す。
目に入ったのは、赤い額。

「お前、デコ腫れてんぞ」

まも りは反射的に右手を額へと持っていく。

「やだ、ぷっくりしてる…」

部 室の扉にぶつかったときだ、とまもりは思った。

「待ってろ」

ヒル魔はまもりの頭に一瞬手を置き、部室から出ていった後、濡れタオルを持っ て帰ってきた。

「ホントに怖え顔になっちまうぞ」
「……もうっ」

ヒル魔はしゃがみ、イスに座るまもりとの視線をほぼ同じにした。
額にひや りと冷たい感触。
そこからヒル魔の体温もほんのり伝わり、まもりは何だか 嬉しくなった。

熱を持ったその場所。
目と目が合う二人。

「まもり…」

甘い吐息。
重なる唇。

「キスだけはまともに できんのにな」
「うっ、うるさいなぁ。もうっ」

また真っ赤になっ て下を向く。
こんなまもりを見ることができるのはきっと。

「もっ かい言ってやるよ」

ヒル魔は、笑った。

「お前は最高に可愛い」

蛭魔妖一の彼女は、怖くなどない。
一言で 言えば、可愛いのだ。
ものすごく。