一日の授業が終わり、クラスの掃除を済ませて僕が部室に入ったとき、まもり姉 ちゃんはテーブルで眠りについていた。
「まもり姉ちゃーん、まもり姉ちゃんってば」
幸せそうに眠っているまもりは、目を覚ます様子もない。
セナはひとつ、ため息をついた。
主務の仕事ほとんど……てか、全部……任せちゃってるからな…
まもりに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして、自分が情けなく思えた。
主務がやりたいと、あの時確かに思ったはずなのに、今はアメフトをプレイする ことに、全てをかけている。
アメフトをやりたい。
だが、今は形のみである主務の仕事は、まもりの負担になっているんじゃないの か。
「セナくん、早いねー!」
「わっ!」
セナの思考は、勢いよく部室に入ってきた栗田によって中断された。
反射的にまもりを見る。
相変わらず、安らかな寝息が続いている。
「あれ、姉崎さん寝てる?」
心持ち、栗田の声が小さくなった。
「はい…。起こそうとはしてるんですけど」
「ヒル魔がたくさん仕事させてるからねー。疲れてるんだね、きっと」
ズキリとセナの胸が痛んだ。
「でも、本当に姉崎さんには感謝したいよ。ヒル魔の負担、だいぶ軽くなってる 」
「ヒル魔さんの…負担?」
セナは栗田の顔を見上げた。
「入り口で何喋ってんだ、糞デブ!! 中に入れねえじゃねえか!」
バンッという大きな音をたて、乱暴に部室のドアが開く。
ヒル魔だ。
「ご、ごめん~っ」
栗田にヒル魔の容赦ない蹴りが入る。
この騒動にも目を覚まさないまもりに、セナは心底敬服した。
「あ?何だ。糞マネ、寝てやがんのか」
ふと、まもりを見たヒル魔。
セナは以前にあった、似たようなことを思い出し青くなった。
それは、栗田も同じだったようで。
「ヒル魔っ!ねねね、ねりわさびとかダメだからねっ!姉崎さん女の子だし…そ の…っ」
「あ?あんなのはテメエら専用だ。糞マネにはこいつだけの特別な方法がある」
ヒル魔は笑みを浮かべて、まもりの元に近づいた。
セナと栗田に緊張が走る。
セナはごくりと唾を飲み込んだ。
ヒル魔の顔がまもりの耳元に寄る。
「起きろ、姉崎…」
思わずセナと栗田の鼓動が早くなる。
ヒ、ヒ、ヒル魔さん?!
ヒル魔がまもり向けて発せられた声は、今まで聞いたことのないほど甘い声だっ たのだ。
「…あれで起きるかな、姉崎さん」
「さっき何度呼んでも起きな…」
まもりの肩がピクッと動く。
「…ん…ヒル…魔…くん……?」
起きたーー!!
セナと栗田は心のなかで絶叫した。
まもりは目を擦りながらヒル魔を見上げる。
ちょうどヒル魔が影になり、セナと栗田は目がに入らないようだ。
「オハヨ」
「…おは…よ…」
寝起きであるため、焦点の定まらないまもりの顎をヒル魔が軽く持ち上げる。
はらはらしながらその様子を見守るセナと栗田。
そして……
「チィース」
部室の扉が開き、ぞろぞろとハァハァ三兄弟が入ってくる。
その彼ら三人の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「ハ?」
「はあ?!」
「はああああぁぁぁ??!!!!!」
それは、唇を重ね合わせている、最凶のキャプテンと、アメフト部の癒しであるマネージャーの姿。
「…もう…何がなんだか…」
セナは、モン太が居なくて良かったと心の片隅で思った。
ヒル魔が唇を離す。
まもりのとろんとした瞳。
「目、覚めたか?」
「…うん…」
「んじゃ、俺の後ろ見てみろ」
まもりは、よくわからない様子でヒル魔の背中の向こうを見る。
口を半開きにしている部員の顔。
セナと目が合う。
「セセセ、セナ?!」
まもりは顔を真っ赤にさせ、立ち上がる。
「えっ、あっ、いいいい、いつから?!」
「一部始終」
満足気な表情でヒル魔が答えた。
語尾にハートマークがひとつ、付いてしまうような言い方で。
まもりの顔からゆげが吹き出しそうだ。
「ヒ、ヒル魔くんっ!!」
まもりは傍らのモップを高々と掲げた。
僕が思うに、まもり姉ちゃんにとって主務のような仕事はあまり大きな負担では ないらしい。
なんだかよくわからないけど。
僕が主務の仕事をやらなかったことで、ヒル魔さんとまもり姉ちゃんの仲がだい ぶ(かなり?)近づいたらしい。
少し寂しい気もする。
だけど。
今までの二人を見れば、こうなることは自然と予想できたと思う。
『ヒル魔の負担、だいぶ軽くなってる』
栗田さんの言った言葉。
今、僕の目の前に居る戦闘状態の二人。
二人の雰囲気が前とは違うことくらい、僕にもわかる。
「チッス!今日もやる気マーックスッ」
騒がしい部室にたった今やってきた彼には、内緒にしとこう。