「なぁ、桃城」
「ん?」
「お前、杏ちゃんのこと好きか?」
「………は?」
冷静に考えて俺は神尾にそう返した。
珍しく神尾なんかに呼ばれて暇だったから来てみたら、真剣な顔してそんなこと言うからちょっとばかし呆れてしまったのだ。
「だーかーらー、お前は杏ちゃんが好きかどうかって聞いてんの」
「んー。嫌いではない、な」
橘妹と出会ったのは本当に最近の話で。
なおかつ、ここ何日かは会ったこともない。
「そっかぁ…良かった」
神尾は俺の答えは彼女に対して恋愛感情がないものとして見たのか、安堵の表情を浮かべた。
「あ~、やっぱり好き。いつでもどこでも忘れらんないくらい大好き」
「なにいぃ?!」
「う・そ♡」
俺は神尾に向かい、にぃっと笑顔を浮かべながら、勢いで立ち上がったヤツを制した。
好きとか嫌いとか、あいつに恋愛感情を抱くのはまだ早すぎる気がしていた。
確かに明るくて、気が強くて、放ってなんか置けないけれど何より出会ってまだ数週間。
しかも、大会が近いから満足に逢うこともない。
「とにかく、ライバルはひとり消えた訳だ」
神尾は再び、安堵の表情を浮かべた。
そのとき、突然俺の携帯が鳴った。
画面を見ると表示は
『跡部さん』
俺は落胆しつつ、電話をとった。
「もしもし」
『桃城、今から氷帝に来い』
「はっ?ちょっ、跡部さん!跡部…」
『ブチッ…ツー、ツー…』
さも、俺が奴隷のように言い捨てると跡部さんは電話を切った。
「ちっ」
俺はここから氷帝へのルートを思い浮かべながら立ち上がり、神尾にわりぃ、と謝るとテニス場の階段を駆け下り、愛用の自転車を発進させた。
二十分くらい走ると、氷帝学園の校門が見えてくる。
あいかわらず、ド派手だななんて考えながら門の前に自転車を止めた。
「お~、待っとったで。桃城クン」
「…どもッス」
出迎えたのは俺を呼び出した跡部さんではなく、黒髪のメガネをかけた関西弁の男だった。
「俺は忍足っちゅーモンや。跡部にお前を連れてこいって言われてな」
アイツ、いつも人に仕事押しつけんのやでと忍足さんは笑うと俺をテニスコートへと誘いいれた。
青学と同じくらいあるテニスコートで、青学の倍の量の人間がひしめき合っている。
とはいえ、堂々と使っている者はやはりレギュラーなのだろう。
「跡部ーっ、連れてきたで!」
その声でコートにいた全員が振り返る。
はっきりいってそれは……こわい。
「来たか…桃城よ」
ベンチに座っていた跡部がゆっくりと立ち上がり、こちらに近づいてきた。
フェンス越しでも十分感じられる気迫は並ではない。
「お前、杏ちゃんとどういう仲だ」
「は?」
神尾と相違ない質問に俺はまた呆れた。
「跡部も病気やなぁ」
ケラケラ笑う忍足さんを睨みつけ、跡部さんはもう一度どうなんだと聞いた。
「別に…フツーっスよ?」
「本当だな?」
俺は頷いた。
理由は神尾のときと同じ。
にしても、アイツって結構モテるんだなぁとぼんやり思いながら、忍足さんに見送られ、自転車を漕ぎ始めた。
……なんか気にくわねぇ。
胸の辺りがムカムカしてしょうがない。
「あ~もう、何なんだよ」
このモヤモヤしたものが何なのか、あいつに逢わないとわからない気がしたから。
『これからストテニ来れる?』なんてメールを打って送信する。
『いいよ』って返ってくるのに時間はかからなかった。
心の中で小さくガッツポーズする自分に首を傾げながら、俺の自転車はまた走り出す。