誰にでも優しくて、誰とでも仲良くなれる。
そんな貴方が好きになった私がいけないのに。
「だから、もう少し腰を落としてな」
久しぶりにストリートテニス場にモモシロくんが来て、すごく嬉しかったけど何人か女の子たちを連れていた。
同じクラスの女の子みたいで、ほとんどハーレム状態なテニス教室が始まっている。
その様子を横目で見ながら、私は隣のコートでサーブの練習をする。
高くボールを投げ上げて、ラケットを降りおろす。
パコーンと心地よい音が聞こえてボールがサービスラインぎりぎりでバウンドする。
女の子たちの声は絶え間なく聞こえ続けて。
モモシロくんの楽しそうな声もする。
久しぶりに逢ったのにあんまり話もできないし。
あの子たちはモモシロくんと毎日学校で逢ってて、仲も良くて。
そんなことを考えてたら涙が出そうだった。
私はモモシロくんにとってあの子たちより遠い存在なんだと知らされてるようで悔しかった。
「杏ちゃん、大丈夫?なんだか顔色悪いけど…」
布川くんの声にはっとして、同時に女の子たちの歓声が聞こえてきた。
どうやらラリーが続いたらしい。
「大丈夫だよ。私…そろそろ帰るね」
涙をこらえるために無理して笑って、打ったボールを拾い集めテニスバックにしまった。
テニス場を出ても、まだ女の子たちの声は聞こえていた。
━━━━………
「あれ?橘妹は?」
クラスの女子を休ませながら俺は、布川と泉に聞いた。
「帰ったよ」
「帰った?!…何だよ、あいつと試合したかったのによー…」
俺は少々落胆し、いつも橘妹が帰っていく道を見た。
「たぶんお前のせいだぜ」
「…は?」
布川の言葉の意味がわからず、俺は聞き返した。
「杏ちゃん、泣きそうだった」
「泣く…?」
なんで泣くんだ?、と聞くことも出来ずに俺は首を傾げた。
それを察してか泉が口を開く。
「悔しかったんだよ、お前をとられて」
悔しい…?
俺…?
…………は?
「ヤキモチ……か?」
「だろうな」
自信なく言った言葉をきっぱりと肯定され、思いっきり赤面してしまう。
「ヤキモチってーのはあれか?…その…橘妹が…お、俺のことを…」
「「自分で聞いてくればいいだろ?!」」
「……はい」
二人の勢いに負け、返事をしたものの、クラスの女子に今度のクラスマッチに向けてテニスを教える!と約束した俺は、簡単にこの場を抜け出すなんて出来るはずがない。
「桃ー!そろそろやろー」
「お、おぅ」
一人の女子の声に俺は答えた。
「…わりぃ。やっぱ行けなそう」
俺は布川たちにそう言うと女子たちの方に向かって歩きだした。
「…杏ちゃんは貰っていいんだな」
ぽつりとでも俺に聞こえる声で泉ははっきりと言った。
「俺は貰うぜ」
挑戦的なヤツの瞳が俺をまっすぐ見つめる。
「行くぞ、布川。杏ちゃんを追う」
「あ、あぁ…」
…俺が好きなのは誰だ?
『橘杏!ムッツリ橘の妹だよ』
『やっとモモシロくんらしくなってきたね』
『デートだよ』
………橘杏だ。
「渡さねぇ…」
俺は泉の背中に向かって叫んだ。
「杏は絶対渡さねぇ!!」
貴方に好きだと言うことも出来ずに、ずっと友達を続けてきた。
やっと親しくなれたこの関係が壊れてしまうのは嫌だった。
私の好きな貴方は誰にでも優しくて。
ときどきものすごく不安になる。
私は止まらなくなった涙を手で拭いながら呟いた。
人通りの少ない道。
私くらいしか通らない、テニス場からの道。
「好きに…ならなきゃ…良かった」
好きにならなかったらどれだけ楽になれただろう。
夜になると押し寄せる不安、逢うたびに激しく脈打つ鼓動。
全て無くなってしまえたら。
「橘妹!」
目次へ 振り向きざまに抱きしめられて、誰なのか顔は見えなかったけど、私を呼ぶ声がとても愛しくて、私が好きな貴方なんだなとわかる。
まだ味わったことのない、男の子に抱きしめられるという感覚。
走ってきたのか速い鼓動が近くで聞こえる。
「モモ…シロくん…?」
「別にあいつ等はクラスの奴らで!!」
モモシロくんは私をキツく抱きしめながら言った。
「お前が気にするようなことは何にもないからな!!」
只でさえ速かった鼓動。
更に速くなった鼓動。
私の鼓動も速くなっていった。
「モモシロくん…それって」
私は顔を上げて彼を見た。?
真っ赤になった彼の顔。
きっと私の顔も赤い。
「…あとはもうちっと心の準備が出来たらな」
「うん!」
信じてもいいんだよね?
貴方の気持ち。
貴方のココロ。
私も好きだよ、貴方のコト。