何でだろう。
私の中にはずっと桃城くんが居るのに。
桃城くんが好きで好きで仕方がないのに。
跡部くんと付き合うことになっちゃった。
「好きだったのに。お前のこと」
桃城くんはへへっと苦笑いをした。
そんなことを私の目の前でさらっと言わないでよ。
『好きだったのに』という言葉が私に重くのし掛かる。
私だって、好きだったのに。
貴方のことが今でも。
「まっ。幸せになってくれよなっ」
そんな風に軽く笑って、桃城くんはラケットでポンッと私の頭を叩く。
いつか、私をかばって跡部くんと戦ったときのように。
なんでそんなふうに笑えるんだろう。
私はこんなに貴方が好きなんだよ?
「お、おいっ」
慌てている桃城くんがぼやけて見える。
涙が溢れてきたようだ。
「なんで桃城くんはそんな風にいえるの?」
幸せになんかなれないよ。
だって私は貴方が好きなんだもん。
なんで跡部くんと付き合おうなんて思ったんだろう。
桃城くんはこんなに優しいのに。
私のこと迷惑なんだとか思うわけない。
もう少し前に貴方の思いに気づいてたら、こんなことにはならなかったよ。
「…桃城くんが…っ…好きなの……っ」
「え…?」
好きなのに、嫌われるのが怖くて貴方から逃げたの。
私を好きって言ってくれる人のところへ。
気持ちが見えなかった貴方より、他の人を選んだの。
「…ごめんね…っ」
もっと早く、気づけばよかった。
貴方の気持ち。
「…何言ってんだよ。お前が付き合ってんのは跡部さんだろ?」
私は何も答えなかった。
「跡部さんならきっとお前を大切にしてくれるよ」
桃城くんは苦しそうに笑って、私の肩を叩いた。
……もう限界だった。
小さくなるだろうと思っていた貴方への気持ち。
それが意に反し、溢れ出そうとしている。
私は、押さえられなくなった気持ちをどうしようもなかった。
気づいたときには、桃城くんの腕の中だった。
「…せめて、初めてのキスは桃城くんとがいい…」
「橘妹…」
小さくなる桃城くんの声にふと我に返る。
「ごっ、ごめんねっ!こんなこと言って。……迷惑…だよね」
「ちげえよ!そんなことねぇ…。ただ……お前後悔しないか?」
意外な返答にぼうっとして、でもなんとか頷く。
「…ずっと…ずっと好きだった。……杏」
桃城くんの口から初めて私の名前を聞き、胸がつぶれそうに締め付けられた。
桃城くんの顔が近づく。
そして、唇が重なった。
桃城くんの唇は震えてて、私のも震えてて。
こんなことしちゃいけないのは分かってる。
だけど、こうしなきゃいられなかった。
私が本当に好きなのは……。
――――………
「ごめんね。今日は」
「いいって。俺もお前の本当の気持ち分かったし」
ぎゅっとキツく握られた手。
……もう彼に握られることのない手。
「会えねぇな、これからは」
「……うん」
「ちゃんと幸せになれよ」
「……うん」
手が、離される。
「…それじゃ」
遠ざかる背中。
また流れてくる涙。
もう会えない。
さよなら。
バイバイ。
「大好き…だよ」
貴方のこと。
ちゃんと忘れられるかな。