押さえきれない

「どしたの、モモシロくん」

前を歩く桃城に、杏は話しかけた。

「なんでもねぇ」

何でもなくなさそうに、桃城は言った。
小走りで追いつき、ひょこっと頭を出し、彼の顔を覗けば、その彼はぷいっと顔 を背けた。

「……眉間にしわ寄ってるよ?」

それでも桃城はそのままスタスタと歩く。

「何か言ってくれないと分からないでしょ」

今度は杏の眉間にしわが寄る。
桃城は歩みを止め、杏を見た。
不機嫌な顔の二人が、少し距離を置いて見つめあう。

「ちょ、ちょっとっ」

桃城は、杏のところまで歩き、半ば強引に彼女の手を握り歩きだした。

「ね…ねぇっ、どうしたの?何かモモシロくんらしくないよ?」

少し早い、桃城の歩み。
痛いくらいに握られた手。

「ねえってばっ」

気づけば、体は彼の胸の中。
握られていたはずの手は空を掻き、彼のものは杏の背中に回されていた。

「俺以外の奴の前で涙なんか見せるなよ」

桃城が杏に対して、ここまで声を荒げたことはなかった。
それだけでも驚いて。
…その言葉にも驚いて。

「何であいつなんだ。何で…俺じゃねぇんだよ!」

さらに強く、桃城は彼女を抱きしめた。

「…神尾くんから聞いたの?」

桃城はなにも言わない。

「…ヤキモチ?」
「! 違…っ」

桃城は杏を勢いよく引きはがした。
顔が見る見る赤くなっていく。

「……わねぇけど」

赤い顔を隠すようにもう一度。
桃城は杏を抱きしめる。
杏は笑って、彼の広い背中に手を重ねた。

その想いは子供じみた、未発達の────。