風邪

うっかりした。
風邪ひいた。
夏風邪かよ、このやろう。
バカは風邪ひかない、と言うから俺はバカじゃなかったのか。
いや、夏風邪をひくのはバカだと言う話も聞いたこともある。
どっちだよ。
どっちなんだよ。

・・・そんなことはどうでもよくて。
全国大会まであと少し。

こんなときに風邪ひくなんて俺はバカかよ。
結局バカか。
夏の暑い日曜日。
俺は部屋のベッドで蒸され状態。
普段汚い部屋の中は、先日杏が来てくれたおかげですっかり片づいてる。
だからそれが部屋を少なからず涼しく見せている。

……杏。
また、来ねえかな。
今日来てくれねえかな。
来てくれりゃいいのに。
こんなときだからこそ、おまえに会いたい。
おまえの手を握っていたい。
メールすりゃいいのに。
電話すりゃいいのに。
携帯を持つ気力すらないから。

心の中で祈ってみる。

おまえに会いたい。

おまえに会いたい。

おまえに会いたい。

俺は、こんなにもおまえに依存してる。
どうしよう。

とんでもなくおまえが好きだ。
一年前なら、ほんの少し前なら、テニスがしたい。
ただそれを考えてた。
テニスももちろんしたいけど、むしろそっちを一番に考えなきゃなんだろうけど。
弱ったとき、本能が動くっていうか。
身体がおまえを求めてる。
純粋に、ただただ。

「モモシロくん大丈夫?!」

しばらくして杏がやってきた。
コンビニの袋と水筒をぶら下げて。

「何してんのよ。全国大会近いじゃない」

半泣きで、どかっと俺のベッド脇に座る。

「薬と、かりんのお湯。風邪に効くの」

杏は水筒の中身を付属のコップに注ぐと、俺に差し出した。

湯気とかりんの甘い匂いが俺の顔をかすめていく。

「飲んで。お兄ちゃんもこれ飲んで一日で風邪治したわ」

「…あぁ、サンキュな」

俺はコップを受け取り冷ましながら飲む。
熱いその液体が、喉を通っていく。

「早く元気になってね」

杏が顔に笑顔を浮かべた。

「なぁ杏」
「なに?」
「手、繋いで良いか?」

杏は少し驚いたような顔をした。

当たり前か。

そんなこと普段めったに言わねえし。

少し諦め気味に天井を見ると、手にほのかに暖かい感触。

「困るなぁ、甘えん坊さんは」

杏は笑って俺の手を握った。

俺もしっかり握り返す。

「こういうときぐらい甘えん坊にさせて下さい~」

杏の手に安心して、俺は眠りに落ちた。

あぁ、どうか。

目が覚めても君が隣に居ますように。