不可解な感情

「ぶぇっくしゅっ」

廊下の真ん中で大きなくしゃみ。
少し驚いて見ると、鼻をすすっていたのは、巽完二だった。

(……自業自得というか)

思わず呆れてため息が出る。
今日の天気は雨だ。
登校中の出来事が思い出される。
直斗が差し出した傘を断って走っていった完二。
何故断られたのか、理解に苦しむ。

「……雨の中、ずぶ濡れになるからですよ」
「あん?」

直斗の声に目の前の彼が振り返る。
視線がかちあうと。

「直斗!?」

一気に顔が赤くなり、すぐに目をそらされる。
その行動がなんだかとても不愉快だ。

「なんですか、それ」

思わず感情を含んだ声が出る。
避けられている。
そう思えて仕方がなかった。
周囲と距離がある事には自覚がある。
現にそうしてきたのは自分だ。
なのに何故彼の態度が気に入らないのだろう。

「巽くん!」

完二の腕を勢い良く掴んだ。
それは、直斗が思う以上に強い力だった。

「うおっ!?」
「えっ?」

不安定に完二の体が傾く。
そのまま直斗もバランスを失って━━

(倒れる……!?)

視界がぐるんと回って、目を閉じる。
……鈍い衝撃。
けれど予想していた程のものではない。

(一体なにが……)

恐る恐るまぶたを開く、と。

「━━っつー!ったく……っげほっがふっごほっ!」

声と共に体に伝う振動。

「巽……くん!?」

自分の下敷きになっていたのは、間違いなく巽完二で。

「ごっ、ごめん! そ、そのっ」

勢い良く体を離したその時、庇うように背中に腕を回していてくれたことに気づいた。

「……ケガは、ねえっ、よう……っきっしゅんっ、だな」

くしゃみ混じりでそう言ってフラフラと立ち上がった完二が、まだしゃがみこむ直斗に手を差し出す。

「あっ……すみません」

「「あっ!」」

人差し指が触れて、お互い気づいたように手を引っ込める。
心臓が強く脈を打った。

「じ、自分で立てます、から!」
「お、おう。そ、そうだな!」

そそくさと立ち上がり、ホコリを払う。と。

「っ、ぶっしょいっ!」
「す、すみません……」

直斗の無事を確認したように、完二がきびすを返す。
ずずっと、また鼻をすする音。

「あっ、あの……」

ありがとう、といいかけて口をつぐんだ。
胸が苦しくなるばかりで、うまくの声が出ない。

「あ……む、無理はしないで下さい。あなたは重要な戦力なんですから」

……どうして自分はこんな言い種しかできないのだろう。

「っ、くしゅっ! ……おう」

ひらひらと降られる手。
曲がり角に消える彼の後ろ姿を直斗は眺めるしかできなかった。

「……僕は何がしたいんだろう」

胸元を掴む。
まだこの心音は静まりそうにない。