「……巽くん?」
どこか居心地が悪い教室を抜け出して屋上へやってくると思わぬ先客がいた。
フェンスに持たれるように座ってるのは間違いなく巽完二だ。
いつもであれば、昼休みに人気のこの場所も、今日は生憎の曇り空で他に誰もいない。
(せっかくだから話でもしようか)
「たつ……」
傍に寄り声をかけようとして気がついた。
「眠ってる……?」
顎を上げて、小さな寝息を立てている。
もっと豪快に寝るのかと思っていたから、少し意外だ。
(それに……結構可愛い寝顔、だな)
なんだか彼に興味を持ってしまった。
勿論パーソナルデータは調査の一貫で知ってはいたが。
彼の横に腰掛け、まじまじと観察する。
身長差のせいでいつも見れない角度からも眺められるのも新鮮だ。
……と。
「……んん……」
「!?」
ドックンと、ひときわ大きく心臓が跳ねた。
完二の体がズズズと、直斗の肩にもたれ掛かっている。
(う……これは……)
動揺する自分が情けない。
「……と……」
「えっ!?」
驚いて彼を見る。
そして、あまりの顔の近さに更に驚愕する。
目が覚めたのかと思ったが、まだ眠っているようだった。
(ばっ……バカか、僕は!? 探偵が聞いてあきれる)
すぐに顔をそらしたが、一度早くなった鼓動は静まる様子がなかった。
(何してるんだ、僕は)
耳にかかる規則正しい吐息が、直斗の平常心を掻き乱す。
(治まれ、治まれ、治まれ……)
ただの好奇心だったはずなのに、どうしたことだろう。
寝ている相手を前にこうも取り乱しているなんて。
「んっ……」
完二が少し身じろぎした。
「……なお……と……」
「!?」
ドキン、とまたひとつ胸が音をたてる。
(僕!?)
意表をつかれ、赤かった頬が一層熱を帯びた。
頭がくらくらするほどだ。
けれど、完二の声は止まらなかった。
「……なお、と……すき……だ……」
囁くように呟かれたその言葉。
上昇する熱と鼓動に耐えられなくなって、直斗は勢い 良く立ち上がった。
故に、完二がバランスを崩して倒れこむ。
「ぐっほおっ!?」
突然の衝撃にさすがの完二も目を覚ました。
何度か瞬きを繰り返して。
「んなっ!? 直斗ぉ!?」
空に響く驚声と共に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「巽くん、急がないと授業に遅れますよ」
必死に平静を取り繕って、直斗は言った。
そうして足早に入り口へと向かう。
「っお、おい!」
口元を拭いながら、完二が呼び止めた。
立ち上がりながら問いかける。
「お……俺よ、おかしなこと言ったりなんか、してねぇ、よな?」
『……なお、と……すき……だ……』
先程の言葉がフラッシュバックする。
直斗は、帽子を深くかぶり直して口を開いた。
「……いいえ、何も」
ドアノブをひねって、校舎へ入る。
後ろ手に扉を閉めてそのままずりずりとしゃがみこんだ。
「……そうとしか、言えないですよ……」
未だにけたたましくなる胸の奥を握り潰してしまいたい衝動にかられながら。
直斗は身を起こして階段を降り始めた。