カルマ ※連載中 - 1/7

章タイトル:お題配布サイト様「セリフでお話 15題 」より

01.「期待しているんだ」

幼い頃、いつも一緒に居た女の子がいた。

俺よりひとつしたの、よく笑う子で、よく泣く子だった。

酷い雨の日、屋敷の前に置き去りにされていたその子は金色の髪と青緑色の瞳を持ち、幼い俺から見てもどこか自分に似ていた。
あの忌まわしいホド戦争のあとから行方が知れない。
彼女の名前は消えた記憶と共に頭のどこかに眠って、思い出すことができない。
きっと生きている、そんな虚しい想いを抱きながらあれからもう、16年も時が過ぎていた。

***

「フィーネ? フィーネ!」

謁見の間から戻るなり、ナタリアは彼女専属の世話役を呼んだ。

「ナナナ、ナタリア様、どうかなさいましたか?」

ベッドの傍に置かれた花に水をやっていたメイド――フィーネは、慌てて自分の 主人の傍に寄る。
然してナタリアに近づくと顔を真っ赤に染めた。
そんな彼女に憶することなく、ナタリアは箱に入れられた愛用の弓矢を取り出し ながら、フィーネに笑顔を浮かべた。

「旅に出ますわよ。あなたも準備なさい」
「えええぇっ」

思いもよらなかった言葉に、フィーネは目を丸くする。
然している間に、主のナタリアの支度は着々と進んでいく。

「私、知ってるんですのよ。貴方、こっそりルークの師匠(せんせい) から剣を教わっている でしょう? それに、よくガイやルークの剣術の稽古も眺めていらしたわね」
「そ、それは…」

フィーネはそのまま口ごもる。
窓から差し込んでくる日の光にフィーネの金色の髪が揺れた。

「急いで支度なさい。私も必要なものを持ってきますわ。それまでにすぐに発て るようにしておくのですよ。ルーク達より先に城を出なくてはなりませんわ」

そう言ってナタリアは慌ただしく扉を閉める。
コツコツと彼女が廊下を歩く音が部屋の中まで聞こえてきた。
残されたフィーネはそっと頭の飾りを取る。

「……ルーク様…それなら、あの方もまた…」

彼女は青とも緑ともとれるその瞳を瞼でそっと隠した。

***

「ナタリア?! それにフィーネ!!」

ルークの声が廃工場に響く。
勝ち誇ったような顔のナタリアに、フィーネはため息をついた。
軽くフィーネの紹介をしたのち、アノコトをバラす、と言うナタリアを連れルークが 何やら耳打ちをするのを気になりながらも、ガイはその様子を不安気に見守る王女の世話役に声をかけた。

「まさかフィーネまで来るとは思ってもみなかったなあ」
「ええぇぇっと、そのっ、これは」

瞬時に顔が赤くなるフィーネに、アニスはニヤニヤと笑顔を浮かべる。
フィーネの予想通りの反応にガイは思わず頬をゆるめた。

「おやおやおや? なーんかメロメロ~ズッキューンなカンジ?」
「ズッキューンですの?! フィーネさん、大丈夫ですの?! ガイさんに何か 撃たれたですの?」

まるで噂話好きのおばさんのようなアニスと、どこか間違った方向に話を理解し てしまったミュウ。
ガイは、はははっと苦笑した。

「最初はそう思うよなあ。でも彼女、俺と似たような体質なんだ」

そして何とも言えない顔をして、ポリポリと頬を掻いた。
アニスは頭を捻りながらフィーネの傍による。
するとフィーネの顔がさっきと同様真っ赤に染まった。

「えええええっとそのっ」

激しく動揺するフィーネを、アニスはマジマジと見つめる。

「ふーん。誰かが近くに居ると真っ赤になっちゃうんだ。かっわいー!」
「ッ!!」

アニスがガバッとフィーネに抱きつく。
瞬間、フィーネは顔を茹で蛸のようにし、身体中から発汗した。

「フィーネさん真っ赤ですの!! 御主人様、大変ですの! フィーネさんがガイさんのメロメロズッキューンのあとまっかっかになっちゃったですの~~!」
「おいおい、なんだそりゃ」
「だーーーッ!! うるせえっつーの、このブタザルっ!! あんなん日常茶飯事だ! ほっとけ!」

普段から青くて白いその顔を更に蒼白にして慌てるミュウに、ナタリアとの話を中断(と言ってもほとんど終わっていたの だが)させられたルークのイライラがにじみ出るような声が飛ぶ。
ガイのツッコミもかき消された。
ティアはといえば、フィーネをまるでチーグルごとく、小動物を見るような目で 彼女を見つめていた。
ジェイドはジェイドで、ひどく関心を持ったようである。

(かっ…かわいい…! なんだか苛めてるみたいだけど)
(ガイより症状は軽いようですねえ。大変苦しそうですが)

それぞれ興味を持ったティアとジェイドはほぼ同時にフィーネに歩み寄る。

「ひっ!」
「ふぇ?」

ガイが周りを制するより先に、すごい早さでフィーネが飛び退く。
思わず手を離してしまったアニスも、ティアたちと一緒に彼女に再び近付いた。
三人が一歩進めばフィーネが一歩さがり、三人がもう一歩進めばフィーネがもう 一歩さがる。
どこかで見た光景だ。

「大人数で近付かれると…怖いんだよな、フィーネ」

ガイの言葉に、フィーネは目に涙を浮かべてコクコクと頷く。
その怖さが分かる唯一の人物のガイは、自身が女性に近付かれる様を想像し、身 を震えさせた。

「フィーネは対人恐怖症なんですの。1対1ならまだ大丈夫なのだけど」

様子を見ていたナタリアが口を挟んだ。
一行は角のほうでガタガタと震える彼女とガイとを交互に見やる。
そしてため息をついた。

「なんだよ…」

肩身が狭そうにガイは苦笑する。
楽しいけれど、少し気を使う旅になりそうだ。

「ところで、フィーネ。あなたは一体どんな戦闘方法なんです? 剣を持っているあたり、やはり剣術ですか」

上から下までをマジマジと見て、ジェイドが言う。
その仕草にドギマギしながらフィーネは何度も頷き、腰に浸けている剣のさやを 持ち、自信無さそうに笑う。

「い、一応、ウ゛ァン様に稽古は付けて頂きました。そ、それにガイ様とルーク様の剣を 見よう見まねで」
「ふーん。見よう見まねでできりゃ誰も苦労しねえよな」

ルーク!、とティアが窘める。
そうですよね、とまたフィーネは笑った。
その彼女の髪と深い緑の瞳をジェイドは興味深げに見つめる。

(似ている…。いや、しかし……)

モヤモヤとした気持ちがジェイドに広がる。
けれど彼が結論をつける前に、フィーネの瞳は今までの彼女とは違う鋭い視線に 変わった。

「……何か来ます!!」

言うより早く全員戦闘体勢に入る。
旅慣れたせいかみな、敵の気配に敏感になってきている。
かん高い鳴き声と共に、タールの塊のような物体が目の前に現れた。

「ッ!!」

飛び出したのは2つの金色の髪。
ガイとフィーネだった。
あまりにも同時に、あまりにも似た動きに残りのパーティは敵の前だというのに 身体が止まる。
二人は敵をお互いで挟み込んだ。
同等の間合い、同等の気迫。
同等のスピード。
ガイは一瞬、鏡を見ているかのような錯覚に陥った。
けれど今はそんなことは気にしていられない。
このままフィーネと共に切り込めば勝利は確実だ。

「「弧月閃ッッ!!!」」

二人の声が木霊した。

***

同時に、二人の剣が鞘に戻る。
ガイは驚いた目で今しがた共に切り込んだフィーネを見つめた。
パーティ全員、何が起こったのかわからないというような表情を浮かべている。

「フィーネ…あなた…」

ナタリアの声にフィーネは恥ずかしそうに目を細める。

「見よう見まね…です」

そういうとフィーネは剣を腰に納めた。

***

ジリッと胸が軋むような気がした。
昼間降った雨はすっかり止み、空には星が瞬いている。
ガイはたき火の回りで眠る皆を見たあと、隣りで寝息をたてるフィーネを見つめ た。

あのとき。

二人で敵を倒したあのとき。
同じスピード、同じ間合い。
それに盾を使わない自分と同じ流儀。
ルークのアルバート流ならまだしも、代々口で伝えられるガイの流派は見よう見 まねで身に付けられるものではない。
ウ゛ァンに教えてもらっていたものも当然、ルークと同じアルバート流だろう。
彼女が剣を持っているところなど見たことがないから、仕事の合間に本当にこっ そり稽古を付けてもらっていたのだろうか。

(フィーネ…君は一体……)

夜風がフィーネの頬を滑り、自分と同じ色をした髪を揺らした。
彼女の寝顔にふと、幼いときの記憶が脳裏をよぎった。
穴の空いた記憶と共に頭から消えてしまった大切だった人の名前。
おぼろ気に思い出すその顔に胸がズキリと痛む。

「そう……なのかな。まさか…君が」

思いついたことをすぐに頭のなかで打ち消した。

違う……そんなはずない。
そんな都合のよい話があってたまるか。
もしそうなら、何故彼女ははなさない?

ガイは空を見上げ、星を仰ぎ思い出す。

「それでも……期待しているんだ。心のどこかで」

ぼんやりとしか思い出せない、自分によく似た少女のことを。