02.「一生の頼みが…ある」
アクゼリュスへの道は険しかった。
急勾配が続く道に、強い魔物。
気の短いルークですら、文句を言う気力もない。
ジェイドはアクゼリュスのことやルークとあの彼と全く同じ顔をした鮮血のアッシュについて考えながら、ふとガイとフィーネのことを思いついた。
フィーネとは、バチカルでナタリアの世話役をしていたメイドである。
アクゼリュス復興の旅に参戦するため、ナタリアが連れてきた、金色の髪に青緑の瞳をした女の子だ。
年はといえばどうやら19、20くらいのようで、何も喋らなければ年相応の落ち着きも見える。
しかし彼女には唯一の弱点がある。
対人恐怖症だ。
1対1のときは、赤面するくらいで済むが集団で近づくとガイの女性恐怖症のような症状が出る。
それはやはり彼女の過去に関することが原因なのではとジェイドは考えている。
彼女がその原因となった出来事を覚えているのか、ガイのように記憶が抜け落ちているのかは定かではないが。
(あの2人もよく似ている…。あの素早い身のこなしといい、技や戦闘の 癖まで同じだ)
バチカルの廃工場でフィーネが見せた動きは、ガイとうり二つだった。
フィーネは剣術はヴァンに習い、あとはガイとルークの稽古を見ただけと言うが、本当にそんなことが可能なのだろうか。
フィーネを見れば、恐怖症の為か少し一行から離れ、それでも黙々と歩き続けて いる。
その華奢な身体から、力の強いガイと同じ剣技を使うなど第三者の目からは到底 思えない。
(……レプリカは同位体でなければならない。身長もガイより10センチは離れているし、何よりフィーネは女性だ。被験者 ( オリジナル ) と違う性別になることなど有り得ない)
ジェイドの視線に気づいたフィーネが瞬時に顔を赤くさせた。
「な、ななななんですかジェイドさんっ」
「おっと失礼。いやいやー、美人が頬を染めて熱い吐息をする姿はなかなかそそられるなーと思いまして」
ジェイドはひょうひょうと答え、更にフィーネを追い詰める。
周りからは、大佐セクハラですーだの、ふしだらですわだの、見損ないましただの非難ゴウゴウだ。
「おいおい旦那。あんまりフィーネをいじめるなよ。結構キツいんだぜ」
ガイはそう言うと前を行く苦しそうなイオンに追いつき、彼の背中を支えた。
ジェイドはそうですね、と答えるとガイの後ろ頭を見た。
(……ガイは気づいているのか、それとも…)
ナタリアやルークの接し方から見て、彼女もおそらく長い間城に居たはずだ。
自分と自分の兄弟が似ているかどうかが当事者にはわからないように、共に長い年月 を過ごしてきた彼らは気づいて居ないのかもしれない。
(只の思い過ごしなんですかねえ)
レプリカとはもしかしたら何の関係もないのかもしれない。
と、ジェイドは思い直した。
(彼女がレプリカなら、フィーネは男でなくてはならないのですから)
その時、目の前のイオンが急に膝を付く。
そこでジェイドの考えは必然的にストップした。
***
『フィーネ。お前に一生の頼みが…ある』
『なんですか、はくしゃくさま』
ガルディオス家に拾われてから1年が過ぎたある日、幼いフィーネはその家の主で あるガルディオス伯爵の部屋に呼ばれた。
伯爵はフィーネを膝に乗せ、金色の彼女の髪を撫でながらゆっくりと話し始めた 。
『我が息子…ガイラルディアのことは好きかね?』
『はい!』
目をキラキラさせて答える彼女に伯爵は嬉しそうに目を細める。
窓の外から、元気よく走り回るガイラルディアと姉のマリィベルの声が聞こえた。
『ならば、お前にガイラルディアを守って欲しい。ガイラルディアの影となり』
『がいあるでぃやさまの……かげ?』
少年の名前を言うのもたどたどしい、幼い少女の頭を撫で、伯爵は頷いた。
そして言ったのだ。
ガイラルディアが立派に成長し、ガルディオス家を継ぐことになったとき。
彼を守り、時には彼の身代りとなりガルディオス家を存続させて欲しいと。
———-天が嘆き悲しむとき、汝に似た金色の髪と碧(みどり) の瞳をした少女、マルクトの小さな島に 現れる。
その子、汝の影となりて一生を共に生きるであろう。
それがガイラルディアの3歳のときの預言 ( スコア ) だった。
そのときもはっきりと返事をしたことをフィーネは覚えている。
預言 ( スコア ) がどれだけ大切なのかもマリィベルや屋敷のメイド、そして使用人のウ゛ァンデ スデルカに教えられていたし、何より甘えん坊で泣き虫だけど、困ったときにい つでも助けてくれるガイラルディアのことが大好きだった。
大好きなガイラルディアとずっとずっと一緒に居られるのならと、ガルディオス 伯爵と約束を交したのだった。
次の日から剣術を始めた。
ガイラルディアの癖や仕草も覚えるようにした 。
全ては将来、彼を守りずっと一緒に居るため。
けれどそのすぐあと、ガイラルディアの5歳の誕生日。
あの地獄のようなホド戦争が勃発する。
***
目の前の惨劇はまるでホドを見ているようだった。
ティアの譜歌で一行は生き残ったものの、アクゼリュスの民を守ることができな かった。
『あねうえーーッ!!!!』
遠い記憶がフィーネのなかで蘇る。
頭に残る彼の声。
残酷な出来事。
大勢の人間に囲まれ、振り下ろされた剣。
ヂリッと身体が熱くなるような気がした。
タルタロスの中は重い空気が流れた。
ルークの無神経な言葉や身を守るための下らない言い訳に誰もがイライラした。
けれど、フィーネには彼を憎むことがどうしてもできなかった。
タルタロスの一室の部屋の隅で、フィーネは膝を抱えて震えていた。
ルークがどんな気持ちでアクゼリュスを崩落させてしまったのかはしれない。
けれど、今の全てに責任転嫁をしてしまいたくなる彼の気持ちはわかるような気がした。
「……守るって…約束したのに……」
16年前のあの日、振り上げられた剣に何の抵抗も出来ず、胸から腰に渡るほどの 傷をおった。
いや、あの時は小さな子供だったから、剣を振るった人間にとっては容易いことだったの だろう。
今もその傷跡は痛々しく残り、彼女の白い肌に生々しく浮いている。
夥しい出血に気を失ってしまい、気付けば周りは血の海になっていた。
傷の痛みよりも恐ろしさでボロボロ涙を流した。
どこにも居ない彼を、身体を引きずりながら探した。
目に入るのは暖かった人たちの、物を言わない身体ばかり。
血の溢れかえるホドの島で、彼を見つけることはできなかった。
何度も彼の名前を呼んだ。
地べたに這いつくばって泣き叫んだ。
何故自分が生き残っているのだろうと思った。
自分を拾ってくれた人との約束を、大好きだったガイラルディアを守れなかったのだと思った。
あのときと同じだ。
結局自分は、人は、無力なのか。
気づけば涙で顔が濡れていた。
ゴシゴシと顔を擦る。
過去ばかりを気にしていられないと、前に言っていたのはガイだったかルークだったか。
過去は気にしてられない。
けれど過去は受け止めねばならない。
自分でそれが出来ているのかはわからない。
けれど、自分で自分のしたことを見つめ直すことはとても重要なことだと思うから。
タルタロスが揺れる。
もうすぐユリアシティに到着するらしい。