カルマ ※連載中 - 6/7

06.「ああ、どうしよう…うかつだった」

後悔と、不安と、恐怖と、決意。

『ガイを迎えに行ってきます。フィーネはここで待っていてください』

そう言ってジェイドが走って行ってから、どれくらいたったろうか。
フィーネはこのダアトが見渡せる第四石碑の丘に立っていた。
頭の中がガンガンする。
照りつける太陽の光とは関係なく、フィーネの体は震えていた。

ナタリアとイオンが、大詠師モースに軟禁された。

『ナタリアさまああぁぁっっ』

叫んだ声は虚しく、重い扉が残った人間を冷たく押し出した。
うかつだった。
どうして自分のことにここまで囚われてしまっていたんだろう。

『お前はガイのレプリカなのか?!』

アッシュの言葉が頭の中を離れず、いつまでも動揺して。
また、護ることができなかった。丘の上からダアトを見下ろして、フィーネは溢 れ出した涙を拭う。
自分がしっかりしていれば。
そればかりが頭をよぎる。
思えばワイヨン鏡屈でも足手まといでしかなかったかもしれない。

アクゼリュスが崩壊し、キムラスカが開戦の準備を始めたという。
それを警戒したイオンが導師詔勅を出すため、向かったダアトでは神の盾兵が待 ち構えていた。
イオンと共にナタリアも捕えられ、今彼女らは眼下のダアトのどこかに居る。

『貴方は自分のやるべきことをやればいいんです、フィーネ』

昨日の夜、ジェイドが言った。
そうだ。
今の自分はナタリアを護らなくてはならない立場だった筈だ。
もっとしっかりしなければ。
そう思うたび、涙が流れる。
ふがいなさに自ら呆れながら、フィーネはしゃがみこんだ。
……ガイがやってくる。
彼を見て自分は平常で居られるだろうか。

ガイ。

考えてはいけない。
フィーネは頭を振った。
ボロボロと熱い涙が目からこぼれ、土に染み込んでいく。
考えることが怖くてたまらない。
ルークもレプリカだと知ったとき、こうだったのだろうか。
今もそうなのだろうか。
しっかりしなければいけないという想いの隣で、言いようのない恐怖と不安が広がってくる。

「ガイラル……ディア様…」

今の自分には、ただジェイドがガイと共に帰ってくるのを待つことしかできない 。

「戦力が必要って言ってたが旦那、フィーネはどうしたんだ?」

ダアトへの道を辿りながら、ガイは先を歩くジェイドに問いかけた。
ジェイドは落ちてきたメガネを直し、顔をガイに向けないまま答える。

「今の彼女には、おそらく戦闘は無理です」
「え…?」
「どういうことですか、大佐」

ジェイドは立ち止まり、ティアの顔を見たあとルークを見、そしてガイを見た。

「………責任感の強い彼女のことです。ナタリアを神託の盾( オラクル ) に奪われてどんな状態 にあるのか、想像にかたくないと思いますよ」

ガイを見ていた赤い瞳が揺れた。

…嘘ではない。
けれど全てを伝えたわけでもない。
今、彼女が悩み恐れていることを伝えてしまえばガイ自身も大きくぶれてしまう 。
それだけは避けねばならなかった。

(胸が……痛みますね)

いつかは伝えねばならないことだとはジェイドもわかっている。
宿であれほどショックを受け、生気をなくしていたフィーネを思えば。
自分の犯した罪を考えれば。
ガイ自身のことを思えば。

「……フィーネ」

ガイは彼女の名前をそっと口にした。
また泣いているのだろうか、と思った。
ユリアシティに居たあの日、彼女の涙を拭えなかった手を強く握りしめる。

(触れられないことくらい、わかっているじゃないか)

彼女に会ったら抱きしめたいなんてきもちが、体の中から浮かんでくる。
恐い、なんて思うより先に。

(逆、だったのにな)

何故かそう思った自分に、ガイは驚いた。
何が、何が逆だと言うんだろう。
ふとよぎった幼い頃の記憶。
思い出せないのは あの記憶だけだったはずなのに、いつからだったのか。
もう一つ、思い出せないものに気が付いた。
妹、ではなかった。
けれど妹のような存在だった。
家族、だった。
顔も、声も、名前も、わからない。
存在以外は思い出すことが出来なくて、それ以上考えることも今まであまりなかったのだが。

「なあ、旦那」

ガイはジェイドを見る。
そよ風が一行の間を吹き抜けた。

「大丈夫。フィーネなら大丈夫さ」
「ガイ…」

ジェイドは目を開き、風に揺れる金色の髪を見つめた。

***

夕刻。
フィーネはナタリアから少し時間をもらい、昼間やってきたファブレ公爵邸に再 び足を踏み入れた。
公爵邸の奥に、ガイとペールの部屋はあった。
フィーネが恐る恐るノックをすると、中からしわがれた返事がする。
ドキドキする心臓を落ち着かせるように深呼吸して、ドアを開いた。

「よく来てくださいました」
「ペールおじさん」

ペールは、にこやかにフィーネを出迎えた。
思わずフィーネも笑顔になる。

「ご存命でなによりでした。……そして貴方も、我々にとって大事なお方でした のに………私はあの方を助け出すのに必死で…」

ペールは両手で顔を押さえた。
あの忌まわしい惨状を思い出したのだろうか。
フィーネは首を横に振る。

「…あの方をお守りすることが第一ですもの。おじさんも彼もお元気そうでよか ったです。でも……」

フィーネの頭にあの、公爵家に飾られた宝刀がよぎった。
ペールは丸いメガネをかけなおし、彼女の言わんとしていることを察したように 話出した。
その表情はひどくかたい。

「……私はあの方のご意思についていこうと思っております。このまま平穏な時 を過ごすのも、刃を振るうのもあの方のお心次第」
「そう……ですか…」

フィーネは昼間、庭で笑っていたガイの顔を思い出した。
彼が今何を考えているのか、フィーネにはわからない。
そういえば、とペールは話を続けた。

「ガイには会いましたかな。喜んでおられたでしょう。小さい頃、本当に貴方の ことが大好きで……」

懐かしむように目を細めたペールに、フィーネは顔を横に振る。

「いいえ、ガイ様は私のことを知らないようでした」

小さく笑ったその口元は少しひきつって、蒼い瞳は静かに揺れる。
ペールは驚き、そして考えこむように自分の顎髭を撫でた。

「……ガイには抜け落ちた記憶があるのです。それはあの時……ご家族を亡くされたときの記憶です。もしかしたらその記憶と共にフィーネ様との記憶も……」

ペールの言葉はそこで切れ、代わりに部屋の扉が大きく開いた。

***

「強くならなきゃ…」

冷たい風が丘の下から吹き上げてくる。
そっと、フィーネは服の上からあの傷を触った。

強くならなきゃ。ナタリア様も、ガイ様も護れるように。

自分が人間なのか、レプリカなのか。
考えるより先にやらなきゃならないことがある。
……本当は考えることを、現実を逃げているだけなのかも知れない。
けれど、大切な人を護ることが自分に託された使命なのだから。

「フィーネ!!」

よく通るその声が、フィーネの耳にも届いた。
振り返ればガイの姿。
そして後ろからはジェイドと一緒に走りよるティアとルークの姿が見える。

「ガイ…様……」

ふがいない姿を見せるわけにはいかない。
フィーネは目に残る涙を拭うと、皆の元へと歩み寄った。
そして涙で赤く腫れたその目が、力強くガイを見つめる。

「私の……私の責任です。ナタリア様をこの手で助け出さなくては」