07.「わかっているんだ。わかっているはずなのに」
君に触れられたらと、願う。
ナタリアとイオンを助け出し、ダアトを抜けてすぐのことだった。
視界がぐらりと揺れる。
「フィーネ?!」
ナタリアの後を走っていたフィーネが突然倒れた。
みな、一斉に振り向き足を止める。
金色の髪が、身体に遅れるように流れ、その白い頬を隠す。
ガイにはそれがゆっくりと、まるでコマ送りのように見えた。
けれど、足が動かない。
支えなければ、そう頭は体に指示を出すのに。
ジェイドが、駆け寄りそっと抱き起こすと、フィーネは青白い顔でグッタリして いた。
「フィーネ、大丈夫ですの? フィーネ!」
「……大丈夫です。気を張っていたのでしょう。ここ最近、よく眠れていなかったみたいですし」
心配そうにフィーネの腕にしがみつくナタリアにジェイドは言い、フィーネを抱いたまま立ち上がった。
「だん…な…?」
ガイは困惑した表情でジェイドを見る。
ズキリと胸の辺りが痛んだ。
「このままにしておく訳にはいきませんからね、私が抱いていきますよ」
年寄りといえど、この中では適任のようですからねと、ジェイドは言った。
確かにそうだ。
一行の中で一番体力があるであろう自分は、彼女に触れることすら出来ないのだ から。
「そう…だよな」
思わずジェイドに向けたガイの表情がひきつる。
心臓を、何かが握り締めたような気がした。
こんなときに何を考えてるのだろうとガイは思った。
ジェイドが彼女を抱き上げた姿を見るのがこんなに嫌だなんて。
俺が抱いて行きたい。
そう思った。
倒れる前に俺が支えてやれたら。
俺が、
俺、が。
わかっている。
わかっているんだ。
わかっているはずなのに。
……怖いのに。
彼女でなくとも、女性に触れることが怖くて堪らないのに。
どうして彼女に 触れたいと思うのだろう。
どうして自分でなければ嫌だと感じるのだろう。
以前にも同じことを考えた。
自分にとって彼女の、フィーネの存在は、どういうわけか日に日に大きくなっている。
ジェイドの胸に抱かれ、眠っている彼女の自分に似た髪が揺れるのを見つ め、ガイは拳をにぎった。
不安定な揺れを感じて、フィーネは目を開けた。
天井には無機質な鉄鋼が並んでいる。
少しして、ここがタルタロスの中だと気がついた。
ドオン、ドオンっという鈍い機械音が身体を静かに揺らす。
「目、覚めたかい?」
まだぼんやりとする頭を傾けると、腕を組んで壁に寄りかかるガイの姿が目に入 る。
その距離は遠くもなく近くもなく、お互いの恐怖症の上ではとても心地よい、は ずだ。
「あ…あの、ありがとう…ございます」
「いや、礼は大佐に言ってくれよ。タルタロスまでフィーネをずっと抱えてきた んだからさ」
そうだったんですか、とフィーネは小さい声で言い、ガイから目線をそらす。
彼を見続けることが出来ない。
怖かった。
もう自分のことなど構わないと思ったはずなのに、見るだけで否応なしに思い起 こされる。
自分が、ガイのレプリカかもしれないということ。
フィーネは口の端を強く噛んだ。
「フィーネは、さ」
ガイの声にフィーネは顔を彼に向ける。
彼の曇った表情と薄く笑った口が、フィーネの心にグサリと突き刺さった。
ガイのこんな顔、見たことがない。
「俺のこと、どう思ってるんだい?」
「え……」
予想だにしないその問いにフィーネは目を丸くした。
一度冷めた熱が、急激に顔へと押し寄せる。
ガイの言葉がぐるぐると頭を回った。
「フィーネにとって、情けないか。それとも、頼りないかな。キミの涙を拭うこ とも触れることさえ出来ない俺は」
「ガイ様…」
「俺は……触れることなんて出来ないのに。わかってるのに、………キミを抱きしめた いと思ってる。フィーネが涙を流すたび、今のようにつらそうな顔をするたび」
同じ色した瞳が、お互いを見合う。
ガイの八の字になったその眉は、眉間の 皺を一層深くした。
「俺は、キミに…キミにそんな顔して欲しくないんだ。こんなこと今の俺たちの 状況で矛盾してるかもしれないが」
「ガイ…様…?」
フィーネは ガイの言葉の意味がわからず、彼を見返した。
ゆっくりとガイの口が何かを 発しようと形を変える。
ガクンッッ
「うわっ」
突然の衝撃に一瞬、タルタロスが大 きく傾く。
異常をしめす警告音が辺りに鳴り響いた。
「なっ、な にが」
フィーネの言葉にガイは首をふる。
そして今なお揺れる機体に、壁を押さえてバランスを保ちながら、廊下を見やっ た。
「とりあえずみんなのところに行ってみよう。歩けるかい」
フィーネは頷くとベッドから降りた。
今。
ガイは何を言いかけたのだ ろう。
フィーネは一瞬、考えた。
ガイの言葉の一つ一つが、自分の胸を震わせる 。
でも……このままではいけないかもしれない。
そう思わ ずにはいられなかった。
ガイのレプリカであるかもしれない自分には。
その後タルタロスは、修理の為ケテルブルクへと 向かう。
to be continued…