「ねぇ、トリプルデートしない?」
「トリプルデート…ッスか?」
部室で着替えていた、桃城と越前に不二がやはり着替えながら尋ねた。
「そ。朋香が是非したいって言ってね。桜乃ちゃんには多分伝わってると思うけど」
桃城と越前は顔を見合わして、そうだろうなと二人で納得した。
「で、杏ちゃんはどうかな?」
「あ~、多分大丈夫だと思いますよ」
桃城は少し考え、そう返した。
桜乃や朋香が行くなら、杏も喜んで行くだろう。
「じゃあ、決まりだね」
柔らかい笑顔で不二は言った。
「今度の日曜日に」
「デートって二人だけでも久しぶりじゃない?」
嬉しそうに杏は桃城の横を歩いた。
「そういえばそうだな。部活、なかなか休みになんなかったから」
あたしも~、と杏は笑った。
この季節、大会が重なり、部活も徐々にハードになる。
越前や不二たちのように、学校が同じではない二人は、毎日顔を合わせることが出来ない。
お互い部活で疲れて帰ってくるので、メールをまともに交わすことも出来ない。
一週間に一回、電話をするのがやっと。
再会の喜びも二人にはあるのだろう。
「あ、桃~!こっちこっち」
待ち合わせ場所にした、青春台駅で不二が二人に手を振った。
どうやら桃城と杏が最後のようだ。
「すんません、遅くなっちゃって」
「ううん、僕らも今来たところだから。ね、越前」
「ッス」
女の子たちも、似たような会話を交わしたようだ。
「じゃあ、どこへいこうか」
「不二先輩っ、あの行きたいお店があるんですけど」
朋香が不二に提案すると、みんなはそれに同意した。
「じゃあ、行きましょうよ。その店」
越前は桜乃の手を握ると道を歩き出す。
「そうだね。行こう、朋香」
「はいっ!不二先輩っ」
朋香は不二と腕を組む。
一瞬、桃城と杏が固まった。
二人はまだ、手を握ることさえ緊張する関係なのである。
「……行こうぜ」
「…うん」
そうして桃城と杏は前を歩く四人に続いた。
――――………
「ここ?桜乃と小坂田が言ってた店って」
そこは、小さな雑貨店。
可愛らしいアクセサリーや文具、ぬいぐるみなどが並び、決して男の子が入るような店ではない。
「そうなんですよ!さぁ。進んで下さい、リョーマさまっ」
促されるままに皆は店内へと入った。
ガラス張りのドアを開けると、カランと音がする。
店の中には甘酸っぱいような香りに包まれていた。
桜乃と朋香はうれしそうに奥へと入っていく。
それに続き、二人の彼氏たちが入っていく。
「俺たちも入るか」
「うん」
入ってすぐ、杏は足を止めた。
右側のテーブルにあるペアリングが目に入ったからだ。
「杏?」
彼女の様子に気づいて桃城もそれをのぞき込む。
銀色に輝くそれに杏は明らかに興味を持っているようだ。
「買ってやるよ」
「え?」
桃城の言葉に杏は驚いて彼をみる。
「一緒に付けようぜ」
桃城はにっと笑ってレジへと向かっていった。
そして店員と何か話したあと、杏のほうを振り向くと手招きをする。
杏は小走りでそこへ向かった。
「指輪に文字入れてくれるって」
杏は頬がかぁっと赤くなった。
なんだか結婚指輪みたいで。
その様子に桃城は満足したような笑みを浮かべる。
「ありがとうございました」
3カップルは店を出ると、それぞれお互いの時間を取るために分かれることにした。
桃城と杏は迷わず、ストリートテニス場へ向かった。
二人が出会った、二人がお互いに恋した大切な場所。
ベンチに座ると桃城は先ほどの指輪を取り出した。
箱からひとつ、手に取るとそれを杏に見せる。
「『TAKESHI…AN』…」
裏側に彫られた文字。
ドキドキする。
それを見ただけで。
「手、出せよ。もちろん左手な」
杏は言われるままに左手を出した。
トクトクトク…、と心臓が脈打つ。
桃城が、杏の薬指に指輪をはめる。
「ずっと…一緒にいような」
「うん…。ありがとう」
杏の目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「俺のはめてもらっていいか?」
杏は桃城の分の指輪を持った。
同じように銀色に輝いていて、裏側には自分たちの名前が彫ってある。
桃城の男らしい指。
なんだか恥ずかしくてなかなか触れられないけど、杏の大好きな指。
薬指にはまったそれは、もともとそこにあったかのようによく馴染んでいて。
「これでいつでも一緒だね」
離れていても。
毎日逢えなくても。
銀色にに光るこれを見れば、君がそばに居る。
そんな気がするから。
「「桃城、あの野郎…!!」」
「や、やめろよっ!橘、神尾君っ」
二人の様子を陰からバレないように観察していた橘と神尾が今にも飛び出し、桃城を殴ろうとしているところを大石が必死に制していた。
「無理、無理…。橘さんも神尾も杏ちゃんのことになると目の色が変わるから…。ていうか神尾はそろそろ杏ちゃんのこと諦めてもいいんじゃないの?…あぁ、やだやだ。諦めの悪いヤツって…」
「うるせぇ、深司」
ブツブツ言う深司を見ずに神尾は一喝する。
「でもさー、おーいし。なんで桃つけんの?不二やおチビじゃいけないの?」
大石の頭に引っ付いて菊丸がひょっこりと顔を出す。
「……それは乾が……」
後ろを振り向くとすごい勢いでノートを取る乾。
「『桃城レポートその4』…今日ついに指輪を渡す…一夜を共にする日も近い……ふふふ…また一つ、データが取れた…」
大石の胃はまた今日もキリキリと痛み出す。
「早く帰ってくれ、手塚…」
祈っても、当の本人は未だ九州から帰ってこない。