chapter.2 破片をかき集め。
静かな部屋に響く着信音。
机の上で震える携帯電話。
見れば、『蛭魔妖一』の名前を表示している。
震える手をもう片方で抑えながら、メールを開く。
一方的な言葉。
それはメールでも変わらない。
涙が液晶画面を濡らした。
逢いたい気持ちと逢いたくない気持ちが交差する。
頭の中で、ドレッドの髪が揺れた。
「……ッ」
ジワリと額に汗が浮かぶ。
ガタンッッ
その大きな音にまもりの涙はあっけなく止まった。
驚いて音のし たほうを見ると、ベランダで青筋をたててるヒル魔。
まもりは思わずカーテンを閉めた。
すぐ手の中で光る携帯。
差出人は、窓の外の人。
『さっさと開けねえと叩き割るぞこの糞糞糞糞マネ!!!』
メールで悪態をつくところを見れば、彼も彼なりに夜中の住宅街への迷惑を考え たようだ。
窓は相変わらずガタガタと音をたてている。
このまま帰るなんてことは、あの蛭魔妖一に有り得ることではない。
まもりはカーテンと窓の鍵を開けた。
風が部屋のなかを流れる。
「てめえのわかりにくいサインはもうまっぴらだ。わかりやすいのを西部戦の前 に考えなきゃならねえな」
「なに、言って…」
ヒル魔の手がまもりの頬に触れた。
まもりはビクリと肩を震わせ、後ろに下がった。
ヒル魔は親指でまもりの涙の跡を拭った。
「…誰に抱かれた」
まもりの目が見開かれた。
顔に恐怖の色が浮かぶ。
ヒル魔はじっとまもりを見つめた。 まもりはまた一歩、後ろに下がる。
「…ど…して…?」
ヒル魔の言葉は、まもりを追い詰めているようにも取れた。
まもりの目からは、また涙が流れようとしている。
ヒル魔の手が、まもりから離れた。
そしてその手がまもりの腕を掴み、自分へと彼女を引き寄せた。
「や…っ」
反射的にまもりは体をよじる。
それでもヒル魔は離さない。
「無理矢理されたことくらい、てめえの様子でわかる」
ヒル魔はきつくまもりを抱きしめた。
小さな肩が震えるのを感じる。
「恐かったろ。……気づかなくて……悪かった」
ヒル魔の白いワイシャツに、まもりの涙のしみが広がっていく。
「ヒル魔くん、ごめんね。…ごめ…」
まもりの鳴咽を聞き、ヒル魔は彼女の背中をゆっくりと撫でた。
そして、彼女の唇にそっとくちづけた。
「誰だ、相手は」
唇を離し、ヒル魔はもう一度尋ねた。
「…それは……」
少し考えるまもり。
「……やっぱりやめとく……」
「あぁ?」
まもりの言葉に再び青筋をたてるヒル魔。
「なんで言えねえんだ、んな重要なこと」
「重要だから言えないのよ。教えたらヒル魔くんどうするかわかんないし」
「んなもんわかるだろうが。相手を見つけてブッこ…」
「だーかーらダメなの!絶対そんなことさせませんっ!」
言ったあとでまもりは口を押さえた。
この時間に、男を部屋に入れていると両親に知られたら大問題だ。
突然、ヒル魔がケケケッと笑った。
「やーっと、調子戻ったな糞マネ」
「え?」
まもりはやっと、ヒル魔に恐怖を感じていないことに気づく。
「てめえがギャンギャン騒いでくれねえと、こっちの調子も狂うんだよ」
「ちょ…それってどういう…」
ヒル魔はまもりに背を向けた。
「余計な心配、しちまったろーが」
「ヒル魔くん…」
ヒル魔は自分の鞄を拾うと開いたままの窓に向かう。
「帰っちゃうの?」
「あれだけ騒げりゃ大丈夫だろ。明日はちゃんと部活…」
まもりはヒル魔の腕を掴んだ。
「帰っちゃ…だめ」
ヒル魔は驚いて振り向いた。
消え入りそうな声だ。
「一緒に居て。お願い…」
まもりの目は真剣で。
「…しょうがねえな」
ヒル魔は窓を閉めた。
まもりにまたキスをする。
今度は長く…深く。
「…本当に相手を教えない気か」
「ヒル魔くん、すぐ変なことするから」
(…まぁ調べあげりゃ簡単に見つかるな。問題はソイツをどうするかだ)
そんなことを胸に秘め、ヒル魔は再びまもりにくちづける。
後日、ヒル魔の復讐が始まる。