『30分待て』
思えば、これがプロポーズだったのかもしれない。
卒業式のあと、強引に部室に連れて行かれて。
自分で引っ張ってきたくせに、貴方は待て、とかわからないことを言う。
それも30分なんて。
『あのねぇ。私だって友達と写真撮ったりしたいんです! それにチームの皆と も』
『んなもん、後ですりゃいいだろ』
一方的に言い放ち、いつか無理矢理校長先生に作らせたシャワー室に入っていく 。
…なんで私が、貴方のシャワーに付き合わなきゃいけないのかしら。
椅子に座り、机に突っ伏し。
私は、先程チームの皆から貰った花束を見つめた。
手に持った花束はふたつ。
ひとつは私ので、もうひとつはヒル魔くんのだ。
ううん、今はもう私のもの。
『てめえにやる』
渡されてすぐ、貴方は私に花束をつきだした。
ちゃんと皆の気持ちを受取りなさいよ、と言っても聞かない。
『まも姉、いいよ。実は花束にするの、皆でさんざん悩んだんだ』
誰も妖一兄が花持ってるところ想像出来ないから、と鈴音ちゃんは笑った。
そういえば皆、ほっとした顔してたっけ。
そんなことをぼんやり考えて、目を閉じる。
耳に入ってくるのは、外から微かに聞こえる人の声とシャワーの音。
涙なんて、乾いてしまった。
貴方と居るといつもそう。
貴方のことばかり考えて、どうしようもないの。
『あのなあ、待てとは言ったが寝ろとは言ってねえぞ』
いつのまにか、出てきた貴方が私の頭をガシリと掴む。
『寝てないわよ、ま…だ…』
貴方の顔を見たはずなのに、変な違和感。
寝る気だったんだろ糞マネ!、と喋る口調はいつもと同じなのに。
『髪…どうして…』
水に濡れたその髪は、重力に忠実で。
あれほどツンツンしていたのに。
…ううん、そんなことじゃない。
貴方が、するわけないと思ってるけとするからパニックになるのよ。
『てめえの両親に会いに行く』
そう言った貴方の髪は、真っ黒、だった。
目の前が一瞬で涙で霞む。
変ね、止まったばかりなのに。
『どう…し…っ』
卒業式の前だって、あんなに嫌がっていたじゃない。
式くらいちゃんとしてよって、どんなに言っても聞いてなんかくれなかったじゃ ない。
『俺だけで行っちまうぞ、ナキムシ』
『や…っ、そんなの絶対…ダメ…!』
悪魔と呼ばれた蛭魔妖一とは信じられないほど優しく、私の頬を撫でて親指で目 に溜った涙を拭いた。
唇が、近づく。
「なーに笑ってんだ、糞女」
振り向けば、湯気の上がったコーヒーカップをふたつ持ったヒル魔くんが居た。
「ううん、なんでも。ただの思い出し笑い」
私はコーヒーを受け取り、ヒル魔くんは私の座っているソファーに座った。
足元にはケルベロスが気持良さそうに眠っている。
「思い出し笑いするやつは、エロいんだよなー、確か」
「…そうなのはヒル魔くんでしょ」
ひとくち、コーヒーを飲んだ。
甘い。
昔は私のほうが煎れていたのに。
「てめえも『ヒル魔』、なんだがな」
「……あっ」
貴方は笑ってカップを持っていない手で私の肩を抱いた。
暖かくて、とても心地よい。
「いつになったら慣れてくれるんデスカネエ。まもりサン」
「うぅ…ごめんなさい。よ、よう…いち」
ニヤニヤしながら、貴方は私を見る。
たどたどしく名前を発した唇を、貴方の唇が塞ぐ。
あぁ、私はどうしようもなく、幸せ。