ポッキー

「…なんだそれ」

ひどく不機嫌そうにヒル魔が言った。

「ポッキー」

満面の笑顔で、それをヒル魔の目の前につきつけるまもり。

「甘いもんを俺の前で喰うな」

ヒル魔は首をふいっと横にやった。

「いいじゃない。食べたいんだもの」

椅子に座り、まもりはポッキーをポリポリと食べた。
テーブル越しの向かいでは、ヒル魔がパソコンを開き、何やら打ち込んでいる。

まもりは袋を開けたばかりのその束を、じっと見つめた。

「……ねぇ、ヒル魔くん」

袋を見つめたまま、まもりはヒル魔を呼んだ。

「あ?」

ヒル魔の目は、パソコンの液晶から離れない。

「ポッキーの」
「やらねえ」

実にテンポよく、ヒル魔が答えた。
まもりは顔をしかめる。

「なによ。何も言ってないじゃないっ」
「先がよめた」

液晶から目を離さずにヒル魔は言った。

「違うかもしれないでしょ」
「んじゃ当ててやる。ポッキーの両端をお互いくわえて、同時に喰ってみたいとかだろ」
「………ダメ?」

上目遣いでヒル魔を見上げる。

「甘いもんは喰わねえ」

ヒル魔はぴしゃりと言い捨てた。
まもりは肩を落とし、また一本、袋から取り出した。

「どうしてもやりてえんだったら」
「え?」

ヒル魔はまもりのポッキーを奪う。

「ちょ…っ」
「俺はここくわえて待ってやる」

ドキッとまもりの胸が高鳴った。
ヒル魔の持っているのはチョコレートの無い部分。

まもりはヒル魔の『待ってやる』という言葉に疑問を抱いた。

「待つ…………って、まさか…!」
「俺は甘えもん喰うのは嫌だからな」

まもりの顔が真っ赤に染まる。

「やるか、やらねえのか」
「や…やりますっ」

まもりはテーブルの向こう、ヒル魔のところまで歩く。
ヒル魔は立ち上がり、傍らのゴミ箱に、口に含んでいたガムを吐き捨てた。
彼は笑みを浮かべ、ポッキーをくわえる。

自分でもわかる、心臓の音。
まるで壊れてしまったのかのように、激しく脈打っている。
背伸びをし、彼の身長に合わせる。

緊張に震える唇で、ポッキーを捉えた。
口の中に広がる、チョコレートの味。
それは彼の嫌いな、まもりの好きな、甘い味。

ゆっくりと、唇は進む。
ヒル魔と目が合う。
彼は楽しそうにまもりを見ながら、待っている。

体温がますます上がる。
鼓動に押しつぶされそうになる。

まもりの唇がヒル魔の唇に触れた。

ヒル魔の腕が、まもりの体を抱きしめた。

冷たい、と感じたのはヒル魔の舌。
すっとするハッカが、甘いチョコレートで満たされたまもりに口の中に広がる。

「…………甘っ」
「ごめん」

二人は唇を離した。

「ごめんって言いながら、笑ってんな。バカ」
「しょうがないじゃない。嬉しいんだもん」

まもりは、ヒル魔の首に腕をまわす。

「あーそうか、そうか。そりゃ、良かったな。……胸やけする」
「コーヒー入れてあげるから。許して、ね」

心地よい香りを残して、まもりがヒル魔から離れる。

「口移しで、てめえがコーヒーのブラック飲めたら許してやる」

ヒル魔は笑い、彼女の後を追った。