モラトリアム

「ヒッ、ヒル魔くん! こ、こんなところでっ」
「……ちったぁ黙ってろ、糞マネ。舌噛むぞ」
「や、やだっ、もうっ」

まもりは、無駄な抵抗だと思いながらも、ヒル魔に抑えつけられている体をよじった。
案の定、動く気配などない。

「……っ……!」

くちゅっ、と音がした。
ヒル魔の舌が、自分のそれに絡めた音だ。
絶品の料理の味を確かめるかのように、ゆっくりと。

「……ふっ……んん……っ」

……何度か。
何度か、同じようなキスを彼としたものの、まもりは未だにどう対応して良いのかわかっていない。
なにかしなければならない、とは思うものの、結局はヒル魔の舌の動きに翻弄されてしまう。
これほど強引にされているのに、どうしてか心地良く感じてしまう。

そうだった。
ここは、部室だ。
ヒル魔の命令で、他の部員たちは練習終わりの校庭整備をしている。
けれど、それはいつ終わってもおかしくはない。

(こんなところ、みんなに見られたら……!)

恥ずかしくて、顔を出せないかもしれない。
そう思うのに、この時間が続いてほしいと考える自分もいる。

「……見せるわけねぇだろ」
「え……?」

唇をそっと離して、ヒル魔が言った。

「お前のこんな顔、他の糞バカ供に見せるわけねぇだろ」
「ヒル……魔く……って、きゃっ!?」

次の瞬間、強い力で離されて、まもりはよろけそうになった。
傍らのテーブルにつかまり、なんとか立て直す。

「もう、2・3分で戻ってきやがるぞ。テメエはいつもどおり、そこら辺をオソウジでもしてろ」

そう言うヒル魔は、それまで着ていたユニフォームを脱ぎ始めた。

「なっ、なっなっ」

汗が伝う背中。
綺麗に整った筋肉が光っている。
ヒル魔はゆっくりと振り返り。

「ゴチソウサマ」

ニヤリと笑ってそのまま、更衣室へと消えた。

「~~~~っ!!」

まもりは、顔中が、いや身体中が熱くなるのを感じた。

(なんだっていうのよ……、もうっ!)

先ほどまで重なっていた唇に触れる。
それはしっとりと濡れていて。

(……どうして、こういうことするの? ヒル魔くん)

騒がしくなり始めた外の様子に、まもりは身なりを整えた。