嫉妬

「………ねぇ、つぐみ」
「………」
「おーい、つぐみちゃーん」
「……………」
「……もしかして、もしかしなくても怒ってる?」

ザビー城への偵察のあと、一旦真田の元へ戻った佐助は、先ほどまで共に任務を こなしてきたばかりのつぐみに声を掛けた。 つぐみは佐助とは別の場所から城へと潜入し情報を収集していたのだが、その途中で 何か機嫌が悪くなるような出来事があったようだ。
まぁ、あの城ならわかる気もするけど、などと思いつつ佐助はもう一度つぐみに声をかける。

「ねぇ、つぐみってば。話してくれなきゃ、俺いじけちゃうよ?」

二人に与えられた詰所の縁側に座り、庭先の一点を見たままつぐみは一言も返さない 。ザビー城からずっとである。確かに不気味で佐助にとって二度と潜入したくな い場所の一つにはなったが、そこまで機嫌悪くなるものではない。

そもそもこの詰所は元々佐助に与えられた場所だった。幸村に迎えられた際に佐 助自身が選んだ場所だ。
佐助に絶大な信頼を寄せる幸村は、もっと大きな場 所を与えたかったようだが、それは佐助が拒んだのだ。忍には忍のふさわしい場 所があるでしょ、と。
ここは以前倉庫変わりに使われていた場所で、幸村の居る間にもほど近い。倉庫 と言っても、城下の民家ほどの広さはあり生活していくのには十分だ。

「つぐみ~」

情けない声を出してみるが、彼女にはそっぽを向かれ佐助はため息をつく。何故 自分が嫌われねばならないのだろう。
つぐみが佐助の下に修行にやってきてもうすぐ一年、いろいろ都合が良いからと共に 暮らし始めて十の月が過ぎようとしている。
男女と言えど忍の師弟。間違ったことなど起こらないと踏んでいた佐助自身がつぐみ に惚れたなど、笑い草もいいところだ。そんなこと、言える訳もない。

(ん~ん、俺様こんなに奥手なヤツだったっけ?)

つぐみから何の反応も得られず、佐助は大きく伸びをして床に寝そべった。彼女の居 る縁側からは心地よい風が入り込み、これで添い寝付きだったら極上ものだ。そ う考えていると、ガラガラと戸を閉める音が聞こえ、風が止まる。

「あれっ、閉めちゃうの? い~い風だったのに」

ピクリとつぐみの肩が動いた気がしたが、そのままパタリと戸は閉められた。短い忍 装束から伸ばされた細い足を眺めながら、佐助は体を起こす。そのままつぐみの顔を 見れば真っ赤に腫れた目、そして濡れた頬に一瞬息をするのを忘れた。

「……どうしたの? 任務大変だった? 裏口のほう一人で任せちゃったし」

動揺を殺そうといつものように軽い言葉で見繕おうとする。けれどすぐにそれで はダメだと思った。
避けようとする右手を引っ張って、彼女の体が倒れるのを自分の胸で支える。小 さな叫び声が、久しぶりに聞く彼女の声だと思うとなんだか少し寂しい。

「どうした、つぐみ」

静かにつぐみが震える。泣いているのだ。それを静めようと彼女を抱きしめた。落ち 着かせるように後ろ頭を数回ポンポンと軽く叩く。

「長……は…」

微かなその声を逃さんと、佐助はつぐみに耳を近付ける。甘い香りがフワリと漂った 。

「長は……私がお嫌い…ですか……」
「っ……」

体中にゾクリと寒気が襲う。
ほんの少しの間、つぐみが何を言ったのかわからなくなった。頭の中を自分に都合の良い考えが よぎる。けれどそれをすぐに打ち消した。

「そ、そんな訳ないでしょ? 冗談ッ、可愛い愛弟子を嫌いになんてなりません 」
「弟子……だから……ですか」
「え?」

濡れた大きな瞳が佐助のそれを一心に見つめる。佐助はただそれを見返した。

「私が弟子じゃなかったら、長は私のことなんて……っ」

涙がその白い肌にポロポロと流れていく。佐助は一度つぐみから視線を外し、そのま ま彼女を押し倒した。ドンッと勢いよく床に手をつく。

「……弟子じゃなかったら、もうとっくに口説いてる」

佐助の目は鋭く、つぐみを見る。それは戦で見せるそれと少し似ていた。

「そのまんま逃げらんないようにして、そーゆーことしたいって思ってる。そん なの嫌だろ、お前は」
「……っ、私は…」

つぐみの頬が紅色に染まる。けれど佐助は彼女の戸惑う視線を見ていた。終わりだ。 流れに任せてとんでもないことを言っていると自覚して、自分であざわらった。

「私は……かすがさんじゃない、から…」
「………へぇ?」

佐助は目を見開いた。思わず素っ頓狂な声を発す。つぐみの口からかすがの名が出ると は思ってなかったからだ。つぐみはそのまま言葉を続ける。

「……かすがさんじゃ……ないから…、忍術もまだ半人前だし、……胸だって… あんなに大きくない……し」
「……ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくんない!? その……あれ? つぐみちゃ ん、もしかして……城でかすが見た?」

佐助が恐る恐る聞くとつぐみはこくりと頷く。その表情は今にも、再び大粒の涙を流さんとしているようだった。

「長、とっても嬉しそうで……。……その、私……っ」
「はあああぁぁぁぁ」

佐助は大きくため息をついた。そうか、見られていたのか。まずったなあ、そん な言葉で頭が埋めつくされる。と、同時に嬉しい気持ちも浮かんできた。

「へへっ、へへへへへへっ」
「お……長?」

つぐみはいきなり笑い出した佐助を不安気に見上げる。するとすぐに体を抱きしめら れた。

「ヤキモチ、妬いてくれた?」
「な……っ!」

ニタリと笑った佐助の顔に、つぐみは真っ赤になったまま絶句する。

「そうかー、そうかそうか。ヘヘッ、あーよかった」

そう言って、佐助はまだ混乱しているつぐみの額に口付けた。
つぐみの体が少し揺れる。

「お……長?!」
「つぐみ、俺はお前が好きなんだよ。弟子だからとか、仲間だからとか関係なく」

目を丸くしたあと、紅かった顔を更に紅くさせてつぐみは恥ずかしそうに佐助を見上 げる。
あまりにも綺麗で、弾けてしまいそうなその白い頬に佐助は唇を滑らせた。

「長……私も、好き」

最後はほとんどかすれて、それでも十分なほど、その言葉は佐助の胸を揺らした 。そっと唇に自分のそれを重ねる。
家屋の外で、木の葉が揺れる音がした。