恋愛お題5 - 3/5

3.余計な憶測と苦しさ

「あ、ヒル魔くん」

廊下の端っこから、向こう端にいる彼を見つけた。
だってあの金髪、目立つんだもの。
ちゃんと教室(の階、だけど)には来てるのね。
エライ、エライ。

一緒に居た友達に向き直ると、『ヒル魔』という名前だけで硬直しちゃったみたい。
この学校に通っている人間なら、当然のことなんだけど。
私にはそれが『当然』ではなくなりつつあった。
相変わらず喧嘩はするけど、少しずつ仲間としてうち解けてきたような、そんな気がする。

「ね、ねぇ。ヒル魔、誰かと話してない?」

えっ、と私は彼のいた方向へ振り返った。
また誰かを怖がらせてるのかしら。

そう思ったんだけど、そうじゃなかった。
遠目でもわかるほど和やかな感じ。

相手は、女の子だった。

「うわー、まさか彼女? 物好きも居たもんねー」

信じられなさそうに、友達は言った。

「まさか」

そう言って、私は笑った。
そんなことあるわけない。
あの蛭魔妖一に彼女が居る、なんて。

「まー、あれよね。性格抜きにすれば、端正な顔してるもの」

ビクッと、私の体が反応した。
まるで図星をつかれたときのような感覚だった。
この前の部室でのできごとが、頭の中をよぎる。

あのとき。
何故か私は、彼に見入ってしまったのよ。
見せて貰ったデータをよそに、私は蛭魔妖一をじっと見つめてしまった。
意表をつかれたせいもあったかもしれない。
でも、あのときから……。

そこで私の思考はストップした。
あのときから……。
あのときからなんだっていうの?
そこからどうしても、答えが見いだせない。

「やっぱり、彼女なんじゃないの? 悪魔にも人の心はあったってわけね」

友達の声で我に返り、私はもう一度視線を彼らに合わせた。

目に入ってくる、彼の、蛭魔妖一の笑顔。

「どうしたの、まも?」

ひどく強烈に、私の中でなにかが突き刺さった。
なんだか訳がわからないまま、どん底に落ちた気分だ。
いえ、落ちたんだわ。
間違いなく。

ヒル魔くんがあんなに楽しそうに誰かに笑いかけてるところ、見たことない。
いつだってえらそうで、セナをいじめて、人を馬鹿にして、怒って、騒いで、銃ぶっ放して。
なのに、なんで。
あの子にはあんなに優しい目をするの?
どうして私にはそんな目で見てくれないの?

あぁ、そうか。
特別、なんだ。

私とは違う。
特別。

「ん。ごめんね、なんでもない。いこ?」

精一杯の作り笑顔。
そして、足早に階段を下りる。

どうしてこんなにつらいのか、苦しいのか。
原因がよくわからない。
理由は彼が、私の知らない誰かと微笑ましい光景を作り上げているそこにあって。

あぁ、なんで。
涙がこみ上げてくるんだろう。