いつも通る曲がり角。
その先にあるスポーツ店。
そこから出てきたのは貴方と………知らない女の子。
嘘だと思った。
見間違いだと自分に言い聞かせた。
けれど、貴方はその子に楽しそうに笑いかけた。
……自分は特別だってなんで思ったのかな。
貴方は誰にでも優しいのに。
そう思うと悔しくて元来た道を走り始めた。
「……ははっ。自惚れすぎ」
自嘲気味に無理して笑って、惨めすぎて涙が出てくる。
「学校違うのに当たり前だよ…」
人通りの絶えない街路で私は泣き崩れた。
━━━━……
「ねぇ、桃先輩。昨日、女の人と歩いてたでしょ」
部活の休憩時間、越前がファンタを飲みながらそう、俺に尋ねた。
「ん?あぁ、クラスの女子だけど」
「へぇ…桃先輩の彼女な訳?」
「ぶほっ!は…はぁ?!」
俺は飲んでいたスポーツドリンクにむせながらも越前に聞き返した。
「だってフツー、あんな仲良さそうに男女で歩かないじゃないッスか」
日本ではそんなもんだって親父に言われたと越前は言った。
「ちげーって!あれはアイツがテニスしてーっつーからラケットを…」
「二人で行ったらデートでしょ」
「だから俺は好きな奴は別に居…」
そこまで言って気がついた。
俺の言葉に部員全員が注目していて…。
エージ先輩なんか満面の笑顔で。
部長に至っては青筋を立てていた。
「越前!桃城!部活中の私語は許さん!校庭10周!!」
……ついてねぇな、ついてねぇよ。
部活終了後、越前を後ろに乗っけてチャリをこぎだした。
「んで?桃先輩の好きな人って」
にやにやした顔で言っているのが声の調子でわかる。
「どーでもいいだろ、んなことわっっ」
熱くなった顔を早く落ち着かせようと思いっきりペダルをこぐ。
「不動峰の‘橘妹’さん、とか?」
キキキーッッと豪快な音を響かせながら俺はチャリを急停車させた。
「ちちちちちげーよ!」
「ドモリすぎ。バレバレッスよ」
やはりにやにやしながら越前は言った。
「べべべべ別に俺は橘妹のことすすす好きな訳じゃっっ」
「まぁどっちにしろ可能性は低いんじゃないッスか?」
「え?」
そして越前の声が少し低くなった。
「…昨日先輩見たとき、近くにそのヒトも居たんスよ。すぐに居なくなっちゃいましたけど」
「は?」
状況が良く理解できずに俺は聞き返した。
越前は得意の‘まだまだだね’の顔で型をすくめた。
「俺と同じ風に考えたんじゃないッスか?‘橘妹’さん。桃先輩がデートしてるって」
「嘘…だろ?」
俺はチャリのハンドルをギュッと握った。
「さあね。でもその確率96%。乾先輩的に言うと」
「………高いじゃねぇか」
後は桃先輩次第と越前は静かに笑った。
「ストリートテニスに行ってくる」
俺は越前に見送られながらチャリをストリートテニス場へと進めた。
━━━……
「……諦めるか」
ストリートテニス場のベンチで私は空を眺めていた。
泉くんたちとテニスしたり、こうしてぼーっとしていることで、モモシロくんを忘れられるような気がした。
ヒトを好きになるのは初めてで、失恋するのも初めてだった。
「もう……いいや」
ゆうべ、さんざん泣いたというのにまだ涙が溢れてくる。
ホントは良くない。
諦めたくない。
「橘妹っっ!!」
遠くから聞き慣れた声がして、思わず振り向いた。
「モモシロくん…」
私は何事もなかったように彼に笑顔で話しかけた。
「モモシロくん、こんにちは!……って、もう今晩和、かな」
モモシロくんは何故か呆気に取られたような顔をして私を見た。
滝のように汗を流して、息も荒かった。
「どうしたの?すごい汗…」
「お前!昨日どこに居た?!」
「え?!」
まさかそんなことを言われるとは思わなかった私は驚いた。
「昨日…俺をどこかで見たか?」
「そういうことはあまり言わない方がいいんじゃない?」
再び出てきた涙を隠すように私はモモシロくんに背を向けた。
「彼女さんに悪いでしょ」
私はモモシロくんにとって、たくさんいる友達の中の一人であって、それ以上になることはない。
なんでこんなこと言っちゃうんだろう。
自分で言ったことに苦しむのは私なのに。
「彼女じゃねーよ。アイツは彼女じゃない」
その一言に私の体はモモシロくんを向いてしまった。
「…なに泣いてんだよ」
もう隠しようもない涙をモモシロくんが拭おうとする。
「…わかんないよ」
私はそう呟いた。
「モモシロくんは誰が好きなの?」
ほんの一瞬モモシロくんの手が止まり、それが私の頭に回された。
そしてそのままモモシロくんの胸に顔を押しつけられた。
「………杏だ」
「え?」
耳元でモモシロくんが静かに言った。
彼の鼓動が速くなるのを感じる。
私の鼓動が速いのもわかるかな。
私たちは抱き合ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。