「…ヒル魔くん…?」
部活が始まる二十分前、ヒル魔は欠伸をしながら部室を出ていった。
そのとき教室の掃除をしていたまもりは、偶然窓からそれを見かけた。
これから部活なのにどこ行くんだろう。
少し考え、後を付けてみることにする。
ほうきを掃除用具箱をに入れ、急いで階段を駆け下りて彼が歩いていたところにつく。
周囲を見渡すと、校舎の向こうに歩いていく彼の目立つ髪の毛が目に入る。
気づかれないように近づいた。
そして聞こえ始めた女の子の声。
「あたし、ヒル魔くんが好きなんです」
まもりは思わずその場に制止した。
心臓が、驚くほど締め付けられた。
ヒル魔くん、どう答えるつもりなんだろう。
止まりかけた心臓が、再び動き出した。
ドクドクと、頭にこだまする。
手も痺れ始めた。
ヒル魔を追ってきたことを、後悔した。
なんか…やだ…。
思わず、耳をふさいだ。
目を、つぶった。
その場にしゃがみ込んだ。
怖くて、怖くて。
彼のことは信じているけれど。
でも、もしかしたら。
嫌な考えがまもりの中を駆けめぐる。
あぁ、どうしてこんなにも不安になるのだろう。
あの人は、自分を選んでくれた。
とっくに答えは出ているのに。
いつも優しく、自分を抱きしめてくれるのに。
突然、まもりはガシッと頭を掴まれた。
「きゃぁっ」
「風紀委員がのぞきとはやってくれるじゃねぇか」
「ヒッ、ヒル魔くん…?!」
掴まれた瞬間、まもりは耳から手を離していた。
顔の前にはヒル魔。
かなり不機嫌そうな顔をしている。
「えっ、あ、あの女の子は?!」
「もう行った。……どこまで聞いてやがった」
刺されそうなヒル魔の瞳に、まもりは一瞬言葉を失う。
「…あの子が、ヒル魔くんのこと好きだっていって…それからは何も…」
「本当だな」
「…うん…」
ヒル魔がまもりから視線をそらす。
「…行くぞ、糞マネ。部活始める」
そう言って立ち上がると、彼は部室に向かって歩き出した。
「ヒ、ヒル魔くんっ」
まもりも急いで立ち上がり、ヒル魔を呼び止める。
金髪の髪の毛が風に揺れた。
「なんて…答えたの?」
膝が震えた。
怖いという気持ちは、不安は、まだ消えてない。
だけど、ヒル魔を見たらまもりは聞かなければならない気がした。
聞かなければ、この不安はぬぐえない。
無言のまま、ヒル魔はまもりに近づく。
まもりの瞳が彼の瞳をとらえた。
唇と唇が、触れた。
「ナイショ」
ヒル魔はそう言って笑い、まもりから離れる。
「ま、『付き合う』なんて言ったら、てめえとコンナコトは出来ねえなぁ?」
まもりは顔を赤くし、手で自分の唇に触れた。
甘い疼きが広がっていく。
ヒル魔は、再び部室の方向へ体を向けた。
歩き始めたヒル魔を、それに気づいたまもりが早歩きで追う。
まだ顔の赤いまもりを見て、ヒル魔は笑みを浮かべた。