言ノ葉 - 1/4

※ペルソナ×探偵NAOTOのネタバレあり。

「つ、らかった、ら、いつ、でも、いえ、よ。お前、は、おれ、の……」

携帯のディスプレイとボタンを目で何度往復させただろう。
使いこなせていないわけでは決してないが、このまどろっこしさはいつまでも慣れない。
いや、慣れようとも思わない。
教室で携帯と睨み合うこと数十分。
時間が経てば経つほど、イライラが増していく完二をクラスメイトたちは遠巻きに眺めている。
当の完二はそんなことを気にも留めていない。
それより、メールを打つのに、いや文面を考えるのに悪戦苦闘だった。
必要なことは電話で話せばいい。文字という感情が伝わりづらい手段よりは、顔は見えなくとも直球でぶつかり合える電話のほうが、完二は好きだった。
だが。

「たい、せつ、な……大切な……って、何を打とうとしてんだ! オレは!!」

クリアボタンを連打する。
こんなものを送りつけてたまるか、と自分自身に心の中で怒鳴りつける。
はあ、とひとつため息。

「……急すぎっだろ」

メールの送り先を眺める。
━━━━『直斗』。

「チッ」

電源ボタンを押し、強引にホーム画面へと戻して、乱暴にズボンのポケットへと突っ込んだ。
あれだけ時間をかけたメールの文面は白紙になっただろうが、あの内容だったら送らない方がマシだと、完二は思ったのだった。

「なーにやってんの、完二」
「うおっ!?」

視界に突然現れた少女。久慈川りせ、だ。
名の知れたアイドルでこんな田舎でも大評判の彼女だが、完二の心許せる友人のひとりだ。

「い、いきなり現れんなよ。びっくりするじゃねーか」
「なによー。完二にとびっきりのプレゼントを持ってきてあげたのにー。そういうこと言うわけ?」

ぷぅっとりせは頬を膨らませる。
……りせが、オレにプレゼントだ?
完二の怪訝な顔をよそに、りせがぱぁっと表情を明るくして目の前に一冊の雑誌を突き出す。

「はいっ! じっくり眺めてちょうだい!」
「はぁ?」

表紙に露出度は少なめだが可愛らしい服装で笑顔を向ける女性。
正真正銘、どこをどう見てもアイドル雑誌だ。

「……おい。なんだこりゃあ」
「だーかーらー。プレゼントだってば! んじゃ、渡したからね!」
「って、おい!」

完二の制止も聞かず、りせは手を振って教室を出て行った。

「……ったく」

さすがに教室の中で見るような代物ではない。
完二は先ほどもらった雑誌を、ほとんど何も入っていない鞄へと押し込んだ。

「……ひとりの時間をこれで楽しめってぇことかよ」

ますます惨めだ。
ウダウダしながら過ごすうちに、高校三年へと上がった。4月ももう半ばを過ぎている。
一年の頃には、今から思い起こしても簡単には信じがたい数々を体験したし、信頼のおける仲間がたくさんできた。
それまで頑に周りから距離を置き続けていた自分にとって、人生最大の転機だったと言える。
そんな仲間たちも、この稲羽に今は数人しかいない。
事件の後、慕っていた鳴上は両親の元へと戻っていったし、陽介も千枝も稲羽から出てそれぞれの夢へと勉強を続けている。
旅館で働く雪子にはちょくちょく顔を合わせるが、以前のように頻繁ではなくなった。
そして、直斗も。

━━━━『転校することになりました』

彼女の言葉が脳内に思い起こされる。

━━━━『突然ですみません』

本当に突然だった。

━━━━『事件を解決してすぐに戻ってきます』

そう言って去っていったのはつい、先日のことだ。

「……帰るか」

立ち上がって、教室を後にする。
階段を下りてふと、職員室前の廊下に目をやった。
…………白鐘直斗はもう、この学校のどこにもいない。