直斗が待ち合わせ場所を辰姫神社にしたのには理由がある。
完二の家の隣にあるからだけでなく、人が寄りつかないからだ。
いるだけで目立つ創世を、夜中とはいえ商店街の通りで野に放つことだけはしたくなかった。
「早く来ねえかなあ、タツミのやつ」
直斗が電話を切るなり、創世は待ち遠しそうにそう言った。
「創世さん、どうしてそんなに巽くんに会いたいのですか? 今日の今日、ここへ来るなんて」
「直斗の相手がどんなヤツか見てみたくなっただけだ」
「……だから、巽くんとは……」
言いかけて、人の気配に振り返る。
着流した黒い制服、金色の髪。鋭い眼光。
……巽完二だ。
「タツミ、だな」
「おう。てめえが創世。なんだ、厳つい体してんな」
「……生まれつきでな」
背の高い二人が睨み合う。その場の空気が緊張していくのがわかった。
「た、巽くん。今日はありがとう。会えて嬉しいよ」
「……おう」
どうして初対面でこんな雰囲気になるんだろう。
直斗は、ハラハラしながら二人を見やる。
初めに口を開いたのは創世だった。
「雑誌で見る“ボイン”もいいもんだったろ?」
「「は?」」
直斗と完二が声を発したのは同時だった。
「か、開口一番になんてこと言ってるんですか!」
「落ち着け、直斗。立派なモノを持っているのに隠すことはないだろう」
落ち着くのはお前だ! 直斗は心の中で叫んだ。
「“ボイン”だと? てめえ、何のこと言ってやがる」
「見てねえのか? 見ろ! 今すぐ見ろ」
「わー! 巽くん見ないで下さい!」
完二は創世と直斗の押し問答に困惑しながら、雑誌を開く。
それを奪おうと直斗が雑誌に手を伸ばすが、ガタイのいい創世に阻まれて身動きが取れない。
「……こ、こりゃあ……」
……見られた。巽くんに、僕の恥ずかしい姿を……。直斗はへなへなとその場に座り込んだ。
「……すげえじゃねえか……!」
「おう。見たか。ビッグな“ボイン”をよ」
「……巽くん……鼻血を拭いて下さい……」
自分を目の前にしてなんていう会話しているんだろう。
体中の熱が顔に集まっているのではないかと思うくらい、真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「コレでは無理矢理強調してるがな、実際いい体してると思うぜ? 俺様の見た限り。お前もそう思うだろ?」
「あん?」
「創世さん!!」
なんてことを言い出すんだ、この人は!
そして、彼に同意を求めてどうする!
声を張り上げたかったが、口はパクパクと動くばかりだ。
「……間違ってたら教えてくれねえか」
鼻血を拭って、完二が創世を見据える。
空気がまた張りつめたような気がして、直斗は身を震わせた。
「……おめえ、直斗の体を見たような口ぶりだが実際どうなんだ。こいつが女ってのも知っているみてえだし」
「見たからな。なんなら、こいつの下着もよ」
プツン、と完二の中で何かが切れた。
「わっ!」
瞬間、直斗のもとへ何かが投げ渡される。
完二の持っていた雑誌、それと。
「これは……スクナヒコナ……?」
完二は創世を見据え、口を開いた。
「……直斗のパートナーつったな。そりゃなんだ。お前、こいつのなんだってんだよ」
「それ以外、言うことはできねえな。俺様にとって必要な人間ってのは確かだ」
「……直斗。それは本当か」
完二が初めて直斗を見た。
その目に射抜かれてしまったようなそんな気持ちだ。
「……創世さんは、間違ったことは言っていません」
「“創世さん”、かよ」
完二が笑う。その顔が何故だか寂しげに見えた。
「直斗が選んだんなら仕方ねえ。だが、オレの存在も忘れてもらっちゃ困んだよ」
完二は再び、創世を睨みつけた。
「簡単にコイツのパートナーを名乗って欲しくねえんだよ」
手のひらに自分の拳を打ち付ける。完二はやる気だ。創世と。
彼の目がそう言っている。
テレビの中でよく見た、戦いに向かう目だ。
「だめだ! 巽くん! 君がかなう相手じゃない!」
非戦闘系。そうは言っても特別制圧兵装━━ロボットだ。
いくら体力自慢の完二と言えど、現実の世界にペルソナが発現できなければ勝てるはずがない。
「……やっぱりお前はおもしれえヤツだなあ」
創世は嬉しそうにほくそ笑む。
「いいぜ。その心意気、ぶつけてみろ」
そう言って、創世は構えた。
どうしてこんなことになるんだろう。二人が戦う意味はあるのだろうか?
どちらも自分にとってかけがえのない二人だ。
創世はパートナーとして、完二は……。
「やめて下さい!」
気づけば、直斗は完二にすがりついていた。
抱きしめている、といってもおかしくはない体勢だ。
「こんなの無意味です! 馬鹿ですか、あなたたちは!」
「直……斗……」
「創世さんは大事なパートナーです。仕事以外で無駄な争いはして欲しくありません」
直斗は、きっと完二を睨みつけた。
「巽くんは! 巽くんは、僕にとってとても大切な人です。いつも僕の支えになってくれた友達」
直斗は、あみぐるみを握りしめてちいさく首を振った。
「……いいえ。友達というのも適していないかもしれません。これからもずっとずっと一緒にいたい人」
少し強い風が吹いた。
直斗の長い髪が揺れる。
「だから、その二人が傷つけ合うだなんてこの僕が許しません!」
完二と創世が直斗を見つめる。そして、そのまま視線がかち合い、耐えきれず創世が吹き出した。
「……というわけらしいぜ? タツミ。コイツを怒らせたらめんどくせえぞ」
「…………直斗」
「えっ?」
聞き返すより先に、完二の大きな体が直斗を包み込む。
長い髪が撫でられ、直斗はピクリと体を震わせた。
「……さっきのは本当なんだな? オレは……その、お前の……」
「え……?」
自分の先ほどの言葉を反芻する。5回ほど繰り返したところで、はたと気づく。
(……これって、まるで告白みたいじゃないか……!)
「あ、あの、巽くん! ここ、これは、その……えぇっと!」
完二の腕の力が強くなる。心臓の音が聞こえる距離。
「……初めっからそういうの期待してたんだけどな。俺様としては」
「う、うるさいです! 創世さん! じ、じろじろ見るのはやめて下さい!! 巽くんも離して!」
「……離さねえ、ぜってぇ離さねえ!」
ひと際大きな風が吹き、先ほど直斗からこぼれ落ちた雑誌がパラパラと音を立ててめくれた。
開かれたそのページに、水着姿の直斗が引きつった笑顔を浮かべていた。