nascere

「────っと。はーい、みんなちゃんとクジ持った?」

 イリアが見回す。

「せーのっ!」

 掛け声とともに一気に抜かれた白い紙。
 ヒラヒラと空を泳ぐ。

「よぉーっし。部屋割り完了!」

***

(おいおいこりゃ……)

 一大事かもしれねぇ。
 スパーダはゴクリと生唾を飲み込んだ。

(いやいや待て待て。何を考えてんだオレはっ!)

 宛てがわれた部屋に入るなり、ブンブンと頭を振った。

(何度だって一緒に寝たじゃねぇか!!)

 握った手のひらに汗をかく。

(で、でもあのときとは違う決定的なものがあるっ!)

 リカルドに釘を差されたとはいえ。

(男にはやらなきゃならねぇときが……って、何をやるってんだよ!)

 いつもどおりにしていればいい、そうはわかっているのだが。

「スパーダ、具合でも悪いのか?」
「おわっ!?」

 あまりの近さにドキリとする。
 思わず大きな声を上げてしまい、ルームメイトは大きな瞳をぱちくりさせた。

────心臓が持たねぇ。

「お前、何だか変だぞ?」

 変にもなるってーの!
 ついこの前まで男だと思ってた親友が、実は女で、しかもまさか宿屋の1室に2人だけなんて状況!
 なかなかありゃしねぇ。

「だ、大丈夫だって!」

 そう言って、自分のベッドにどっかと座る。
 はあ、と深い溜息をひとつ。

「なら、いいけど」

 フィーネも、もう1つのベッドに腰を掛けた。
 ギシッときしむ音に体をびくつかせる。

(コイツ、なんにも気にしてないんじゃねぇか?)

 ずっと隠されていたが、本当は女だった。
 なんとなくの違和感は感じていたが、実のところ、スパーダは半信半疑だった。
 まさかそれが、性別だったなんて思いもよらない。
 それを教えてくれたときも、胸を触らせるだなんて、スパーダの知る限りそんなことをした女性はフィーネただ一人だ。
 まあ、そんな状況が訪れるのも稀なのだが。
 そのときの感覚を思い出して、手をにぎにぎさせかけて……本人がいることを思い出し、膝へと下ろした。

「……気を、使わせているのか?」

 声に顔を上げる。
 フィーネが悲しそうな表情でこちらを見ていた。

「すまない。やはり、あんなことするべきではなかった」

 あんなこと。
 自分がフィーネの胸に触れたこと────彼女が女性だと、知ったこと。

「お前にだけは、と……そう思っていたんだ」

 フィーネが強く唇を噛んだ。
 つらいことがあると、すぐに唇を噛む。
 フィーネの幼い頃からの癖だった。
 今にも泣き出しそうな、弱々しい顔。
 戦いの最中には決して見ることのない顔。

「女ではダメか? イリアのように、私はなれないのか?」
「なんで……」

 イリアの名前が、そう言おうとしたところで。

「…………ッ」
「フィーネ……」

 彼女の目に涙が溢れた。

「お前が……っ、離れてしまうのなら、あのままで……ずっとあのままでいればよかった……!」
「ッ!」

 離れる?
 誰が? 誰から?

「だから嫌……なんだっ! 私はこんな自分が!」
「おい、フィーネ」
「嫌いで……堪らないんだよ、スパーダ……」

 フィーネがずっと押し殺していたもの。
 本当の自分。
 本当の想い。
 スパーダは、そっとフィーネに手を伸ばした。
 そして。

「……ッ!?」
「……馬鹿野郎っ!」

 彼女の頭を抱えるように胸に押し付けた。

「オレの気に入ってるモンを簡単に嫌い嫌い言うんじゃねぇよ」
「……そ、んな」
「……女を意識しちゃいけねぇのかよ。オレだって、健康な男子だっつーの」

 お前そんな泣き虫だったか? なんて、照れ隠しに言ってみる。

「あのままで、お前が無理したまんまでいるなんて、あっていいわけねぇだろ。オレは知ってよかったと思ってる」
「でも……」
「お前に背中を預ける。お前の背中は俺が守る。それは変わらねぇ。それじゃ不満なのか?」

 フィーネは小さく首を振る。

「おう。だったらそれでいいじゃねぇか」

 最後はまるで自分に言い聞かせているようだった。
 これは、男だとか女だとかそういうのは、何も関係ないんだ。

「……落ち着いたか? フィーネ」

 ふと、我に返って無性に恥ずかしくなる。
 今自分は、フィーネを抱きしめている。
 2人きりの宿の部屋で。
 かと言って、離すのも勿体ないような気も……。

「!」

 ぎゅっと、フィーネがスパーダに密着する。
 恐る恐る見上げて。

「もう少し……このままでいさせてくれ」

(んな顔されたら……ッ!)

────離せなくなるだろうが!!

 心のなかでスパーダは大きく叫んだ。