「あ、来た来た!モモシロくん!」
杏はこちらに走ってくる桃城に向かって大きく手を振った。
「待ったか?」
白い息を吐きながら、笑って彼は言った。
全然、っと杏も笑顔で答え、二人は手を繋いでゆっくりと街路を歩き始めた。
久々に訪れた桃城の部活休み、せっかくだからとこの日に逢うことにしたのだ。
「どこ行こうか」
杏と手を繋ぎ、桃城は尋ねた。
「う~ん、映画館とかどう? 私ずっと見たかった映画があるの」
「いいぜ」
ここからほんの少し下ったところに映画館がある。
行き先をそこに定め、二人はたわいもない話を始めた。
青学のこと、不動峰のこと。
授業の進み具合や昨日起こった出来事など。
そうこうしている間に映画館へと着いた。
早く中に入ろうと桃城はちらりとガラス張りの自動扉の中を見た。
「げ」
「どうしたの?・・・・あ」
そこから見えたもの。
それは明らかに神尾と伊武の横顔だった。
そして・・・・
「っあ!!桃城!」
「アレ・・・何で杏ちゃんも一緒なの?」
向こうの二人も気づいたらしい。
特に神尾などものすごい形相で桃城を見ている。
まさに一触即発の雰囲気だ。
「逃げるぞ」
杏の手を取り、桃城は走り出した。
「くっそ~!リズムに乗るぜ!!」
それを追い、神尾が走り出す。
「……映画、見ないんだ。友情より愛情取るんだ……。…どうせお前はそんな奴だよ」
残された伊武もとりあえず、後を追った。
「待てー!桃城ぉ!よし、リズムを上げるぜ♪」
神尾が速度を速め、どんどん二人との距離がせばまっていく。
「あ゛ー、もう!どうしてこうなるんだよっ」
「ごめんね、私が映画見たいって言ったばっかりに…」
「杏のせいじゃねえよ」
桃城が杏の方から前方に視線戻したとき。
「ぬぁっ」
「に、兄さん?!」
目の前の十字路。
まっすぐ向こうから、杏の兄、橘桔平が歩いてきたのだ。
「杏?…と、桃城…って、何故手を繋いでいる!」
「橘さぁ~ん!捕まえてくださいっ」
後方で神尾が叫ぶ。
「勿論だ!」
前方では桔平が立ちふさがる。
あと数Mで捕まってしまう。
その時。
「ス、スネイク。」
桃城は杏を引っ張って左折した。
「「のわっ」」
神尾が突っ込み、不動峰組が倒れた。
「ラッキー」
間一髪で彼らをまくことができ、桃城はにやりと笑った。
「大丈夫か?杏」
ペースを落とし、杏は大きく息を吐いた。
「モモシロくん、速いよ」
ほんのりピンク色になった頬は今までのスピードがかなりつらかったことを物語っている。
「わりぃ、大丈夫か?」
「なんとか」
息を整え、ふと横を見るとそこは小さな公園。
「ここ、行ってみない?」
「あぁ、いいぜ」
二人はそのままの足取りで公園に入った。
ブランコの前を通り過ぎ、その近くのベンチへと腰をおろす。
「疲れたな」
「でも、ちょっと楽しかったよ」
そして、杏は桃城に少しもたれ掛かった。
「……暑くねえ?」
「ううん、暖かいよ」
桃城はゆっくりと目を閉じた。
「杏もあったけぇ」
「ホント?」
それを聞いて杏も更にすり寄っていく。
「あー、気持ちよすぎて寝そう」
「あたしもー」
そんなことを言い合っていた二人もそれから十分もしないうちに、眠りに入っていた。
「………あ~ぁ、あの映画見たかったのになぁ」
不動峰中近くの河原で伊武がボヤいた。
「あぁ…杏ちゃん、何であんな奴と…」
「杏!!俺は許さんぞ!!」
その横で嘆く神尾と怒り狂う桔平。
彼らの幸せはまだまだ遠いようだ。