「……笠原士長、寝ます!!!! おやふみなさひ……」
「堂上ー! 笠原落ちたぞー」
「っ━━━━! だからアンタ方、コイツに飲ませんの止めて下さいよ!!」
良化隊との攻防によるひとつの山を超えたある日、図書特殊部隊では慰労会という名の宴会が催された。
毎度のことに心構えはしていたのだが、人が良すぎるのかバカなのか、いや恐らくどちらもである郁の様子に、堂上は大きくため息をついた。
最早、郁の撃沈と、それをフォローする堂上は飲み会の風物詩となってしまっており、長い長いモジモジ期間を経て恋人同士になってからは、周囲の盛り上がりも一段と増した。
「やるね、堂上。お姫様抱っこも様になって来たんじゃない?」
部屋の隅で丸くなる郁を抱き上げると、茶色い声援が飛ぶ。その中で、更に茶化すように笑顔を向けたのは小牧だった。
「……仕方ないだろう。肩に担いでそのまま吐かれても敵わん」
初めの頃はそうして送っていただろうに、と心の中で呟いて小牧はくっくっと笑う。
「お姫様を肯定できるようになったのは進化だね、王子様」
「やめろ、痒い」
王子様も克服したのか、と目を瞬かせた。
あれ程目一杯否定していたそれを、頬を赤らめる程度にとどまるとは。
彼の郁への想いは、小牧の想像以上の大きさなのかもしれない。
「お先に失礼します!」
「おお! 早めに外泊届け出しとけよ!」
「っ!! 必要ありません!!!」
玄田の声に堂上が、個室の引き戸をピシャッと力任せに締め、ひと際大きな笑いが起きる。
「実際のところ、あの2人どこまでいってると思う?」
「……興味、ありませんから」
小牧の問いに、気になってしかたないというような顔をしながら、手塚は答えた。
「こんなに愛されちゃう堂上にちょっと妬けるね」
自分で言って、自分でおかしかったのか、小牧はしばらく笑い続けていた。
居酒屋から出ると、外は風が出ていて少し涼しかった。
眠りこけている郁を背負い、堂上は駅へ向かって歩き始める。
酒は飲むな、飲んでも2杯だ、と何度言っただろう。
あの人たちの前で通用しないな、と玄田や進藤の顔を思い浮かべる。
「ん……」
郁がくぐもった声を出す。
どんな夢を見ているのだろう。
いつしか同じように帰ったときは、例の王子様と自分の名前を連呼していた。
思い出して無性に恥ずかしくなり、胸の奥の熱を息にして吐き出した。
あの頃と違うのは、2人の関係だ。堂上が押し殺そうとしていてものを、力任せに引き出した郁。
人が意識失いかけてるのに、恥ずかしすぎるタンカを切って、無理矢理口づけやがり。
少し前のことなのに、昨日のように思い出される。
背中に広がるぬくもりが、もっと早くこうなるべきだったのだと教えてくれる。
背負い直して、前を見やると、チラチラする街灯の元に、公園の看板が見えた。
少し座らせるか、と堂上はそこへ足を向けた。
夜の公園はひと際静かだった。
ベンチに彼女を下ろし、その隣にある自販機でミネラルウォーターを買う。
「ひゃっ!?」
いたずら心が芽生え、それを郁の頬に押し付けると彼女は声を上げて飛び起きた。
「ど、どど堂上教官!? こここ、ここ、どこ!?」
「例によって、宴会中に寝こけたバカを、更に例によって送っている最中だ、バカ」
「あ……はは、はは……すみません」
しゅんとした郁がどうにも可愛くて、堂上は吹き出した。
そしてもう一度、ペットボトルを彼女に差し出す。
「飲んどけ。少しは楽になる」
「あ……ありがとうございます……」
受け取る郁に、ん、と短く答えて堂上は横に掛けた。
だが。
「……おい」
「は、はい?」
ペットボトルを持つ郁の手がブルブル震えている。
落ち着きを取り戻したように見えていたが、どうやらそうではないらしい。
こぼす前に、彼女から奪い取る。
「……何杯飲んだ?」
「えっ……」
「何杯飲んだと聞いている。言いつけ通り、2杯で収めていれば今頃、それなりに回復しているはずだ。だが、今のお前はどうだ。動きもおぼつかないし、焦点も合っていない」
「うっ……」
郁の瞳が左右にきょろきょろしたかと思うと、観念したかのように頭を足れ、おずおずと開いた手が上げられる。
「5杯……です」
「アホか、貴様はッ!!」
堂上の手が降り上がった。すわゲンコツかと郁が目を瞑った瞬間。
「んっ、ふっ……!」
唇が塞がれ、水が注ぎ込まれる。
予想外の所作に、入りきらなかった一筋が郁の口からこぼれ落ちた。
目を見張れば、すぐそこにぼんやりと堂上の瞼が見えて、混乱のままに郁は目を閉じる。
心臓はドキドキ高鳴って、頭の中までこだましている。
やや合って、堂上が郁から離れ、濡れた彼女の唇を親指で拭った。
「視界ははっきりしているか? 気分は?」
心配している声音に、再び心臓が跳ねた。
「大丈夫……です。あ、でもちょっとまだ気持ち悪い……かも」
喉の奥に潜む吐き気は認識できるものの、先ほどの想定外に頭が混乱している。
ズキズキとする酒からの痛みも、鈍く居座っていて判断を鈍らせる。
「水は? もっといるか?」
堂上の声。多いに迷ったが、頷いた。
わかった、と彼は郁ではなく自らの口に水を含み、再びそっと口付けた。
「ん……」
堂上から郁へ。ゆっくりと流れ込んでくる。
不思議な感覚だった。少しだけ、お酒のにおいもする。
それは、堂上のものなのか自分なのか、郁にはわからなかった。
全て注ぎ終わっても、堂上に離れる様子はない。
舌先が、郁のそれをくすぐり、次第に絡め合う。
堂上の大きな手が、郁の首筋を撫でた。熱を帯びた肌にそれは冷たくて、そしてくすぐったくて体が跳ねた。
「……大人数の飲み会は苦手だが」
唇を少し離して、囁くように堂上が言う。
「お前と、こうできるなら悪くない」
胸の奥をぎゅっと握りつぶされた思いがした。
そんな顔で、そんなこと言うなんて反則だ。
「あたしも……! そう、思います……」
「……お前、その顔反則」
「きょ、教官の方が反則です!」
ペットボトルを脇に転がし、堂上は郁を強く抱きしめた。
「悪い。今日は離せん。明日は幸か不幸か公休だ。俺と一緒にいろ」
「えっ……」
堂上は携帯を開き、コールする。
「……小牧。外泊届けだ。柴崎にも連絡頼む。ああ、……覚悟する」
それだけ告げて、終了ボタンを押し、尻ポケットに携帯を突っ込むと、堂上は郁の髪を愛おしそうに撫でた。
「……どっちにしろそんだけ酒入ってちゃ、まともに帰れんからな。背中で吐かれても困る」
「うっ……すみません」
外泊に心躍った自分が馬鹿みたいで、郁はまたしゅんとした。
「バカ。わかれ。建前だ」
堂上は照れ隠しに、ぐしゃぐしゃと郁の髪を引っ掻き回し、整えるかのようにまた優しく撫でる。
「……玄田隊長に、外泊届けの必要はないと言い切った手前、バツが悪いがな」
「それが、さっきの『覚悟する』、ですか」
「…………そうだ」
そう言って、堂上はペットボトルを持って立ち上がり、すぐにしゃがんで郁に乗れ、と指示する。
郁は小さく頷いて、言われるがままに負ぶさった。
「急だから大層なところには泊まれんぞ。……わかってるな」
目の前の堂上の耳は赤い。
「はい……」
自分も真っ赤になって郁は答えた。
そして、大きな背中にその顔をこすりつけた。
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