あいつにだけは渡せない。
渡さない。
僕の大切なひと。
「勝負だっ!桃城武!!」
「あん?」
俺はストリートテニス場の階段の上から、下の道を通過しようとしている桃城に向かって叫んだ。
「杏ちゃんは渡さねぇっ」
首を傾げていた桃城は、今の言葉で全てを飲み込んだようだった。
「望むところだぜ」
にやりと笑うと、駐輪場に自転車をとめ、階段を登ってきた。
「はぁ…はぁ…やるじゃねぇか…っ」
「…はぁ…あったり前よ。好きな女賭けられたら…はぁ…黙っちゃいねえなぁ、いねぇよ」
三十回目のタイブレーク。
取っては取られ、取っては取られ。
お互い一歩も引く気はない。
ようし、このサーブで蹴りをつけて…
「何やってんのよ?!」
見ると、杏ちゃんが汗だくで入り口に立っていた。
「バカじゃないの、二人とも!こんなになって…。泉くんに言われて来てみたら…。もうすぐ大会なのに…」
気づくと、自分の体は擦り傷だらけ、立つこともままならないほど疲れきっている。
「何でこんなことしたの?」
「…内緒」
杏ちゃんに支えられながら桃城が言った。
「まだ…俺は、お前の近くにいるわけにはいかねぇんだ…」
桃城がつぶやいた言葉を、俺もそして杏ちゃんも聞き取ることはできなかった。
「神尾、この勝負お預けだな」
杏ちゃんから離れて、桃城はラケットを俺に向けて指した。
「おぅ、何が何でも勝ってやるっ」
お前には渡さない。
渡せない。
僕の大切なひと。